voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海26…『私は行かない』

 
ルイの目に、魔物と一緒に吹き飛ばされたアールの姿が映った。
 
「アールさん!」
 
起き上がった魔物達が次々とアールを襲う。
アールは透明マントを脱ぎ捨てて武器を振るった。砂埃を含んだ魔物の血が降りかかる。1秒間に3匹の魔物の首が斬られ、足元に重なってゆく。
アールは腕の痺れを感じていた。いくら効率良くスピードが上がっても、腕の力だけは相変わらず劣る。
 
隙を見て倉庫の裏へ走り込んだ。まだ息のある魔物と新たに集まって来た魔物が追い掛けてくる。
ルイはシドに目をやった。
 
「余裕だ」
 ルイの視線を感じ取ったシドはそう言った。
 
ルイはシドから離れ、アールを追い掛けた。
アールが逃げ込んだ北東の反対側からは銃声が何発も響いている。目で確かめなくてもヴァイスの銃声であることはルイもシドも気づいていた。
ルイは素直に人手が増えたことに安堵していたが、シドだけはその銃声が耳障りに思えてならなかった。
 
アールの足は旅の始まりに比べれば断然速くなっていたが、獣の魔物には敵わない。
別の道を通って先回りをしてきた3匹の魔物に道を塞がれた。背後からもジリジリと5匹の魔物が歩み寄ってくる。
アールは前方の魔物に目を向けながら、耳は背後の魔物に集中していた。互いにタイミングを見計らっている。
そうこうしている間に遠めから新たな魔物が近づいてくるのが見えた。一体どこから湧いて来るんだろう。
 
「アールさんっ!」
 と、ルイの声が背後から聞こえ、その合図をきっかけに前方にいる魔物に斬りかかった。
 
結界を張るルイの声がする。アールの背後にいた魔物はルイによって結界に閉じ込められた。遠めから近づいて来ていた魔物は倉庫の上にいたヴァイスによって頭を撃たれ、倒れている。
一段落し、ヴァイスは銃をガンベルトに納めた。
 
アールは振り返り、剣を構えて走り出した。
ルイが結界を解き、飛び出した魔物を斬り裂いた。
 
アジトに静けさが戻る。
 
「シドは?」
 アールが尋ねると、倉庫の上にいたヴァイスがふわりと地面に降り立った。
「男を追って外に出たようだ」
「ハング? 外に逃げたの?」
「シドさんのことは僕に任せて、お二人は今のうちに子供を救出してください」
 
ルイはそう言って走り出した。
 
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「──誰もいない」
 
漸く眠りから覚めたカイは、階段の1段目に座り込んでいた。
散々屋敷内を探し回った結果だ。
 
「みんな俺を置いて出発したんだッ!」
 両手で顔を覆うカイの方に、ポンと小さな動物の手が乗った。
「マスキン! どこにいたのさぁ!」
 カイはマスキンを抱き寄せた。
「は? 屋敷は広いですからすれ違ったのでは?」
「そっかマスキンは置いてかないでくれたんだねぇ」
「みんな街の子供達を助けに行きましたけど?」
 と、マスキンはカイの腕から抜け出して、カイの前に立った。
「え……シドっちも?」
「はい。そうですけど?」
 
カイは首を傾げた。シドが人助け?
ただの暇つぶしかなぁ。
 
「カイさんは行かないんですか? え?」
「……行こっかな」
「カイさんが行くんですか? 本当に?」
「どういう意味だよぉ……」
 
カイが立ち上がると、お腹の虫が鳴った。
 
「よし、ごはん食べてから行こう!」
「皆さん食べずに行きましたけど?」
「げっ。みんなどうかしてるよ!」
 
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まるで鍵穴から緑色の液体がぬるっと出て垂れ下がっているようだった。
 
「スーちゃん開いた? 放置してごめんね……」
 
アールがそう言うと、スーは体から手を作ってひらひらと振った。──大丈夫だよと言っている。
スーは鍵穴から体を抜き取った。迷宮の森で見つけた宝箱の鍵穴に入ったときはルイの手を必要としたが、今回はもう同じ過ちは繰り返さない。鍵の形になってしまった体の一部を一旦平らに伸ばしてから、元の姿に戻した。
 
アールは南京錠が掛かっていたチェーンを解き、11番倉庫の扉を開けようとしたが、ヴァイスがアールの腕を掴んだ。
 
「念のため下がっていろ」
 
ヴァイスはそう言って銃を持ち、扉を開けた。
アールはヴァイスの後ろで身構えていた。スーは彼女の頭の上にいる。
 
緊張はすぐに解けた。中では30人くらいの女の子達が身を縮めて怯えるように息を呑んでいた。
 
「よかった……。スーちゃん、申し訳ないんだけど向こうの倉庫の鍵も開けてもらえる?」
 
男の子達がいると思われる16番倉庫だ。スーは目をまるくして、またですか? と訴えたが、すぐにアールから下りて16番倉庫へ向かった。スーにも男のプライドというものがある。
 
