voice of mind - by ルイランノキ |
ヴァイスがいた位置からフレイルを武器とした男の姿は死角で見えなかった。突然ルイが倒れ、助けに向かおうと思ったが別の方角から銃弾が飛んできた。
咄嗟に身を隠す。
アールは苦しそうに呼吸を繰り返しながら、結界を出てルイに駆け寄った。
「ルイッ……ルイ!」
そんなアールをフレイルの男は容赦なく蹴り飛ばし、後からやってきた仲間たちと共に彼女を拘束してその場から連れ去った。
しばらく経って、ルイが目を覚ました。強い打撲傷を負ったが意識を失っただけで済んだようだ。
ふらつきながら立ち上がり、後頭部を押さえながら結界を見遣る。──アールがいない。
ルイは足元に転がっていたロッドを拾い上げた。ちょうどそこにシドとヴァイスがやってきた。
「お二人共、ご一緒だったのですか? アールさんを知りませんか?」
と、表情を曇らせるルイ。
「一緒だったわけねぇだろ。たまたまだ」
「アールならアジトへ連れていかれたようだ」
と、ヴァイス。
「アジト……」
ルイは迷っていた。助けに行くのが先か、ハングが先か。
「シドさん、小島にハングがいるかもしれないのです」
「わかった。じゃあお前らはアジトに行け」
と、シドは橋を渡った。
ヴァイスとルイはアジトへ向かう。ルイはアールの様子か気掛かりだった。
その途中、カスミスーパー付近でカイと出くわした。木に登って隠れていたところにルイを見つけた彼が姿を現したのだ。
「カイさん……ご無事でよかったです。子供たちは?」
「なんで子供たちと一緒にいたこと知ってんのー? 家に逃げ込んだよ、俺は入れてもらえなかったけどぉー…」
と、カイはルイの後を走る。「それよりなんで急いでんの?」
「アールさんが危険なのです」
「なぬっ。でもきっと大丈夫だよ、神は世界を救える彼女を見捨てない。アールに危害を加えようとする奴がいたら神様がボッコボコにするよ!」
「そんなアールさん贔屓の神様がいたら僕らは必要ありませんね」
「……やっぱ神様は見守るだけの存在にしよう。いや、こっそりと手回しはしてくれるんじゃないかなぁ、俺たちが助けに行くまで時間稼ぎしてくれるかもよ」
──カイ
神様はいると仮定して、私が今こうなってしまったことを避けられなかったのは神様に見捨てられたのではなく、神様が与えた試練であり、神様が決めた運命ということになるのかな。
神様助けてって強く願っても、叶わずに最悪な結果を招いたとしても、それはそうなるべくしてそうなったのかな。
例えば死んでしまった人達は
例えばタケルは
神様に見捨てられたんじゃなくて、死んでしまう必要があってそうなったのかな。
救う価値のない命というわけではなく。
私は時々、神を信じる信じないは別として、神(運命)を恨むことはある。
誰かを恨まなきゃ晴らせない思いがあるのは事実。
私はこうなる必要があったのかな。
あったんだろうね。
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「見つけたぞ……」
シドは小島にある受け付け所の屋上にいた。
そこには魔法円の中心で片膝をつき、左の手の平を床につけてスペルを唱え続けているハングの姿があった。
ハングは顔を伏せ、目を閉じているからかシドに気づいた気配はない。
シドは床を蹴ってハングに向かって走り出した。刀を構え、ハングに斬りかかろうと魔法円に近づいたその時、シドの体は魔法円全体を囲むバリアによって弾き飛ばされた。
顔を歪ませ、空中で体勢を整えたシドは屋外へ着地した。
「クソッ……」
これじゃあ手が出せない。
再び受け付け所の階段を駆け上がり、屋上に出る。
ハングは集中しているのか最初となんら変わらない体勢でスペルを唱え続けていた。
シドはそんなハングに苛立ち、舌打ちをした。駄目元で気を集中させ、刀に魔力を込めた。あっという間に全身に力が漲ってくるのがわかる。強化前と今とでは明らかに違う。
思わず口元を緩ませた。そして──
