voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海36…『女同士』

 
「私は……下心があってふたりきりで会ったり、必要以上のスキンシップがあったら、かなぁ」
 アールは考えながらそう言った。自然な流れで、脳裏に雪斗のことを思い出す。
「だよね、私もそんな感じ。あんた恋人いるの?」
「あ……うん」
「浮気されたこと、あるの?」
「ないかな」
 少なくとも知る限りでは。
「彼氏って、仲間にいるの?」
「ううん、違う」
「そっか。私さ、あんたの仲間に惚れたの」
「え……」
 突然そう言われて驚いた。「シド?」
 
谷底村の女の子たちにはシドが人気だったからそう訊いた。
 
「シド? ううん、ルイって人」
「あぁ! わかるよ」
 と、アールは微笑んだ。
「わかるの?」
「うん、ルイならわかる。モテそうだから」
 シドはわからないけど。
「あいつバカだよね。敵にまで優しくするとかさ」
「うん、そういう人だね」
 
アールは柵の前にしゃがみ込んだ。雑草の葉に、てんとう虫がいたのだ。なんだか懐かしく思う。
エンジェルはアールの小さな背中を見遣った。
 
「もう一度言うけど、ルイって人、敵にまで優しくするんだね」
 “敵”を強調した言い方だった。
「ん? うん」
 アールは顔を上げてエンジェルを見遣る。
「あんたらバカなの? 私は捕らえていた子供たちに対する態度や扱いは改めるつもりだけど、あんたらの敵であることには変わりないから。──そうやって無防備に背中向けられるとムカつく。余裕綽々じゃない」
「あ……そうだった」
 
アールは立ち上がり、エンジェルから二歩下がった。そんな彼女にエンジェルはまた溜息を零す。
森の奥から子供達の笑い声が聞こえた。
 
「なんだ、あいつら打ち解け合えたみたいね」
「エンジェルさんはどうして急に子供たちを助けようと思ったの?」
「……元々助けたい気持ちはあった。だって私も売り飛ばされる身だったから」
「そうなの……?」
「捕われの身同士で仲間つくって逃げ出したの。倉庫からは逃げ出せたけどアジトからは出られなかった。まだまだ子供だったしね。──で、酷いところに売られるくらいならって媚びを売ったの。そしたら何故か気に入られて十五部隊の仲間になった。幸いなことに人身売買の手伝いをさせられることはなかったけど、見て見ぬふりをし続けてた。仲間に入れてもらえてもまだ子供だったし仲間といってもただ奴らの顔色うかがってつまんないギャグに笑ったり、アジト内の掃除したりお使いしたりとそれくらいしか出来なかった私らに、人身売買なんかやめろ! なんて発言出来るわけもなくて。自分らのことで手一杯だった」
「そう……」
「そんな私がこんなこと思うのは凄く恥ずかしいんだけど、売り飛ばされるまえに抜け出す計画を考えていたとき、もしアジトから抜け出せて自由を手に入れたら、保育士になりたいって思ってたんだ。私バカで勉強出来ないけど一生懸命に勉強して、小学校の先生でもいい。捕われていた時に、私より小さい子なんか沢山いて、一人が泣き出すと周りの子も急に不安になって泣き出してさ、その度に十五部隊の連中が怒鳴りにきたの。静かにしろ!って。私が少しでも不安を取り除こうと、知ってる数少ない童話を話したり、歌を歌ってあげたら泣き止んで……次第に慕ってくれるようになったりしてさ」
 
エンジェルは休む暇なく喋り続けた。言葉のスピードは増して、急かされているようだった。
 
「それで思うようになった。私は酷いところに飛ばされてもいいから、この子たちは裕福な家に貰われますようにって。たまにいるらしいんだ。なかなか子供が出来ない夫婦に貰われる子。保育士になりたいと思ったのもその時かな」
 
漸く一息つき、黙って聞いていたアールを見遣った。
 
「でもそんな夢は倉庫を飛び出した瞬間に捨てた」
「……うん」
「ごめん、色々喋り過ぎたね。時間がないと思うと誰でもいいから聞いてほしくて。落ち着かないんだ」
「エンジェルさん……」
「あんたの首をとったら見逃してもらえるかもね」
 と、エンジェルはベルトのように腰に巻いていた流星錘という武器を取り外し、ロープをピンと張って構えた。
 
長い紐の両先に、球形の金属製で3キロほどの錘がついている。
 
「それ武器だったんだ……」
 アールはそう呟きながら、戦闘体勢をとったが剣は抜かなかった。
「私達はね、所詮捨て駒なんだ。そうならないように命張ってるけど……」
 
 サンプルとしてこの世界に来た
 
突如リアが言っていた言葉が甦る。タケルのことを話していたときの言葉だ。なぜ“捨て駒”に反応したのだろう。
 
アールが動揺した隙をついて、エンジェルは流星錘を振り回した。アールを目掛けて狙って飛んできた錘は彼女の首の周囲を周りながら巻き付き、エンジェルは錘に繋がっているロープを引いた。
アールが首に巻き付いたロープを解こうとしたときには既に指一本入る隙間がなく、ぎりぎりと締め付けられていた。
えずき、呼吸が出来なくなり、次第に手足が痙攣する──
 
「所詮実験台なんだ。なにが有効で、なにが無効なのか調べるための。私たちは時間稼ぎの道具のようなものでもある。私たちが苦戦して殺されている間に上の連中は力を増すし、シュバルツ様の力も刻々と目覚め始めてる。早い段階にお前らを捕らえておく計画も──」
 
突如、エンジェルの言葉が止まった。彼女の首にキラリと光る刀の刃が後ろから突き付けられているからだ。彼女の背後にいたのはシドだった。
 
「俺らを捕らえておく計画がなんだって?」
 
シドが尋ねた瞬間、アールは気を失って膝から崩れ落ちた。
シドはエンジェルを棟打ちにし、アールに歩み寄ると刀の切っ先で首のロープを斬った。
絞められていた気動が開かれるが、アールは一向に呼吸をする気配がない。
シドは面倒くさげに舌打ちをした。気動を確保するため、アールを仰向けに寝かせてから顎を持ち上げ、頭をずらした。アールの鼻をつまんだ瞬間、シドは何者かに体当たりされ、吹き飛んだ。
 
「い”ってぇなッ?!」
 すぐに体を起こして刀を握った。
「気動よし! 俺の唇リップクリーム済みよし! アールの可愛い鼻をおつまみよし! 今から助けるからね! 声掛けよし!」
 
そうして直接口からアールに息を吹き入れたのはカイだった。
 
「てめぇいいタイミングだな……」
 と、シドは刀を鞘に仕舞った。
「アールの反応なし! もういっちょ!」
「はぁ……」
 
一見ふざけているようで、顔はアールを助けようと必死だ。シドは腕を組んでその様子を黙って見守った。
 
後に目を覚ましたアールは微かにクッキーの味がして首を傾げたのだった。
そして気づいたときにはエンジェルの姿がどこにもなかった。
 

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©Kamikawa
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