アールはヴァイスに続いて11番倉庫に足を踏み入れた。緊迫した空気が立ち込めている。
 
「あ、みんな、大丈夫だよ。私たちは助けに来たの」
 
そう声を掛けてみるものの、誰一人口を開こうとしない。信じていないのだろうか。
 
「みんな、今のうちに逃げよう。私たちが守るから!」
 
アールの声はまるで独り言のように倉庫内に響いた。
困り果て、一番手前にいた一人の少女に歩み寄った。5才くらいだろうか。小さく足を折り曲げている。怯えた目に、心が痛くなった。
 
「おいで……?」
 
腫れ物を触るかのように優しく声をかけると、少女は首を左右に振った。
 
「どうして……?」
 
このままでは助けようにも助けられない。
 
「大分こちらとの温度差があるようだな」
 ヴァイスは壁に寄り掛かり、腕を組んだ。
「このままじゃみんな売り飛ばされちゃうんだよ?」
 アールがそう言うと、一人の少女が立ち上がった。
 
目は大きく、10代にしては強い意志を持った表情を浮かべている。
 
「私は行かない」
 少女はそう言った。
「どうして……」
「私は帰る場所なんかないの。はじめから母親に売られるために生まれて来たんだから」
「売られるために……」
 
するともう一人、随分とやせ細った少女も立ち上がった。
 
「私は……お母さんのためにここにいるの。お母さんを助けるためにここにいるの。私が買われたら、お母さんにいっぱいお金が入るの。そしたら助けてあげられるの」
 
自ら売り飛ばさる運命を受け入れて、逃げ出せる扉が開かれているのに、この場にとどまろうとする彼女たちの腕を無理矢理引っ張る強引さも、彼女たちを納得させる言葉も、アールは持ち合わせていなかった。
 
「おねえちゃん……」
 
はじめにアールが声を掛けた少女が口を開いた。
 
「ここから出たあと、どうなるの? ここから出たら幸せにくらせる? ママも、幸せにくらせる?」
 
アールは胸が塞がる思いでただ純粋で無垢な少女の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
 

──この時に思い出したのは、いつだったか久美が言っていた言葉。
 
「目の前で自殺しようとしている人がいたら、良子、どうする?」
「止めるよ」
 
当たり前にそう答えた。
 
「どうして?」
「どうしてって……理由なんかない。咄嗟にそうするんじゃないかな」
「私もそう。でもさ、自殺を止めて、その後の人生がもっと悲惨なものになるかもしれないじゃない。あのとき死んでいたらこんなに苦しまなくて済んだのにって思うかもしれないじゃん。──責任取れる? 取れないよね……」
 
責任なんて取れないけど、責任が取れないからという理由で自殺しようとしている人を見て見ぬふりなんて出来ないよ。
 
そう思っても口に出せなかったのは、助けようと安易に思うのは自殺願望がある人の気持ちを理解出来ないからだと思った。
 
でもそれって当たり前のことで、他人の心の痛みなど、誰にもわからない。家族でさえもわからない。同じ目に合っても心の弱さが違えば感じ方も違う。
 
だから結局、答えなんか出なかった。
答えなんか出ないままに、結局私は手を差し延べるんだと思う。
正しかったかどうかなんて救われた人がその後どう生きてどう感じたかによって変わってくるけれど、例え自殺する日を先伸ばしにしただけになってしまったとしても、迷惑だと思われても、助けようとしてしまうんだと思う。
 
後から片腕にしがみつかれて泣きながら責任を取れと言われたとしても。後から自分は連続殺人犯だったと聞かされて、新たな被害者が増えてしまったとしても……。
 
だって、助けるときは先のことなんて考えてないから。助けたいが一心で手を差し延べるのだから。
 
私は最低なのかもしれない。
 
助けられたことを運命だと思って新たに生き直すのもいいし、ただただ迷惑に思って自殺し直すのもいい。
助けた後はその人の自由だと思ってる。
 
だから要するに私は、あまり深く考えずに無責任に人を助けようとしてしまうんだ。所詮他人だから。大切な人であれば死んでほしくないから助ける。相手の気持ちなんて関係なく、死なないでほしいから助ける。
それでその人の人生がいい方に転べばそれでいい。悪い方に転べば……?
 
助けるときにあれこれ考えてはいない。
強いて言うならただ単に、飛び降りなら危ないから。目の前で死なれるのは迷惑だから。目の前で死なれるのが怖いから。不快だから。
 
実際のところそんな理由なんじゃないかと思う。
後からならいくらでも理由は変えられる。
自分がやっていることは素晴らしくて正義なんだといかにもそう言うような理由をいくらでも並べ立てられる。 でも実際のところ、そんな理由なんじゃないかと思う。
思いたくはないけれど。

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©Kamikawa
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