voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海25…『救いの手を』

 
ルイはビリビリとした魔力を感じとった。辺りの倉庫から魔物の気配に気づく。
 
「アールさん、お願いがあります」
 と、ルイはアールと向かい合わせになった。
「え?」
「これから一波乱ありそうですが、子供達を助けることと、アールさんはご自身の安全を優先してください。ダメだと思ったら透明マントの中で騒ぎが収まるのを静かに待っていてください」
「ねぇルイ……なにがはじまるの?」
「たいしたことではないとは思いますが、念のための忠告です」
 
そう言ったルイの背後で誰かが通りすぎた。ハングである。
 
「ルイ」
 アールは小声でルイに知らせた。
 
ハングの様子はあきらかにおかしかった。シドの挑発に応えるように、怒りをあらわにしている。
シドは近づいてくるハングに気づき、刀を抜いた。ハングはシドの前で立ち止まると、彼を蔑むような目で見遣った。
 
「俺と戦うというなら、死ぬ覚悟はあるんだろうな、少年」
「少年?」
 と、シドは苛立つように鼻で笑った。「お前こそ首を刎ねられる覚悟はあるんだろうな、クソジジイ」
 
クソジジイといってもハングは30代前半くらいである。
 
「俺に手を出す前にお前は死ぬ」
「はぁ?」
 
バンッと爆発音にも似た音がアジト内に響いた。
アールは驚いて体を強張らせたが、すぐに事態を把握して首に掛けている武器を握った。
アジト内を何十匹もの魔物が徘徊し始めたのだ。爆発音のような音は、魔物が閉じ込められていた倉庫の扉が内側から吹っ飛んだ音だった。ぞろぞろと四本脚の狼に似た魔物がハングの元へ歩み寄る。
 
ルイは静かにアールを誘導しながら魔物たちから離れた。透明マントで姿は消せても臭いは消せない。
 
「数が多すぎる。結界を張りますからアールさんは待機していてください。僕はシドさんを援護し、どうにかして鍵を手に入れます」
「わかった。私はカイに連絡してみる。スーちゃん連れて来れたら来てもらう。先にスーちゃんが来たらスーちゃんに鍵を開けてもらうよ」
「えぇ、ですが魔物がいる間はアールさんも倉庫内で待機を」
「うん!」
 
ルイは透明マントから出るとアールを結界で囲んでからシドの元へ向かった。
アールは携帯電話を取り出そうとして、愕然とする。携帯は壊されたことをすっかり忘れていたのだ。ルイもまた慌てていたためアールが携帯を持っていないことを忘れている。
 
「どうしよ……」
 
早朝、スーを連れて行こうとしてやめたのは、カイと気持ちよさそうに寝ていたからだ。
おとなしくルイが鍵を持ってくるまで待つしかない。
もしかしたらカイが私がいなくてルイもシドもいないことに気づいてスーちゃんを連れて捜しに来てくれるかもしれない……と、アールは一瞬頭を過ぎり、自分の自意識過剰っぷりに恥ずかしくなって頭を掻いた。
 
今は誰も来ないほうがいい、と考え直す。
一体、何匹いるのだろう。操られているようにハングの後ろに整列し、合図を待っている。いくらシドでも一斉に襲われたら……
 
どこか高い場所からアジト全体を見下ろせないだろうかと見回し、上に視線を移したときだった。
 
「…………」
 
アールは思わず笑みを浮かべ、透明マントから顔を出して手を振った。
 
それに気づいたのは、いつの間にか倉庫の上に立っていたヴァイスだ。
ヴァイスは顔には出さなかったが心底驚いた。なぜなら透明マントのせいでアールの生首が満面の笑みを浮かべて宙に浮いているように見えるからだ。さらに右腕も宙に浮き、手を振っている。
 
