voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海27…『ハングの罠』- 後編

 
「クソッ……どこ行きやがった?!」
 
シドは刀を抜いたまま街中を走り回った。いつの間にかハングを見失い、辺りは少しずつ明るくなってきている。
シドは一先ず刀を鞘に仕舞った。
 
住人もちらほらと眠りから覚めて家の外へ姿を現している。これ以上住人が増えると厄介だ。シドは舌打ちをした。
 
「どこに消えやがったんだ……なんでアジトの外に出やがった」
 
──嫌な予感がする。
 
━━━━━━━━━━━
 
手も足も出ない。そんな沈黙の時を切り裂いたのは、空気を読まない男の明るさだった。その力は陽の光のごとく強くて、惹き付ける。
 
「おいっすーっ! 俺が助けに来たからにはもう大丈夫ぅーっ!」
 
頭にスーを乗せたカイが11番倉庫に現れた。女の子達の前でヒーローのポーズをキメた彼は、首に椎茸柄のテーブルクロスをマントのように掛けている。
倉庫内にいた女の子達はあっけらかんと口を開けていた。
アールがカイに声を掛けようとしたとき、カイのお芝居はまだ続いていたようで、次に用意されていた台詞が飛び出した。
 
「俺の部下達を紹介しよう! さぁ、集まれ!」
「え……?」
 
アールが出入口を見遣ると、「わぁー!」と叫びながら少年達がぞろぞろと入ってきた。18番倉庫に閉じ込められていた少年たちだ。
アールは倉庫の端に身を寄せながら、カイの人望に驚いた。きっと彼は保育士に向いているのかもしれない。
 
いつの間にか、一部の女の子たちが笑顔で彼らを見ていた。彼女たちには彼等がどう見えただろうか。助けに来たヒーローだといいのだけれど。と、アールは思う。
 
「俺たちが一緒なら大丈夫だよ!」
 と、一人の少年が言った。
 
女の子たちは隣にいる子たちと目を合わせ、ひとり、またひとりと立ち上がった。
 
「どこに行くの?」
 と、ひとりの少女は言った。
「それは俺の第一の部下、マースキンに聞いてくれ」
 と、カイが答えた。
 
マスキンは倉庫の外に立っていた。その後ろにはフードを深く被った男、ヨーゼフが立っていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
「シドさん!」
 
漸くシドと合流したルイは、街の異変に気づきはじめていた。
 
「なんだ、女の面倒見てなくていいのか?」
 シドはからかうように言った。
「ヴァイスさんがいますから」
「ハイマトス族はなんでついて来たんだろうな。血の臭いでも嗅ぎ付けてきたか?」
「……シドさん、それより街の様子がおかしいのです」
「おかしい?」
 と、シドは辺りを見回した。
「アジトにいたときのように魔力がピリピリと伝わって来るのです。この街は真っ白でシンプルな建物が多い。落書きをするにはうってつけですよ」
「は? 落書き?」
「“魔法円”です」
 
とは言え、辺りを見遣っても魔法円らしきものは見当たらない。
 
「俺には見えねぇが……ハングの野郎は今まさにあっちこっちで落書き最中ってわけか?」
「いえ、ゼフィル城内部の壁に描かれているような隠し罠の魔法円が既に描かれているのではないかと。ハングは今、その魔法円をいつでも発動出来るように下準備をしていると思われます。爆弾で言うと導火線に火を燈しているような状態です」
「何が起きるんだ……?」
「また同じように魔物が飛び出すのかもしれません。アジト内に突如現れた魔物ですが、いくつかの倉庫のドアが開いていました。おそらく閉じ込められていた魔物達でしょう」
「いくつかのってことは、まだ開いていない倉庫に魔物がいるかもしれねぇってことか。戻ったほうがいいのか?」
「いえ、その倉庫内にいる魔物の出入口を街の中に作りだそうとしているのなら、ここにいた方がいい。ただ……」
 
