voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海34…『ロンダ』

  
アール達は一番近くの倉庫に身を隠した。
魔物が隠れていた倉庫だったのか、微かに獣の臭いが残っている。
 
「どぉーすんのさぁ!」
 と、カイはルイの背中にしがみつく。
「今考えています」
 そう答えたルイに、ヴァイスは言った。
「手を回しておいた。そろそろ来るだろう」
「……なにがです?」
 
アールとカイも首を傾げた。ヴァイスはいつだってそう。言葉が短すぎる。主旨がないのだ。
 
外の騒ぎ声は次第におさまっていった。十五部隊の連中が去ったわけではない。
足音も消えた中で、新たな足音が近づいて来る。 そして静かに整列していた部員の一人が言った。
 
「ロンダさん、お待ちしておりました」
 
──ロンダ? と、アール達はヴァイスを見遣る。
 
「十五部隊の隊長であり、ファンゼフだ」
「えぇっ?!」
 
カイは思考を停止し、食べたいお菓子のことを考え始めた。彼はわけがわからなくなると思考が停止する。
 
「お腹すいたなぁ」
 と、カイ。
「騙されてたってこと……?」
 と、アールが問う。
「いや、そのつもりはないようだった」
「どういうこと?」
 
ルイは黙って聞いている。
 
「あの人は我が道を歩いている。どんな結果もどんな展開もそれが運命だと受け入れる。隊長としての責任も役割も受け持ってはいるが、そればかりに流されていない。時には感情的に動くこともあるようだが」
「ヴァイス、わかりやすく説明して」
「…………」
「…………」
「…………」
 
カイが鼻をほじりはじめた。
 
「結局ファンゼフさんは私たちの味方なの? 敵なの?」
「二つに一つではない。どちらでもない」
「謎に謎で返すのやめてよもう……」
 と、アールは頭を抱えた。「私バカなんだからもっとわかりやすくっ」
「俺よりおバカだもんねぇ」
 と、カイ。
「カイよりはマシだよ」
「ひいっ!」
「静かに」
 と、ルイが言った。
 
聞き耳を立て、ファンゼフたちの声に耳を傾ける。
 
「──ロンダさんにお話があります」
「ちょうどいい。私もお前達に話があった」
 と、ファンゼフは自分のことを“わし”ではなく“私”と言った。
「なんでしょう……」
「いや、お前たちの話から聞こう」
 
暫しの沈黙があり、一人の男が躊躇いがちに口を開いた。
 
「ご相談がありまして……。我々を解雇していただけないかと」
「なに?」
「本当は……黙ってこの街を離れるつもりでした。家族がおるものは家族を連れて。──しかし、やはり我々はロンダさんに大変世話になった身。礼も言わず裏切る形で逃げるのは、気が咎めるというものです。ですからこうして御呼び立てした次第で」
「十五部隊から抜け出せても、組織からは抜け出せないぞ」
 と、ファンゼフは言う。
「──わかっております。覚悟は出来ています」
「死ぬ覚悟を、か?」
 
部員達は顔を見合わせた。
 
「組織は裏切り者に容赦ない。直ちに排除する。各部隊を抜けることもそう簡単には許されないだろう。私は十五部隊の隊長ではあるが、仲間を独断で解雇することは出来ない」
 
部員達は落胆し、肩を落とした。
薄々感づいてはいたことだが、はっきりとそう言われると苦衷は隠し切れない。
 
「我々は殺されるのでしょうか……シュバルツ様に対する信仰心は捨てておりません。ただ……」 
「仲間になるって決めたんだ」
 と、突然エンジェルの声がした。
 
「よかった。エンジェルさん無事だったようですね」
 と、ルイはほっとする。
「エンジェルちゃんも来てるのかぁ、俺に会いに来たのかなぁ」
 と、カイ。
「それはないよ」
 と、アールはそっと否定した。
 
