voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海30…『逃げ足』

 
──東の森にある屋敷に戻っていたヴァイスは、目の前にいる老人に銃口を向けていた。
 
「何事だね」
 と、老人は落ち着いた様子で言った。
「女の話によればお前がロンダだと聞いたが? ファンゼフ」
 
エンジェルが言っていた東の森の屋敷とは、アール達が世話になった屋敷の他にはない。そしてそこにいるのはファンゼフただ一人だった。
 
「ほう、ロンダの正体を知っている部下がおったとはな。顔は伏せていたんだが」
「エンジェルと呼ばれている女に聞いた。全て指示を出しているのはお前か?」
「エンジェル……そうか。あの子か……」
 ファンゼフはなにか思い出しながら、そう呟いた。
「わしは人身売買については見て見ぬふりをしておる。止めるわけでもなく、加担するわけでもない。昔からの風習なのじゃよ。中には売られた先で幸せに暮らしておる者もおるからな」
「確かなのか?」
「あぁ。今は年老いて街を離れる気にはなれんが、昔はよく色んな街を旅していた。そこで何度か目にしたよ。まぁ酷い扱いを受けている子供達が多いのは確かじゃが、不妊で悩み、子供を欲しがっている夫婦に選ばれる子も少なくはない」
「…………」
「全ては運命じゃよ。結果には必ず原因がある。売られる子供達にはそうなる過程があったはずじゃ。子供を売る親のせいかもしれんが、その後の人生は自分次第でどうにかなろう。諦めた者は奴隷として扱われる人生を歩み続け、諦めなかった者はそこから抜け出して幸せの切符を手に入れる。いつまでも大人に振り回される子供じゃなかろう?」
「……だからと見て見ぬふりをするのか」
「言っただろう、全ては運命じゃと。わしに助けを求める子供がいたのならわしはそれも運命として受け入れ、その子供に手を貸すだろう」
 
ヴァイスは黙って銃を下ろした。
 
「ならば私があんたを尋ねに戻ってきたことも運命だと言うのだな」
「そうじゃな。お前がわしになにを言うかでわしの行動は変わる。ただしわしにも出来ないことはある。その上で訊くが、お前はなにをしに来た」
 
ヴァイスは暫し考え、言った。
 
「あんたは私に似ているようだな。興味のないことには無関心だが、自分に降りかかる運命は受け入れる」
「ほう」
 ファンゼフは興味深げに髭をなぞった。
「仲間が子供たちを救おうと必死になっている。それが解決するまでは街を出そうにない」
「わしからやめるよう促せというのか?」
「手を貸せば生き延びれるだろうな」
「どういう意味じゃ」
「仲間の一人に野蛮な男がいる。面倒になればあんたの仲間を全員殺しかねない」
「ほう、わしを脅すか」
 と、ファンゼフは笑った。
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは街中を走り回る。その後をぎゃーぎゃーと騒がしくついてくるのがカイだ。
 
「カイも捜して。ハング」
「俺ハングしらないもん! 多分! また魔物キタァーッ!」
「自分で刀抜いてよ!」
 
アールはカイの背後から襲い掛かってきた魔物を薙ぎ倒した。
カスミ街南西。2人は広々とした公園に差し掛かった。子供たちの声が聞こえてくる。
 
「子供……?」
 
足場に公園に向かうと、4人の少年達が背中合わせに立ち、木の棒や石ころを構えている。その周りを3匹の獣がじりじりと歩いていた。
 
アールはカイに言った。
 
「カイ、石ころ拾って魔物にだけ当てて。得意でしょ?」
「そんなことしたら襲ってくるじゃん!」
「このままじゃ子供たちやられちゃうよ! 私が走って行く間に子供たちが襲われたら助けられない。だからここから攻撃してこっちに気を向けさせて!」
 
カイは迷いながらも石ころを3つ拾い、魔物に向かってぶん投げた。
いつだったか雪が降った日に、丸めた雪をシドの後ろから投げて見事に命中させていた。その命中率は高く、今回も3匹の魔物の頭に見事ゴツンと当たった。
 
