voice of mind - by ルイランノキ |
「子供達どうするんだろう。十五部隊の人達に任せて大丈夫なのかな」
と、アールは言った。
人身売買をなくしたいと言い出したのはエンジェルだ。彼等はその熱意に押されただけ。
そのエンジェルが今どこにいるのかが気掛かりだった。
アールたちはツリーハウスの外にいた。中にいては聞かれたくないこともある。
「ゼンダのおっちゃんにチクればいいんじゃなーい?」
と、カイ。
「また手を貸してもらうの?」
なんだか気が引けたアール。
「これは僕等の旅の手助けではありませんから。手を回してくださるかもしれません」
「じゃ俺が連絡係ーっ」
と、カイはすぐに携帯電話を取り出し、ゼンダに掛けた。
「ワイロ問題も解決してもらって、スィッタ施設とか出来るといいね」
「そうですね」
木に寄り掛かって腕を組んでいたシドは、腕を解いて街へと歩きはじめた。
「シドさんどこへ?」
「暇なんだよ。釣りでもしてくる」
ガキはうるせえしな、と、シドはその場を後にした。
入れ違いにツリーハウスからスーを頭に乗せたマスキンが下りてきた。
「子供達疲れたようでお昼寝するみたいですが? は?」
「そっか、お疲れさま」
と、アール。
「いやいや、そのダジャレ面白くないってぇー」
カイはゼンダと電話をしているが、なかなか本題に入る様子はない。
「マスキン、これからどうするの?」
と、アールは心配そうに訊いた。
「なんだかこの街も落ち着いたようなので」
と、マスキンは見えないツリーハウスを見上げた。「森に置いてきた子供たちを連れてカスミ街へ戻ろうと思いますが? えぇ」
「そうですか」
と、ルイは優しく頷いた。
「エテルネルライトの中に閉じ込められたままの息子の傍にいてやりたいんです。兄弟たちも一緒に。いつ無事に出られるかわかりませんが、私はどういう結末になろうと息子の傍で、見届けます。それが唯一親である私に出来ることですから」
エテルネルライトの中で時を止めた息子は、他の子供たちと比べて一回り小さかった。母親として息子のことを諦めるなどできなくて、救い出したくてもそれが出来ない。せめて傍にいてやりたいと思う。母親として当たり前の感情だった。
「手回ししてくれるってさー」
カイが携帯電話をポケットにしまいながらそう言った。
マスキンの頭の上にいたスーが、ピョンと跳びはねてカイの頭へ移動する。
「そっか。よかった」
アールは微笑んだ。
「親のいない子供たちが安全に暮らせる施設も検討しておくって」
「なるべく早めに来ていただけると助かりますね」
と、ルイ。
「じゃあ……」
と、アールは少し考える。「おしまい? カスミ街を出るのかな」
そう言いながらも頭を過ぎるのは姿のないエンジェルと、ファンゼフのことだった。
「騒ぎが起きなければ、ですが」
ルイの脳裏にもエンジェルのことが過ぎる。
「とにかくどこかで宿をとって食事を済ませましょう。食材も買い足しておきたいところです。それから、アールさんの携帯電話も」
「あ、忘れてた……ごめんね」
「いえ。では一先ず宿へ向かいましょう」
屋敷で朝食の準備を済ませていたが、十五部隊の隊長であったファンゼフの世話になるわけにはいかなかった。
一行が向かったのは街の中心部の北東にある宿だった。ルイが始めにチェックインした宿と比べて部屋の数は少ないが、部屋の内装は全く同じである。
借りたのはツインで、ベッドが二つ、お風呂とトイレは勿論のこと、キッチンもある。
2階の3号室が開いており、部屋に入るとカイが真っ先にベッドにダイブした。
「ひゃっほーいッ!」
ボフッと布団がカイを優しく包んだ。
「カイさん、汚れた服でダイブするのはよしてください」
「俺そんなに汚(けが)れてないもん。アールも隣においでよー!」
「手伝うことある?」
と、アールは腰に掛けていた刀剣をネックレスに戻しながらキッチンにいるルイに尋ねた。
「いえ、大丈夫です。ゆっくり休まれてください」
ルイはシキンチャク袋から食材を取り出した。
「じゃあ後でシャワー浴びようかな」