ルイは心配そうにアジト方面を見遣った。
 
「心配なんだろ? 行けよ」
「いえ……街に魔物が溢れたら住人が危険です。被害を最小限にとどめる為にも僕は此処にいます」
 
━━━━━━━━━━━
 
「しゅっしゅっぽっぽー、はーしーれー、汽車ポッポー」
「カイ、黙って」
「はい」
 
少年少女は5人ずつ、カイとアールの間に挟まれて整列している。電車ごっこのようにロープの中に入り、長い透明マントを頭から被り、かつてマスキンが飼われていた家へと向かっていた。
 
「カイは話したの? ヨーゼフさんと」
 と、アールはなるべく声を抑おさえて訊く。
「うん、俺がアールと子供達を助けに向かう途中でねー。ヨーゼッフーはマスキンと住んでたとこで身を隠してたんだってー」
「身を隠すって、文字通りの?」
「うん、透明マントでねー。その家の床下に予備の透明マントがあるらしくって。昔旅人に売って儲けてたらしいよ。まぁ結構高いからそんなに売れなくて在庫余ってるって感じらしいけどぉ」
「なるほど、子供達の人数分あるの? そこに暫く身を隠すのね」
「違う」
「え、違うの?」
「半分合ってる」
「間怠っこいなぁ。まとめて話してよ」
 
アール達から距離をとってマスキンと10人の子供達があとから同じ道を歩いて来る。
 
ヴァイスはヨーゼフと共にまだ倉庫に残っている子供達の傍についていた。
 
「私は行かない」
 
最初から倉庫内にとどまることを訴えていた10代の少女が言う。
 
ヴァイスは暫くその少女を眺めた。少女に同意見を持っている子供達も少なくはない。助けてもらっても希望が見えない。帰る場所がない。親に迷惑を掛けたくない。親を助けたい。
様々な思いが彼女たちの頭の中と心を支配していた。
 
それに比べて少年達は脱出することに夢と希望を持っている。女より男のほうが単純に出来ている。カイの自信過剰な姿にも影響されたのだろう。
カイが10名の子供達を連れ出すとき、待機を言い渡した少年らに言ったのだ。
 
「よし。お前たちは俺たちが戻るまでここにいる女の子達を守るという使命を与える。お前たちなら出来る!」
 
すると少年らは口を揃えて「はい! 隊長!」と言ってみせたのだ。
 
少女はヴァイスから目を逸らさなかった。私の意思は変わらないと訴えているかのような力強い目。
 
「……好きにするがいい。ただしここにいても時間の無駄だ。お前達を捕らえていた輩は暫く戻って来ないだろう。もしくは二度と戻って来ないかもしれないな」
「どうして邪魔をするの?」
 少女は鋭く睨む。
「救われることを望んでいた者もいたようだが?」
「私は違う」
「お前はな。だから好きにしろと言っているのだ。売り飛ばされたいなら行動に出せばいい。お前はもう自分の意思を持っているのだろう? 流れに身を任せるのではなく、自らの足で選んだ道を進み、自らの手で掴めばいい。ただ、騒ぎが始まった今ここにいてじっとしていても時間の無駄だと言っている」
「だからってみんなと逃げ出せって言うの?」
「逃げ出さなくていい。一先ず、移動したらどうだ? 今後どうするかはその後じっくりと考えるといい。お前の存在を必要としているチビもいるようだからな」
 
ヴァイスはまだ足し算も出来ない小さな子供達を見遣った。
 
「お前はリーダー的存在ではないのか? お前が何か発言する度に、顔色を変えるようだが」
「…………」
 少女は最年少の子供達の前まで歩み寄り、腰を屈めた。「逃げたいの……?」
「…………」
 小さな子供達は少女から目を逸らして俯いた。
「お願い。嘘つかなくていいから。ちゃんと答えて……?」
 声のトーンを優しく変えて、訊き返した。
「かえりたい……」
「え?」
「おうちにかえりたい……ママにあいたい……」
 そう言って泣きはじめた。
「帰るとこなんかないんだよ? 親に売られたからここにいるんだよ?」
 語調が強くなる。
「ママにあいたい……あいたいよぉ! うわぁーん!」
 
ひとりが泣き出すと、つられて他の子供達たちも泣きはじめてしまった。
 
「あんたのママなんて、あんたを売ったあと金貰ってすぐに街を出てったんだから!」
「うわぁーん!」
「帰る場所なんて……ないんだから……」
 
これまでずっと強がっていた少女の声は震えていた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -