voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海33…『エテルネルライト』

 
「アールさん!」
 と、ルイが目の前まで走り寄る。「こんなところでなにを? 突然いなくなるから心配しましたよ」
「あ、ごめんね……変なもの見ちゃって……」
 
アールがそう言うと、虚空を見ていたカイが目を丸くしてアールを見遣った。──今し方ひみつだって約束したのに!!
 
「変なもの?」
「死体。人が死んでた……」
 と、倉庫を指差す。
 
ルイとヴァイスは顔を見合わせた。
 
「僕達が確かめてきますから、お二人はここにいてください」
 と、念のためルイは2人を結界で囲んだ。
「秘密だって言ったのにぃ!」
 と、ヴァイスとルイが倉庫に向かったのを確認してからふて腐れるカイ。
「ビデオカメラのことは言ってないよ」
「あ、そっか。じゃあいいや。二人だけの、ひ・み・つ」
 と、カイは人差し指を立てる。
「わかったから……もう、人が死んでたっていうのに。カイは平気なの? そういうの」
「死んだ人による」
「……うん」
「アールだってそうでしょ? まる焦げになった遺体なんて触りたくもないし近づきたくもないけど、それが大切な人なら思わず抱き寄せると思うんだ」
「……うん」
「勿論、可哀相だとか同情する気持ちとかはあるけどさぁ……」
「……うん、そうだね」
 
カイは、素直だ。
真面目な話をするときほど自分を正当化したり、あれこれ余計な理由付けをしたりはしない。
 
━━━━━━━━━━━
 
シドは電話を切ったあと、目の前で倒れているハングに歩み寄った。
意識はあり、静かになった空を見つめたまま動かない。
 
「終わりは呆気ないな」
 と、シド。「魔力が尽きたのが敗北の原因だとはな」
「仲間の裏切りもだ」
 と、ハングは独り言のように呟いた。
「裏切られたくなきゃ、慕われるリーダーになることだな。自分の命と引き換えにしてでもお前の力になりたいと思わせるくらいにな」
「お前らのリーダーは慕われているのか」
「……いや? リーダーなんかいねぇよ」
 
シドは腰に差していた鞘から刀を抜いた。
刃先をハングの首に当てた。
 
「魔物を操るには魔力をだいぶ削るのか?」
「興味があるのか?」
 ハングは鼻で笑った。
「俺の魔力は魔術師から与えられたものだ。魔導士と違って自由に好みのスキルを身につけられるわけじゃない」
「そりゃ残念だな」
 と、ハングは微笑した。
 
シドの刀の刃先はハングの肌に少しだけ入り込み、赤い血の線が首を伝った。
 
「最後に訊きたいことがいくつかある。アジトにエテルネルライトがあるようだが、迷宮の森にあったエテルネルライトとなにか関係あんのか?」
「あーぁ……森でも見たのか。その中で眠る少年も」
「なにか知ってんのか」
「少年は偉大な魔導士の子供だ。200年くらい昔にその魔導士の手によって閉じ込められた。いや、魔導士ではなく、魔導士が雇った魔術師によって、だがな。そのときにその魔術師はエテルネルライトの存在を知ったんだ。少年の親がエテルネルライトの存在を知っていた理由まではわかんねぇけどな。偶然見つけたのかもしれない。当時はまだ普通の森だったんだからな」
「自分の子供を実験に使ったのか?」
「いや、不治の病が少年を蝕んでいた。その進行を止めるにはエテルネルライトに閉じ込めておくしかなかったからだ。生きたまま救い出す方法など見つかる保証はどこにもなかったがな。結局、生きたままエテルネルライトから出す方法も不治の病を治す薬も見つからないまま年月が過ぎ、その魔導士も魔術師も少年を残して死んだ。迷宮の森は代々あの森を守っている魔術師がいるようだ」
「その最初の魔術師は村から依頼を受けて迷宮の森を作り出した魔術師か?」
「そうだな。そう聞いている」
 と、ハングは短く答えた。
「随分詳しいな」
 