「でしたらお湯を溜めましょうか」
と、食材を出す手を止めた。
「自分で入れるよ」
笑顔でそう言ってキッチンを出ると、すでにカイは眠っていた。
カイのおでこにはスーが張り付いている。ひんやりとして気持ち良さそうだ。
部屋の一番奥へ続く通路を通り、突き当たりの左側に風呂場がある。アールは靴下を脱いで、ズボンの裾を巻くって中に入った。
バスタブの詮を閉めて、お湯を出す。
一方ルイはトイレと風呂場に繋がる通路の反対側にあるキッチンで、食材を眺めていた。なにを作ろう。野菜が沢山あるが、肉がなければシドもカイも煩く吠えるに違いない。
一先ずシドに宿の場所を伝えるため、連絡を入れた。そしてふいにヴァイスのことを思う。
ルイはキッチンを出て風呂場に顔を出した。
「アールさん、すみませんがヴァイスさんに連絡を」
「あ、したいんだけどケータイが……」
アールはバスタブに手を入れ、お湯の温度を確かめていた。
「あ、そうでしたね、連絡先はわかりますか?」
「ごめん」
アールはわからないと首を振った。
「そうですか……僕も連絡先を訊いておくべきでした」
「連絡しても宿に来るかなぁ」
苦笑していると、通路をぴょんぴょんとスーが跳びはねて来た。
「スーさん?」
スーは体から手をつくり、自分の腹部辺りをペチペチと叩いた。
「お腹空きましたか?」
と、ルイ。
「違うよ、自分に任せてって言ってる。ヴァイスを捜してくれるみたい」
スーは正解!と、拍手した。
「さすがアールさんですね、スーさんとよく一緒にいるだけはあります」
「ううん、スーちゃんは最近はカイとばっか一緒にいるよ」
アールは少し寂しそうに言った。
「スーさんもカイさんが心配なのですね。ひとりにしておくのが」
ルイがそう言うと、またもや正解!と、スーは拍手をした。
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2階の3号室のベッド側にある窓から海が見えた。太陽の光を反射した海は風に揺られながらキラキラと光る。
その様子を肩にスーを乗せたヴァイスは眺めていた。
キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくる。
窓側にベッドの枕側がくる。足側にはダイニングテーブルが置かれていた。
アールはダイニングテーブルの椅子に座り、窓際に立っているヴァイスの後ろ姿を眺めていた。電話で呼ぶよりもスーが直接呼びに行ったほうが彼は来るんだろうな、と。
「アールさん」
と、ルイがキッチンから顔を出した。「食器を運んでいただけますか?」
「あ、うん」
アールは席を立ち、キッチンへ。
以前のアールなら母親に頼まれても「めんどくさい」と言っていただろう。けれど、母親が働いている姿を毎日間近でみていたら変わっていたのかもしれない。ルイたちが日頃苦労していることを間近で見ているように。
食事がテーブルに並んだ頃、シドも宿へやってきた。
席についた彼にルイが手を洗うよう促すと、ふて腐れながら手を洗いにキッチンへ向かった。そんなシドが子供に見えた。
「おしぼり出せよ」
文句を言いながら席につく。
「キッチンのある宿を借りたときくらいは手を洗ってください。──ヴァイスさんもどうぞ、空いてる席へ」
「いや、私は──」
ダイニングテーブルは囲むように座り、4人掛けだ。1人分足りない。
スーはヴァイスの肩から下りてダイニングテーブルの上に乗り、カイのコップの中に浸かった。
「スーさんのお水を忘れましたね、すみません。カイさんに新しい水を」
ルイはすぐにキッチンへ戻った。
シドが席を立ち、カイが眠るベッドに歩み寄ると、枕を引っこ抜いてカイの顔面に振り下ろした。
「ヴァイス先に食べる? 私後でいいけど」
アールは席を立った。
「僕が後でいただきますよ」
と、ルイが水を運んできた。
ここまで気を遣われては断りづらい。ヴァイスは仕方なく空いている席に座る。
鼻を赤くしたカイが瞼を擦りながら起きてきた。
Thank you... |