voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海40…『襲撃』◆

 
食事を終えたシドはベッドの横で腹筋を始めた。そんなシドにルイは食後すぐに体を動かすのは控えるように言ったが、シドは全く聞いていない。
ルイは食器をキッチンへ運ぶ。
ヴァイスは席を立ち、テーブルに残っている食器を重ねた。
カイは迷わずベッドに寝転ぶ。
 
「風呂ついてんのか?」
 と、腹筋を止めたシド。
「うん、お湯も入ってるよ。出来ればシド早めに入って」
 と、アールはヴァイスが重ねた食器を持ち上げた。
「早く入りてぇなら先入れよ。いや、お前長いからやっぱ後だな」
「シドの後じゃなきゃいつでもいいよ。シドの後は絶対イヤ」
「はあ?」
 
アールは食器をキッチンに運んで、戻ってきてから言った。
 
「ファンゼフさん家でシドの後にお風呂入ったけど熱すぎて火傷するかと思ったよ」
「……そうか?」
 と、シドは虚空を見遣る。そんなに熱いお湯に浸かった覚えはなかった。
「あ、そうだ」
 アールはキッチンを覗き込む。「ルイ、今日街を出るの? 明日?」
「今日中に出る予定でしたが、明日の朝にしましょう」
「了解」
「汚れた服は出して置いてくださいね。洗濯所に持って行きますから」
「──だそうです」
 と、アールはリビングを見遣る。
「ほーい……」
 と返事をしたのはベッドの上で寝そべっているカイだけだった。
 
時刻は午後3時半。
 
お風呂に入るにはかなり早い時間だったが、ルイが食器を洗っている間、一番風呂を浴びたのはカイだった。
シドが汚れた服のまま眠ってしまいそうなカイの尻を蹴って急かしたのである。
 
お風呂場から鼻歌が聞こえてくる。
アールはダイニングテーブルを布巾で拭いた。
 
ヴァイスは再び窓際に立って海を眺めており、シドは筋トレを再開している。
 
食器を洗い終えたルイが時間を気にしながらキッチンから出て来ると、アールに携帯電話を買ってきますと言って部屋を出て行った。
ルイがいなくなった部屋の空気に違和感を覚えながら、アールはぎこちなく椅子に座った。
カイはお風呂に入っているため、ダイニングテーブルとベッドが置かれた部屋にはアールとヴァイスとシドだけ。
ヴァイスとシドの仲が微妙で、落ち着かない空気が流れている。そして妙に静かだ。
 
「そういえばシド、ひとりでハングやっつけたの?」
 気まずい空気を裂くように、アールは腹筋をしているシドに声をかけた。
「たいして強くなかったんだよ」
 腹筋を終え、腕立て伏せを始めた。
「でも……魔物を操れるんだよね?」
「だな。けどまぁ……街ん中にあちこち仕掛けた罠を発動させたことでだいぶ魔力を消耗していたからな」
「そっか」
 
シドとの会話が終わると、ふいにヴァイスが部屋の出入り口へ向かった。
アールは廊下に出たヴァイスに慌てて声をかけた。
 
「ヴァイス、どこいくの?」
 部屋から顔を出す。
 
ヴァイスは足を止めて振り向いたが、何も言わない。
 
「ルイが心配するだろうし、遅くても……10時くらいには戻ってきて?」
「…………」
「なにか用が出来たらまたスーちゃんが捜しに行かなきゃいけないし」
「……わかった」
 
ヴァイスはアールに背を向け、黒いブーツをコツコツと鳴らしながら廊下の奥へと消えて行った。
アールが部屋に戻ろうとドアを閉めて振り返ると、シドが立っていた。
 
「俺も出てくるわ」
「え、お風呂は?」
「入るにはまだ早いだろ。先に入れよ。俺の後は嫌なんだろ?」
 と、部屋を出てゆく。
「…………」
 アールはドアを締め直し、部屋に戻った。
 
誰もいなくなってしまった。いや、お風呂場にはカイがいるが、しんと静まり返っている。
アールはヴァイスが立っていた窓際に立ち、海を眺めた。お風呂場からカイの話し声が聞こえて驚いたが、電話中か、スーとでも話しているのだろう。
 
5分ほどして、カイがお風呂から出てきた。
バンッと風呂場の戸を開けて、アールの前に現れたのは黒いタンクトップを着て体から湯気を出しているカイ。
 
「アール、おまたせ」
 
低い声をつくり、壁に片手をついて寄り掛かる。カッコつけてみても、縛ってある濡れた前髪の後ろにスーが乗っている。
戦闘では逃げてばかりいるわりに二の腕や肩の筋肉があり、男らしい体型だった。
 


「お湯、熱くしてない? 洗濯物出しといてね」
 と、アールはそそくさと風呂場へ向かった。
 
「やはりアールはグリーブ島の一件以来、俺に“ますます”惚れたね」
 カイはベッドに腰掛けた。
 
スーがカイの膝の上に移動して、体を歪ませ“?”の形をつくった。
 
「グリーブ島の白い白い砂浜で、アールは俺の胸に飛び込んできたんだよ」
 
アールがバランスを崩して倒れただけのことだ。
 
「さて。アールがお風呂から上がってすぐに眠れるように俺の体温で布団を温めておこう! 別に寒くはないけど」
 
カイはもぞもぞと布団の中に潜り込んだ。スーは窓の縁に上り、暫く外を眺めてから目を閉じた。
 
アールは体を洗い終え、バスタブに浸かった。窓がないため、少し圧迫感を覚える。
欠伸をして、首を摩った。少しは痣が消えただろうか。エンジェルはどこに行ったんだろう。そんなことを思いながら。
 
のんびりとバスタイムを楽しんでからそろそろ出ようと立ち上がったとき、脱衣所の外でなにか気配を感じた。
 
──カイ……?
 
カイが覗きに来たのだろうか。違ったら自意識過剰すぎて恥ずかしい。
そっとバスルームから脱衣所への戸を開けて、バスタオルに手を伸ばした。体に巻き、ネックレスに手を添える。
脱衣所に移動し、通路への戸に手をかけた。
 
「アールぅ?」
 
カイの声がリビングから聞こえ、戸の向こう側にいるのはカイではないとわかった瞬間、通路の床に鈎爪が当たる音がリビングの方へ向かった。
 
「ぎゃああぁあああぁッ!」
 
カイの悲鳴が上がる。
アールは剣を構えてリビングに走った。ベッドに仰向けで寝ているカイに覆いかぶさっていたのは黒い狼だった。
 
一瞬、“ライズ”に見える。
 
「助けてッ!!」
 カイが叫び、窓の縁にいたスーが体を伸ばして黒い狼の目に被さった。
「カイから離れてっ!」
 アールは黒い狼の横腹を思いっきり蹴飛ばした。
 
魔物なのか動物なのかの判断が出来ずにいる。動物だとしてもカイを殺そうとしていたなら容赦しない。
 
「カイ、こいつ魔物?!」
 アールは黒い狼との距離をとりながら訊く。
 
狼は目にへばり付いたスーを振りほどこうと頭を振ったり前足で引っ掻いたりしている。
カイは風呂場に逃げ込みながら叫んだ。
 
「アールノーパン?!」
 
こんなときにそんなことを言えるカイに激怒しかけたが、大きく深呼吸をして怒りを抑えこんだ。
 
「魔物かどうか聞いてんだけどッ?!」
「魔物に決まってんじゃん!」
 
風呂場のドアがバタンと閉められた。
 

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