「仲間になるって決めたんだ。その時に腹はくくったはずだろ。私もそう。この属印を捺されるとき、全てをシュバルツ様に捧げることを決めたんだ。そりゃあ同年代の、どの組織にも入っていない女の子を見ると羨ましいと思うことはある。仕事なんて簡単にやめて新しいこと始めたり、好きに恋愛したり、家族と旅行に行ったり……そういうの出来ないのは寂しいけど、全く自由がないわけじゃない……。そうでしょ? ──ここから売り飛ばされて奴隷として働かされてる子供たちに比べたら全然、私たちは自由だ」
 
エンジェルは太股の属印を指先で触れた。
 
「おかしいよね、人の子供を売り飛ばして人の子供の自由を奪うことで金儲けしといて、自分たちはもっと自由になりたいなんて」
「今更なにを言い出すんだ。人身売買は俺たちがやりはじめたことじゃない。昔から当たり前にあって……それをハングが仕切りはじめただけで……」
「そうだな」
 と答えたのはファンゼフだった。
 
そして彼は身を隠していたマスクとコートを脱いで見せた。エンジェルはそのマスクとコートを受け取った。
部下達は“ロンダ”の正体に驚き、ぽかんと間抜けズラで言葉を失っている。
 
「わしもそうじゃった。人身売買がどうだと余所の連中は騒ぎ立てるが、我々にとっては日常の一部であり、昔ながらの風習じゃ。だからわしもハングが独断で人身売買に手を貸しはじめようと口出しすることなく今まで流してきた」
「ロンダさんが……屋敷の爺さん……?」
 と、部下の一人が言った。「なんで……」
「驚かせてすまないな。わしも組織の一員でありながら自由を求めていた。二つの顔を持つことで自由を得ていた。第十五部隊を仕切る隊長に命名されたが、その立ち位置には興味がなく、殆どをハングに任せておった。はじめはなんでもわしに許可を求めてきたが、次第にハングはひとりで決断することが多くなってな、子供達のこともそうだ。──しかし、泳がせすぎたようだな。そろそろ口出しをする時期が来たのだと、この街に訪れた連中に気づかされた」
「ま、待ってくださいよ! まさか今更ロンダさんまで人身売買を止めろとか言い出すんですか?!」
「断る理由はなんだ?」
「…………」
 部下達は顔を見合わせ、動揺した。
「報酬が減るからか」
「……まぁ、一番の理由は」
 
黙っていたエンジェルが一歩前に歩み出た。
 
「あなた、奥さんと生まれたばかりの子供がいる人だよね」
「え……あぁ」
 そう答えたのは、ヴァイスが路地裏で見た男だった。
「他人の子供を売ったお金で、自分の子供を養うの?」
「今更なにを……」
「今更今更って、何かを正したり始めたりすることに今更なんてことはない」
「お前に何がわかる……小娘が……」
 
エンジェルはカッとなったが、下唇を噛んで我慢した。
 
「私は既に裏切り者なの。ハングに組織から追い出されるところだった。それが何を意味するか、小娘の私でもわかる。──死よ」
「エンジェル……お前……」
「でもまだ生きてる。偶然救われたの。敵にね」
 
それを聞いていたアールは周囲を見遣った。ルイは僕ではありませんよと首を横に振る。カイはアールと目が合って嬉しそうに微笑むが、彼ではないだろう。
ヴァイスと目が合い、すぐに逸らされた。
 
「ヴァイスが助けたの?」
「…………」
「ヴァイスが助けたんだね」
「…………」
 
ヴァイスは何も言わないが、アールとルイは顔を見合わせて微笑んだ。
 
「戯言だと思うなら手を貸してくれなくていい。私ひとりでやる」
 エンジェルはそう言った。
「やるって何を……」
「子供たちを助けたい。この街から、人身売買を無くしたい。──どうせ裏切り者として消されるかもしれないなら、最後くらい自分に正直に生きたい。人の命を奪うんじゃなく、ひとりでも救って死にたい」
「…………」
「手を貸してくれなくていい。ただ、見て見ぬふりをして……お願い」
  

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