シドが振るった刀から三日月型の光が飛び出した。これまでと比べ、一回り大きい“光斬風”はハングを囲む魔法円のバリアにぶつかり、さらに力を増して切り裂いた。
光を放っていた魔法円が歪み、スペルを唱え続けていたハングの口が漸く止まった。
ゆっくりと立ち上がり、シドを見遣る。
「漸く気づいたか」
「…………」
街中を駆け抜け、住人を襲っていた魔物の足が止まり、催眠が解けたように森へと逃げてゆく。
「死にたいようだな」
ハングはそう言って右手を空へ掲げた。頭上に魔法円が浮かび上がる。シドは刀を構えて警戒体勢をとった。
上空のどこからかルフ鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「まじかよ……」
ルフ鳥はもううんざりだ。
「俺は一度触れた魔物に自分の名前を刻むことが出来る。そして、呼び出したいときにいつでも呼び出せ、思い通りに動かせる」
「自慢かよ。ペットの力を借りて戦うなんてなんの自慢にもなってねぇがな」
ルフ鳥が北の方角から飛んでくる。その数は5匹だ。
シドは鼻で笑った。ブラオで見た数とは比べものにもならない。
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カスミ街北東、アジト。
15番倉庫にアールはいた。気絶させられ、天井の柱から吊された鎖は彼女の両手首に嵌められたベルトに繋がっている。最初に捕らえられたときと変わらない状況だった。ロープが鎖に変わっただけだ。
「さーてと」
15番倉庫の鍵を閉めたフレイルの男は背伸びをした。「ロンダさんに連絡してくれ」
彼の後ろには10人の仲間が立っている。
「え、でも先にハングさんに知らせないと。ロンダさんに直接連絡したらまたなにを言われるか……」
ハングは自分を通さず、自分の許可無しに隊長に連絡を取ることをゆるさなかった。
「ハングさんは忙しいだろ。それに、女を捕らえたのは俺達だ。ハングさんに知らせたらどうせ自分の手柄にするに違いない」
「…………」
仲間達は複雑そうに顔を見合わした。
「他の連中は?」
「地下にいます」
アジトの奥の地面には地下に入る入口があった。
「なんだよ逃げ込んでんのか」
と、フレイルの男。
「いえ、作戦会議だとか……」
「はあ?」
「逃げ出すための」
「逃げ出す?」
と、男は顔をしかめる。
「組織からです。妻子持ちの奴が騒ぎが起きている今なら逃げられるかもしれないと言い出して……」
「組織から逃げられるわけないだろ」
と、男は腕の属印を見遣った。
「ですが我々は……」
と、言葉を濁す。
「なんだよ、ハッキリ言え。俺はお前の上司じゃねんだから」
「……我々は、シュバルツ様を崇拝しておりますが、好きで十五部隊に入ったわけじゃない。確かに我々の実力は上の連中より乏しいから仕方がないかもしれないが、我々はまるで……捨て駒じゃないか。いくら成果を上げてブラン様に認められても、認められて上に上がれるのは隊長であるロンダさんか副隊長のハングさんだけだ。我々は所詮この二人を上にあげる為に利用される土台だろう? ……不満も募るさ」
フレイルの男はため息をついた。
「そんなこと言ったって逃げられはしないんだ。だったら尚更下っ端で終わらせなきゃいいだろう。俺たちの成果を報告しよう。ハングの成果じゃない。俺たちのだ。まずはロンダさんに知らせるんだ。認めてもらおう。ロンダさんならブラン様にも通じているはずだ。少しずつ認めてもらい、立場が上がれば自由度も増える。お前らだってなにも心配せずに自分の家族を持てるかもしれないんだぞ。昇格するほど自由も増え、きっと簡単に見捨てられたりはしないさ。もしかしたら下っ端は下っ端でも第一部隊の下っ端にまで昇格出来るかもしれない」
「そううまく行くかな……」
「逃げるよりは安全だろ」
そう言ってフレイルの男は地下の入口へ向かう。
「そういえばビデオカメラどうするんだ? あの女を最初に捕らえたとき、ハングさんに頼まれたんだ。カメラを回せって」
「悪趣味だな。どこにあるんだ?」
「最初に女を捕らえていた倉庫です」
Thank you... |