受付所の外ではシドに薙ぎ倒されたルフ鳥が翼を広げて倒れている。
その周辺にはルフ鳥の羽が散らばっており、時折吹く風に揺れていた。
 
「じいさんが話してたんだよ」
「じいさん?」
「……第十五部隊隊長、ロンダ。本名はファンゼフ」
「ファンゼフ? 同一人物なのか!」
 と、シドは驚いた。
「まぁ俺達の前に現れるときはいつもマスクで顔を隠し、喋り方も違い、杖も使わない。誰も同一人物だとは思っちゃいない。俺は副隊長だから知っていたんだ」
「あとは誰もしらねぇのか」
「あぁ。……いや、エンジェルはどうだろうな」
 
エンジェルがまだ幼く、人身売買の“商品”だった頃、彼女はアジトを抜け出そうと試みたがすぐに捕まった。そのときにエンジェルはロンダと会っていた。
エンジェルたちが仲間に加わり、ロンダが去ったあと、彼女はハングにこう尋ねた。
 
「あの人、私のおとーさん?」
「は? んなわけねぇだろ」
 年齢的に考えてもそれは有り得ないことだった。
「おとうさんみたい」
 
ロンダはこの時からマスクやコートで身を隠していたため、容姿に対してそう言ったのではないことはハングにもわかっていた。雰囲気が似ていたのだろう。
この時はただそう思い、気にも止めなかった。
しかしそれから数年経った頃、エンジェルが街で見かけた老人を見てまた同じことを呟いた時には心底驚いた。
 
「あの人……お父さんみたいだ」
「はぁ?」
 
ハングはその老人を見遣り、驚いた。ロンダであるファンゼフだったからだ。
 
「雰囲気が似てるのか?」
「あぁ。違うんだろうけど。父は私が売られる前にとっくに死んだし、あんなに年老いてない」
「そりゃそうだ」
「でもこれで二度目だ。お父さんに似た雰囲気の人を見たのは」
「…………」
「もう一人は、ロンダさんだった」
 
ハングはそんなことを思い出しながら、言葉を続けた。
 
「同一人物だと気づいていたかはわからないが、疑ってはいただろうな。疑ってみればますます怪しく見えてくるものだ。気づかないフリをしていたとも考えられる」
「──で? エンジェルとかいう女の親父とファンゼフの繋がりは?」
「あったよ。だが大した繋がりじゃない。ファンゼフは魔術師で、かつて魔術を教える教師をしていた。その教え子がエンジェルの父親だ。エンジェルの父親は母子家庭で育ってる。もしかしたらファンゼフを父親変わりのように慕っていたのだとしたら、似てきたのもわからなくはないな」
 
ハングは遠い目をして、幼かった頃のエンジェルを思い出していた。
 
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アールたちの元にルイとヴァイスが戻ってきた。浮かない表情で、アールを見遣る。
 
「確認してきましたが、多分十五部隊の方々かと。焼けたフレイルもありましたし……」
「誰の仕業かわかる……?」
「いえ、そこまでは。ただ、魔術師か魔導士なのは確かでしょうね。油をまいて火をつけたような感じはありませんでしたし、遺体の様子から熱さに暴れ回った痕跡はありますが倉庫から出ようとした様子はないのです。全員倉庫の中心で倒れていました」
「謎めいてて気持ち悪いね」
 アールはため息をついた。
「アールさんは遺体を目の当たりに……?」
「え? あ……ううん、中には入らなかったから遠めから見ただけ」
「そうですか」
 ルイはホッと胸を撫で下ろした。あんなに酷い遺体を見たら平常心ではいられないだろう。
「ルイごめんね、目の前で人が撃たれただけでまた気が動転してしまって……」
 
そう言いながらも、“撃たれただけ”と言ってしまったことに嫌悪感と違和感を覚える。
撃たれただけ。この世界では人が銃で撃たれて亡くなった姿を見ても“撃たれただけ”と思ってしまう。
 
「いえ。当たり前の感情ですから」
 と、ルイは宥めるように言った。
 
ルイが結界を外そうとした時、ガヤガヤと騒がしい人の話し声が聞こえてきた。アールたちがいる場所の反対側にある大きな岩が右に動くのが見えた。
 

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