「けっこう大きい石ころ投げたね……」
 
ぎょろりと魔物がアール達に顔を向けた。
 
「大きいほうがいいと思ってぇ……」
 と、カイはアールの背中に身を隠した。
 
3匹の魔物はじりじりと歩み寄ってくる。
 
「カイも刀抜いてよ。強化してもらったんでしょ!」
 と、アールの声を合図に魔物が後ろ脚を蹴って猛スピードで走ってきた。
 
武器の柄を握る手に力が入る。アールは自らも走り寄り、刀剣を振るった。
 
「カイも加勢して!」
 と言った矢先にカイの悲鳴は子供たちと共に遠ざかってゆく。
 
アールの剣の刃は流れるように魔物の首をさくりと斬った。3体の魔物がバタバタと足元に倒れる。
アールが顔を上げたときには子供たちに混ざってカイも逃げ去る後ろ姿が小さく見えた。
 
「逃げ足速いな……」
 
ちょっと羨ましかったりする。
子供たちは大丈夫だろうか。きっと外で遊んでいたら魔物が現れて帰れなくなったのだろう。
 
後を追い掛けようとしたが、ハングのことも気になる。まだ、捜していない場所は……と頭を悩ませ、街の北西へ向かった。
 
ちょうどその頃、海岸付近にいたルイも北西に向かっていた。次第に肌で感じる魔力が強まっている。
カスミ街には入港手続きをするための受け付けがある。その受け付けは陸から20m離れた場所にある小島にぽつんと立っており、そこで入港書を手に入れなければカスミ街には上陸出来ないようになっている。
そのため、ルイ達もデイズリーの船からカスミ街に下りるときは受け付けがあるその小島に立ち寄っていた。
 
そこから強い魔力が潮風に乗ってやってくる。
 
その小島へ掛けられた橋がある。シドとは戦闘中に逸れてしまったが、ルイはひとりで向かうことにした。
しかし魔物に襲われている住人の悲鳴を聞く度に足止めをくらう。ルイが住人を助けている間に、アールがルイがいる場所までたどり着いた。
 
「ルイ!」
 
魔物を薙ぎ倒し、ルイに声を掛けた。ルイは住人を結界で守り、振り返る。
 
「アールさん! ご無事でしたか」
 と、ルイはアールに駆け寄った。
「シドは? カイとは逸れちゃった」
「カイさんも来ていたのですか? 僕もシドさんと逸れてしまいました……」
「シドは大丈夫だと思うけどカイが心配。子供たちにまぎれて逃げてったけど……」
「足の速さには自信があるはずです。子供たちを見捨てるような人でもありません。それよりアールさんもどこか安全な場所へ」
「ううん、私も一緒に行く。あそこに行くんでしょ?」
 と、アールは小島を指差した。
「無理はしないでくださいね」
「うん」
 
2人は目配せをして、小島に向かった。
しかしカスミ街から小島を結ぶ橋には十五部隊の部下達が10人も整列して道を塞いでいた。アール達が引き返す間もなく武器を片手に襲い掛かってくる。ルイは咄嗟に結界でアールを囲んだ。その隙に部下の1人が後ろからルイを羽交い締めにした。
 
「ルイ!」
 
銃を持った2人の男が結界の中にいるアールに向かって数発発砲したが、勿論結界で守られているため全く効かない。
その間に別の男がルイの額に銃口を向けた。
 
「やめてッ!!」
 
アールの叫び声と銃口が重なる。
アールは顔面蒼白になったが、倒れたのはルイに銃を向けていた男だった。
ルイは自分を羽交い締めにしていた男の力が微かに弱まったことに気づき、すぐに身をよじってロッドを振るった。ロッドにはめ込まれている赤い石が男の頭にゴッと当たり、鈍い音とともに崩れ落ちた。
 
銃声が2発響く。
アールに銃を向けていた男が額から血を流しながら倒れた。それを目の当たりにしてしまったアールの心臓がバクバクと暴れ始め、額から汗が滲んだ。
 
ヴァイスの姿は見当たらない。おそらく身を隠しながら援護してくれているのだろう。
待ち構えていた十五部隊の4名が死に、1名はルイのロッドにより気絶、残りの5名は姿が見えないヴァイスに怯えながら冷静さを失っていた。
 
「やはりアールさんはここに残って──」
 待っていてくださいと言う言葉が途切れた。
 
結界の中でアールは胸を押さえながら荒れた呼吸を繰り返している。ルイはすぐに目の前で人が死んだせいだと察した。
一先ず残り5人を結界に閉じ込めてからアールに駆け寄ろうとしたが、苦しそうにしているアールに気を取られたルイは背後で気絶していた男が立ち上がり、2本の棒を鎖で繋いだフレイルという武器を振りかざしていることに気づかなかった。
 

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