ヴァイスはアールの前に降り立つと、アールの生首がヴァイスの胸辺りまで上ってきた。アールが結界の壁を抜けて立ち上がったのだ。
 
「いつの間に来たの? 私も倉庫に上りたいんだけど……」
 と、生首が申し訳なさそうに言う。
「…………」
 ヴァイスはアールの見えない体を見遣った。
「あっ」
 アールは透明マントを脱いだ。「ごめん、体だけ見えてなかった?」
「透明マントか」
「うん。ねぇ、カイは起きてた? スーちゃん起きてた?」
「カイは寝ている」
 そう言ったヴァイスの襟元から、ぬっとスーが顔を出した。
 
アールが嬉しさのあまりにスーの名前を呼んだその声は、ルイがシドの名前を呼ぶ声と重なって消えた。
 
アジト内に魔物のうめき声と足音が一斉に広がり、砂煙が辺りを覆った。
シドは手っ取り早くハングに刀を振るったが、まるでハングを庇うように魔物が横から飛び上がり、自らの体で刀の刃を止めた。
ハングは口元を緩ませると、シドに背を向け、軽く手を振ってアジトの奥へ姿を消した。
そんなハングを追う間もなく四方八方から魔物が襲い掛かる。ルイが大きめの結界を張り、その上から何匹かの魔物を新たな結界で囲んだが、それでも数が多過ぎた。
 
アールの体が突然ふわりと傾いて、浮かび上がった。ヴァイスがアールを抱き抱えたのである。その時にスーもヴァイスからアールの頭の上へと移動した。
ヴァイスはアールを倉庫の上へ移動させ、ガンベルトから銃を抜く。
 
銃声が響いたことで魔物達の集中力が散らばった。シドを目で捉えていた魔物達は銃声が響いた倉庫の上を見遣った。
 
アールは思わず透明マントを頭から被って魔物達の視界から消えた。
ヴァイスは隣の倉庫へと跳び移り、再び銃を向けて発砲すると、また場所を移動した。
 
アールは透明マントの中から状況を把握していた。ヴァイスが散らばった魔物を引き付けながらアールがいる倉庫から離れてゆく。
子供たちが捕われていると思われる倉庫は出入口から随分遠く、辺りに魔物はいないようだった。
 
「よし。スーちゃん、移動しよう。せっかく運んでもらったけど」
 
アールは倉庫の裏から飛び降りようとしたが、高い……。勢いがないと無理に思えた。
躊躇しているとスーがアールの足元に下りて、一足先に倉庫の下へ。そして風船のように膨らんでみせた。
クッションとなって受け止めてくれるらしい。
 
本当に大丈夫だろうかと不安になったが、アールは意を決して飛び降りた。アールの体はお尻から落ちて、風船になったスーの上で一度バウンドしてから地面に降り立った。
 
「ありがとスーちゃん!」
 
スーはすぐにアールの肩へ。
 
16番倉庫に誰かがいるのは確かだ。11番倉庫はどうだろう。どちらを先にこの目で確かめるのか選んでいる場合ではないけれど、アールの足は11番倉庫に向かっていた。
しかし11番倉庫はアジトの出入口から真っ直ぐに伸びる通路に面してある。メイン通路は魔物にも見つかりやすい。
 
「スーちゃん、私透明マントで身を隠すね。匂いではバレちゃうけど、なるべく余計な戦闘はしないように」
 
11番倉庫の両開きドアの前に付き、アールは頭から透明マントを被った。スーはドアに付けられた南京錠にぶら下がり、体の一部を細くして鍵穴に入った。
スーの体は柔らかいため、鍵穴にフィットしても回すのは至難の技だった。それでも今はスーに頼るしかない。
 
ルイはいくつかの結界で魔物を閉じ込め、閉じ込めた結界の上に立ってロッドを大きく振るった。
ルイが起こした“暴風”は、アジトのメイン通路を掛けぬける。魔物たちは風圧に耐え切れずにアジトの奥へと吹き飛ばされた。
しかし吹き飛ばされたのは魔物だけではなかった。
透明マントを被っていたアールも、何かに掴まろうとしたが待ち合わずに吹き飛ばされてしまった。
 
「うー……イテテ……」
 
体を起こしたアールは、吹き飛ばされた魔物達の上に乗っかっていることに気づき、慌ててマントを脱いで刀剣を握った。
 

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