voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海38…『選択』

  
「ロンダさん」
 
風に髪を靡かせながら、エンジェルはロンダことファンゼフに歩み寄った。
ここは小島にある受付け所の屋上だ。風にさらされて乾きつつあるハングの血肉が一面に散らばったまま。
ハングが着ていた服の切れ端が舞う。
 
「用無しだってこと?」
「そうじゃな」
「副隊長が用無しなら、うちらももう終わりだ。ロンダさんは……大丈夫かもしれないけど」
「いや、わしももうただの年寄りじゃ。世界の運命を見届けたかったがの」
 
ファンゼフが物悲しそうに笑った。
 
「駄目元で、あいつらを捕まえたいんだ。そしたら考え直してもらえるかもしれない。手を貸してよ、ロンダさん……」
「ルイという男以外を、か?」
「…………」
 エンジェルはバツの悪い顔をし、目を泳がせた。
「気に食わないのはわかるが、それじゃあ体裁が悪い」
「ていさい……?」
「みっともないということじゃ」
「……じゃあ黙って敗北を認めろって言うの? まだ戦えるのに。頭(かしら)の首を取られたわけじゃないのに」
 
ファンゼフはハングの血痕に背を向け、受け付け所を後にした。エンジェルも不機嫌そうにその後を追う。
 
「最終目的はなんじゃ?」
 受付け所を出て、海を眺めながら訊くファンゼフ。
「最終目的?」
「上に認められることか?」
 
エンジェルは暫し考え、俯き加減に首を左右に振った。
 
「違う……シュバルツ様を目覚めさせること。シュバルツ様のお力になること。シュバルツ様の障害を断ち切ること……」
「お前はどう生きる。今日にも死ぬやもしれぬ命を何に使う。シュバルツ様を裏切り愛する男の命とその仲間の命を見過ごし、子供たちのために生きるか。己の感情を殺し、シュバルツ様のために生きるか」
「私は……」
「世界の運命もかかっておるが、お前の人生だ。わしはお前の判断に手を貸そう。お前たちはわしの孫のようなものじゃからな」
 
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「みなさん!」
 と、ルイがアールたちの元にやってきた。
 
気を失っていたアールはカイによって意識を取り戻していたが、まだ頭がくらくらした感覚が残っていた。
締め付けられて跡がついた首を摩りながらルイを見遣る。
 
「ルイ、おかえり」
「どこにいってたのー?」
 と、カイ。
「住人を閉じ込めていた結界を外し、アジトに寄ってきました」
 と、ルイは左手に持っている透明マントを見せた。
「あ、忘れてた」
 アールはそう言って、回収しに行ってくれたルイに礼を言った。
 
アジトに魔物が現れてルイが風の魔法を使ったとき、アールは魔物と共に吹き飛ばされてその時に透明マントを無くしていたのだ。
 
「アールさん、首……どうされました?」
 痛々しい痣が出来ている。
「シメられたんだよねー、シドに」
 と、カイ。
「俺じゃねーよ!」
「だって俺が駆け付けたとき二人しかいなかったじゃないかぁ!」
 
その言葉で、エンジェルがいかに早く目を覚ましてその場を後にしたのかがわかる。
もしかしたら気絶したふりをしていたのかもしれないと、アールは思った。
 
「大丈夫だよ、なんともない」
 と、アールは言った。
 
エンジェルの名前は口に出さなかった。殺されかけたとはいえ、女同士だから気を遣うこともある。エンジェルは言っていた。
 
 私さ、あんたの仲間に惚れたの。ルイって人
 
「そうですか……」
 ルイは少し物悲しく感じた。秘密にされると距離を感じる。でもそれはお互い様だ。
「ところでヨーゼフさんはどちらに?」
「ツリーハウスにいるけどあの人きもちわるぅーい」
 と、カイ。
「失礼ですよ」
 
ルイがツリーハウスに向かうと、一行もついて行った。
 
「だってさぁ、子供達がわいわいしててぇ、十五部隊の奴らも必死にわいわいしててぇ、そんな中、部屋の隅でぼーっと突っ立ってんだもん。窓の外から見える街を眺めながら」
「なにか考えているのでしょう。マスキンさんもいますか?」
「スーちんの次に弄ばれてる。子供たちに」
 
ルイたちもツリーハウスに上がると、子供たちが大勢走り回っていた。
 
「騒がしいな」
 シドは眉間にシワを寄せ、隅に腰掛けた。
 
ルイはその場にエンジェルがいないことに気づいた。アールに尋ねようとして、ハッと思い出す。エンジェルは腰に紐を巻いていた。あれは流星錘ではなかっただろうか。
 
「どうしたの?」
 と、訊くアールの首に目がいく。全てを悟ったが、あえて言わなかった。
「……いえ。そういえば朝食もまだだったなと」
「あっ、そう言われたら急にお腹空いてきた」
 と、笑ったアールに、ルイも微笑んだ。
 
窓際にいたヨーゼフに歩みより、ルイは透明マントを返した。
 
「すみません、ありがとうございました」
 
ヨーゼフは黙ったまま、受け取った。
 
「不思議な光景ですね」
 と、ルイ。
 
捕われの身だったはずの子供たちと、十五部隊の連中が仲良く鬼ごっこをしている。
 
「終わったのか?」
 と、ヨーゼフは訊く。
「……わかりません。ですが、僕らに手を貸してよかったのですか?」
 
ルイの問いに、カイ、シド、アールも耳を傾けた。
 
「私はファンゼフと兄弟ではあるが、組織の仲間ではないからな」
「そうですか……」
「私がアジトに捕われていたとき、ファンゼフは一度私に手を貸そうとしたが、断った。彼等の支配下にあり、閉じ込められてはいたが、研究にはうってつけの環境だった。邪魔者を寄せつけないよう見張りもいるわけだからな。だが、人間の言葉を得たマスキンが現れ、変わった。エテルネルライトの中に閉じ込められた我が子を絶望にも似た目で愛おしむ姿に少なからず言い知れぬ思いが込み上げてきた。そしてそれと同時に、誰がマスキンに人間の言葉を与えたのか、わかった」
 
ルイたちは興味津々に話を聞いているが、カイだけはこんなにも長く喋れるのかと驚いている。
 
「リンゼフだろう、マスキン」
 
ヨーゼフは子供たちと遊んでいるマスキンを見遣った。
マスキンは首を傾けた。
 
「名前までは知りませんけど?」
「そうか、相変わらずだな」
 ヨーゼフは微かに笑った。
「どなたです?」
 と、ルイ。
「私にエテルネルライトの研究を頼んだ姉だよ。リンゼフは迷宮の森を守っている」
「黒魔術師……」
 ルイは思わず呟くと、ヨーゼフは一瞬彼を睨みつけ、すぐにフッと表情を緩ませた。
「そうだな、あそこまでやるとは思っていなかったが。エテルネルライトは人を魅了する」
 

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©Kamikawa
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