voice of mind - by ルイランノキ |
「到着ぅー」
カイたちはかつてマスキンが飼われていた茅葺き屋根の民家前で足を止めた。少年少女もカイの真似をしてピタリと停止。
「ではアールくん」
「アールくん?」
「ここから森へ50歩進んでくれたまえ」
カイがそう言うと、子供達も真似をして「くれたまえ!」と言った。
「50歩? 森へ?」
「ただしアール君は小さいので、歩幅も小さい。よって、大股で50歩がいいだろう」
「なにかあるの?」
アールは森に向かって50歩、数を数えながから歩いた。
50歩目で足を止め、周りを見遣るが得になにもない。
「なにもないけどー?」
声を張ってカイに訊く。ここからでは微かに樹々の隙間からカイの姿が見える。
「そんなはずはない!」
カイの喋り方に若干の苛立ちを感じながら、辺りを凝視した。すると、一本の立ち木の根本にロープが巻き付けてあることに気づいた。
そのロープは3周ほど巻かれて、二つの先端の一つは結ばれているが、反対側の先端は上に伸びて生い茂っている葉の辺りで止まっている。
「なにこれ……」
「そんなはずはないっ!」
と、カイの声が聞こえてきた。おそらくアールからの反応がないため、聞こえなかったのかと思いもう一度言ったのだろう。
他にもロープが括られた木があるのではないかと注意深く歩いて見て回ると、最初に見つけた木を合わせて4本あった。それも線で結べばちょうど正方形になる位置にある。
「そんなはずはないッ!!」
また、カイの声が聞こえてきた。
「聞こえてるってばっ!」
ロープが巻かれた樹々の中心になにかあるのだろうか。足元を見ても、真っ直ぐ見ても、なにもない。
「……上?」
アールはロープが巻かれた木々の中心に立ち、頭上を見上げた。──なにもない。
生い茂る葉と、隙間から見える朝の空。
「もしかして……」
アールは4本の木のうち比較的登れそうな木を探して、木に添って上に伸びているロープの先端を目指してよじ登った。
落ちないように気をつけながら、途切れているロープの先端に触れた。──なにかある。
肉眼ではロープは途中から切れているが、その先になにかに触れる感触があった。布だ。
アールは透明マントに違いないと、一旦木から下りて巻き付けてあったロープを外し、下から思いっきりロープを振り上げた。
すると透明マントが風に靡く音がして、靡いた隙間から木造の建物が見えた。
「凄い! 秘密基地みたい! ツリーハウスだ!」
でも子供達はどうやって登るんだろう。そもそもみんなで探したほうが早かったんじゃないだろうか。
そんなことを考え、カイを呼ぼうとしたが既にこちらに向かって来ていた。
「んーもうッ、アールくんは報告が遅いよ!」
「遅いよ!」
と、カイに続いて子供達が言う。
「ごめん……」
カイの後ろから、追いついたマスキンたちも到着した。
「上に上がるには仕掛けがあるようですが? えぇ」
と、マスキン。「あっちにある岩の下が空洞になっていてボタンがあるんです。押すと階段が下りてきます」
「ほう! なかなか単純な仕掛けではないか!」
「しかけではないか!」
「子供達は私に任せて、アールさん達はまだ倉庫にいる子供達を連れてきてほしいんですけど? は?」
「わかった。行こう、カイ」
と、アールは言った。
「まったく、アールくんは俺の助手だと言うのに俺をこき使うんだなぁ」
カイは呆れたように首を振る。
「そのキャラ面倒だからやめて」
「…………」
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ルイとシドはスーパーの前のベンチに座っていた。のどかな朝で、早起きな主婦がちらほらとベランダに姿を現しては洗濯物を干してゆく。
「なぁルイ……」
「はい」
「俺らなにやってんだ?」
「難しい質問ですね」
「ハングはどこに行ったんだよ。なんで出てこねんだよ。しっぽ巻いて逃げたのか?」
「それはないと思います。僕は今、壁に描かれているであろう罠を消す方法を探っているのですが……」
「見つかんねぇのか」
と、シドはルイを見遣った。
「いえ、ここは気が散るのです。──レタスが10円だなんて!」
八百屋が目の前にある。野菜が随分と安い。
「よし、移動すっぞ」
と、シドはすくと立ち上がった。
「消せる罠と消せない罠があります。基本、描いた魔法円を消したり書き換えたりするのは描いた本人にしか出来ませんが、その既に描かれた魔法円を消すのではなく一時的に封じ込める魔法があるのです」
「じゃあそれ使えよ」
と、シドは海辺へ歩いてゆく。ルイも後を歩いた。
「封じ込める魔法を使えないようにする魔法もあるのですよ」
「なんじゃそりゃ! いたちごっこみてぇだな!」
「まさにそうですよ。魔法は無限ですから。僕はもっと強くなくてはならないんです。これから先、どんな魔法を使う敵が現れても対応出来るように……」
と、ルイは腕に嵌めているバングルを見遣った。
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11番倉庫では小さな女の子達の泣き声が響いていた。
そんな女の子達にどうすることも出来ずにただ困惑している男の子。
「お前、名前をなんと言う?」
そう尋ねたのはヨーゼフだった。
しわがれた声に、子供達が警戒心を向ける。
名前を訊かれたのはここに残ると主張していた10代の女の子だ。
「名前なんかない……生まれたときから、あんたとかお前と呼ばれてたんだ」
「ならば、ここにいる仲間からはなんと呼ばれているんだ?」
「……ウミ」
「ウミ、か。いい呼び名だな」
「海が好きなの」
「そうか。お前の青い瞳にもよく合っている」
「…………」
「ウミ、お前は面倒見がいいようだが、子供たちを匿う間だけでも、子供たちの親代わりになったらどうだ?」
「親代わり……? 私が……?」
「見たところ、ウミが一番年上のようだしな。ウミを慕っている者もいるのだろう?」
「…………」
ウミは考えるように顔を伏せた。
「ここから逃げ出しても暫くは身を隠す生活になる。そうなれば子供たちの心はますます不安定になってゆくだろう。お前がいるだけで安心する子供たちもいるはずだ。それともウミ、お前は自分のためだけに生きる道を選ぶか?」
ウミはキッとヨーゼフを睨みつけた。
「捕われの身として出会ったのも運命だ。助け合って生きるのも悪くない。時間を無駄にして生きるな。それが成功への道だ」
「……よくわからないけど、わかった。私が面倒見るよ。しょうがないから。暫くの間だけね」
ウミがふて腐れ気味にそう言うと、泣いていた子供たちの涙が止まった。
Thank you... |