voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール8…『カイとアール』

 
人が多く行き交う中で、アールは何度か人とぶつかり、その度に頭を下げた。
 
「あ……ごめんなさい!」
「こちらこそごめんねぇー」
 
アールは人込みが苦手だった。これがもっとお祭りなどのイベントで人が溢れかえっていたら、尚更外には出たくはない。背の低い彼女は直ぐに人込みに流されて埋もれてしまうからだ。
 
「大丈夫ですか?」
 と、アールの前を歩いていたルイが振り返り、心配そうに訊いた。
「うん、大丈夫……」
 
ルイに連れられて、街と街を繋ぐゲートというものを見に行った。そこには電話ボックスのようなものがあり、人が列をつくっている。
 
「あの中に入って行き先を唱えれば別の街へ移動出来ます。場所によっては鍵も必要ですが」
「それだけで瞬間移動が……?」
「瞬間移動? そうですね。場所によっては料金が少々高くつきますが」
「お金とるの?!」
「勿論ですよ」
 
 やっぱり、ゲームのようにはいかないのか。
 たしかゲームではゲートを見つけたら今まで行った所に行けるって雪斗……が……
 
「アールさん?」
 ルイはアールの表情が曇っていることに気がつき、心配そうに声をかけた。
「あ……えっと……どこに食べに行くの?」
「何か食べたいものはありますか?」
「うーん……ハンバーグ?」
「良いですね。ではお店を探しましょう。逸れないでくださいね」
 と、二人はまた歩き出す。
 
ルイはアールに合わせてゆっくりと歩いてくれる。そして時折、ちゃんとついてきているか振り返って確かめる。アールはどうも歩くのが遅かった。足の長さも関係しているのだろうが、今まで人込みを避けて来たせいで上手く人を交わしながら歩くのが苦手だった。
キョロキョロと周りを見ながら歩くと、目移りしてしまうほど、お洒落なお店が建ち並んでいる。
 
二人は美味しそうなレストランを見つけると、さっそく店に入った。窓際の席に座り、同じハンバーグ定食を頼んだ。
料理は直ぐに運ばれてきた。アールはルイからルヴィエールのことを聞き、話をしながら食事をしていると、ふとした瞬間に恋人のことを思い出しては、自ら他の話題を振って気を紛らわせた。
 
「そういえば人を捜してるって本当? セルさんにさっき話してたけど……」
「あ、いえ……。アールさんに言っておくべきことがあります」
 そう言うと、ルイはテーブルに軽く身を乗り出し、周りに聞こえない声で話しはじめた。
「僕たちの身分のことは、人には告げないようにしてもらえますか? 特にアールさんは、自分が“選ばれし者”であることは決して口外しないようにしてください」
「……どうして?」
「中には悪い人もいますからね」
「悪い人……?」
「はい。アールさんを危険な目に合わせようとする人が現れる可能性が高いのです」
 
──私を狙う? なんで? 冗談じゃない……。ただでさえ危険な毎日なのにこれ以上問題を増やしたくない。
 
「僕たちは≪フマラ≫から来たことになっています」
「それは……街の名前かなにか?」
「はい。ルヴィエールに来た時に見せた身分証明カードは擬装したものです」
「え、いいの? それ……」
「勿論本来はそんなことしてはいけません。しかし、僕達の身を守る為ですので、ゼンダさんが用意をしてくださりました」
  
アールは、世界を守るとか大それたことを言い訳に、悪いことをしてるような気分になった。実際そうなのだが。
 
「──さて。僕は食事を終えたら食材を買いに行きますが、アールさんはどうしますか?」
「えっと……せっかくだし、お店見て回ろうかな」
「分かりました。では遅くなる前には宿へ戻ってくださいね」
「うん、わかった」
 
食事を終えると店を出て、別行動をすることになった。アールは、お小遣を貰ったことだし、何か買いたいなと思いながら目の前にあった洋服屋へと足を踏み入れた。そのお店に並んである洋服は、古着屋にあるような、少し個性的なデザインの服ばかりだった。
 
「いらっしゃい。見ない顔だね、どこから来たんだい?」
 と、店員が声を掛けて来た。30代半ばくらいの女性だ。頭にバンダナを巻いている。
「えっと……フマラから……」
 と、ルイが話していた町の名前を咄嗟に思い出し、そう答えた。勿論、アールはフマラという町がどんな町かも知らない。
「随分遠くから来たもんだね」
「あ……はい」
「フマラは昔一度だけ行ったことがあるよ、小さな町だけど、川の水は綺麗だし、空気は澄んでて好きだよ私は」
「ありがうございます」
 と、アールは笑顔で受け答えするものの、嘘がバレてしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。
 
店内にはアールの他にも客が2、3人いたおかげで、店員は直ぐに他の客に付き、これ以上の話をせずに済んだ。
アールはそそくさと店を後にすると、行き交う人々からなるべく避けるように道の端を歩いた。 
つい目を奪われるお洒落な洋服店は沢山あるけれど、お洒落をする機会はきっとない。買っても意味がない。アンティークでキラキラした可愛らしいアクセサリーショップも、ガラス越しに眺めただけで、必要ないからと店には入らなかった。
 
アールはふと、別のアクセサリーショップの前で立ち止まった。アクセサリーが気になったわけではなく、窓ガラスに映った自分に、思わず目を止めたのだ。
 
「……ひどい」
 
窓ガラスに映る自分の姿に、今更ながら呆然とした。クシで解いただけの髪、服はジャージのようなツナギ、顔はスッピンで、此処が自分の世界なら恥ずかしくて知り合いに会う前に直ぐにでも家に帰って着替えたいところだ。でも、幸いなことにこの世界の人々は、そんなダサい格好のアールを指差す者はいないし、この世界で知り合いに会うこともない。会いたくても会えないのだから──
 
「アールぅ!!」
 と、聞き慣れた声がした。
 
両手に紙袋を下げたカイが走って来る。
 
「アールぅ! なにやってんのぉ?」
「カイ……そっちこそ」
「俺は買い物ー!!」
 そう言ってカイは紙袋を開けてアールに見せた。中にはギッシリと玩具が入っている。
「おもちゃ買ったの……?」
「旅のお供だよぉ! で、アールはぁ?」
「私はまだ……」
「そっかぁ!」
 そう言うとカイは、ニコニコしながらアールの顔をジーッと見つめた。
「な……なに?」
「お小遣いくら貰ったのぉ?」
「えっと……5000え……5000ミル?」
「えーっ?! 俺3000ミルしか貰ってないのにぃ!」
 と、カイは子供のように膨れっ面をする。
「そうなの……?」
 アールは、カイがニコニコしながら自分の顔を見ていた理由に薄々感づいた。
「ルイは女の子に優しいんだなぁ……」
「…………」
「ねぇ? 何買うか決めたのぉ?」
「まだだけど……」
「ふぅーん?」
 
 ハッキリ言えばいいのに。
 
「お金遣っちゃったんでしょ」
「え? まぁそうなんだけどぉ……」
「それで?」
「うん、ちょっと……ちょうだい!」
 
──やっぱりね。と、アールの感は当たっていた。
 
「いくら?」
「1000ミルでいいよ! アール優しい!! アール可愛い! アール美人ッ!!」
「わかりやすいお世辞はいらないよ」
 
仕方なくカイに1000ミルを渡すと、カイは「ありがとぉー!!」と叫んで雑踏へと消えて行った。
カイのあの語尾を伸ばすような喋り方は、甘え上手な子供のようだった。暗い気分に落ちていたときに、タイミングよく現れてくれたカイに、アールは内心感謝していた。1000ミルを失ったけれど。
 
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -