voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海24…『さぁアジトへ』

 
小雨が降り続けている中、空の色は少しずつ明るくなろうとしている。
 
時刻は4時。
アールとルイはふたりで透明マントに身を隠し、アジト付近の森で様子をうかがっていた。
 
「朝ごはん、よろしかったのですか?」
 と、ルイはすぐ隣で木の陰からアジトを眺めているアールを見下ろした。
「うん、ルイも食べてないでしょ?」
 と、アールはアジトを眺めながら言う。「でも驚いた。4時ちょうどに起きたのに、もう朝食作ってあるんだもん」
「寝る前に下ごしらえを済ませておきましたからね。ファンゼフさんも手伝って下さったのですよ」
「そっか、ちょっとつまんで来ればよかったかな」
 と、アールは狭い透明マントの中で、ルイを見上げた。
 
ルイは、そうですねと優しく微笑んだ。
 
透明マントで姿は見えないとはいえ、足音は聞こえるし触れることも出来るため、アジトの入口にいる見張りを抜けてアジト内に入るのは容易ではなかった。
 
「どうしよっか。忍び足で行く?」
「ふたりだと見つかる可能性があります。僕がマントから出て彼等の気を引きますから、その間にアールさんが中へ」
「え……でも中でどうしたらいい? マスキンが言うには11番倉庫に女の子、隣の16番倉庫に男の子がいるって言っていたけど、鍵はエンジェルさんが持ってるんだよね?」
 
今朝、ふたりは情報交換をしていた。
ルイが言うには、エンジェルが11〜15番倉庫の鍵を受け持っていると話していたようだ。
 
「やっぱりスーちゃん連れてくればよかったかな……」
「そうですね、もしかしたらエンジェルさんはもう鍵を持っていない可能性もありますし。それに16番倉庫の鍵も誰が持っているのかわかりませんからね」
「え……?」
 
ルイは昨晩、雨の中でエンジェルと会った話しをした。その時に武器を返して貰ったことも。
 
「もしそのことが知られて、なんらかの処分を受けていたら……」
「エンジェルさん、いい人なんだね」
 
不意に、嫌な考えが頭を過ぎり、アールは顔をしかめた。
 
「ルイ……私ちょっと最低なこと考えちゃった」
「なんです?」
 と、ルイは不安げに訊く。
「エンジェルさん見つけて、色々聞き出せないかなって……。それって、彼女の優しさにつけ込んで、また仲間を裏切らせる行為をさせるってことだよね」
「…………」
 
ルイはアールと同じことを考えていたが、こんなときにエンジェルの立場まで考えてはいなかった。
アールの言う通りだった。優しさにつけ込む……胸を刺す言葉だった。
 
「だったら見張り捕まえて拷問したらどうだ?」
 
突然背後から声がして、ふたりは驚いて振り返った。シドだ。
 
「シド、なんでいんの……」
「おまえらバカだろ。透明マントの裾がめくれあがって足見えてんぞ」
「えっ?!」
 ふたりは同時に足元を見遣ったまる見えだ。
 
ルイは透明マントを握ってバサバサ靡かせて裾を下ろした。
 
「これで見えませんか?」
 と、ルイ。
「見えねぇ。──で、どうすんだよ」
「手伝ってくれるの?! シドありがとう!」
 と、アールは感極まった。
「どうせ止めても行くんだろうが。だったら暇潰しに加勢してやる」
「ありがとうっ!」
「あんまデケー声出すな」
「はい……」
「とにかくシドさん、一度マントの中へ」
「はぁ? 入れるかよ狭いだろ! また足見えるぞ」
「じゃあしゃがもう」
 と、アールはしゃがみ込むと、ルイも直ぐに片膝をついた。
 
アールはマントの裾をめくって手を出すと、シドの靴をペンペンと叩いて知らせた。
 
「入って早く」
「ったく……」
 
もぞもぞとふたりの男とひとりのちっこい女がマントの中に集合した。カイがいたら大喜びだっただろう。
 
「──で? どうすんだよ」
 と、ヤンキー座りのシド。
「お前らの話し聞いてると、エンジェルとかいう奴はいい奴だから迷惑かけたくねぇ。じゃあ悪い奴ならいいだろうっつー結論だな」
「……そうは言ってないけど」
 と、アールは口ごもる。
「まぁ、裏切り者は消されるんだろうな」
「え……?」
「今までそうだったろ。属印者は殺される」
「……エンジェルさんって?」
 と、アールはルイを不安げに見遣った。
「属印があります。十五部隊の彼等は全員そうかと」
「そんな……」
 
ムスタージュ組織。体に爆弾を抱えたような属印を押されている。必要ないと判断されれば忽ち属印が光を放ち、爆発する。
 
「とにかく、俺が出入口の見張りの気を引き付ける。その間にお前ら中に入れ」
 
アールとルイは頷いた。
マントから出ていこうとするシドの背中に、アールは言った。
 
「殺さないでね」
 
聞こえたのか聞こえていないのか、シドは黙って出て行った。
 
「僕らもゆっくり出入口へ向かいましょう」
「うん」
 
下がコンクリートならいいが、マントの裾を調節しなければ引きずってしまい、砂埃が舞う。
 
アールはルイの後ろに回り、裾を持ち上げた。ルイの歩幅に合わせてゆっくりと足を進める。
下ばかり見ているアールにシドの姿は見えなかったが、すぐに見張りが声を荒げ、シドが行動に出したのだと察した。
 
「シドだっ!」
 見張りのふたりはそう言って腰に掛けていた短剣を振り回した。
 
シドは余裕に満ちた笑みを浮かべながら1対2で、短剣を交わす。
 
「少し急ぎますよ」
 と、ルイ。
 
シドと戦っている見張りの脇を足速に通り抜けると、目の前にアジト内の見張りが立っていた。ぶつかりそうになり、ルイが急に立ち止まったため、アールはルイの背中にぶつかった。声は出さなかった。
ギリギリのところで敵とぶつかることはなかったが、アジト内にいる見張り達が次々に出入口へ集まってくる。
ルイは方向転換をして、アジト内の端を歩いた。
アールも息を殺してルイの後ろにピタリと寄り添う。
 
ふたりは16番倉庫の裏に来ていた。16番倉庫はアジトの出入口から見て一番右の一番奥にある。
シドの暴れっぷりのおかげで何事だと驚いた見張りは全員出入口が見える場所まで移動しているため、周囲には誰もいない。
 
「16番倉庫です」
 と、ルイは後ろのアールに伝える。
「えっと、男の子が閉じ込められてる倉庫かな」
「えぇ、きっと」
  
ルイが倉庫に耳を近づけたが、何も聞こえない。シド達が暴れている声のせいでもある。
アールはルイの後ろから手を伸ばし、倉庫を軽く叩いた。──コンコン。
ルイがもう一度耳を澄ませるが、何も聞こえない。
アールが再び小さくノックする。──コンコン。
 
暫く反応はなかったが、諦めかけたとき、中からコンコンと小さな音が返ってきた。
アールとルイは顔を見合わせ、今度は少し変えてノックしてみた。──コンコン、ココン。
 
すると、倉庫の壁の向こう側からも、コンコン、ココンと返ってきた。
 
十五部隊の誰かなら様子を見に出て来るはずだ。もしくは「誰だ!」と声を出す。
けれど倉庫内から聞こえてくるその音は小さく、けれどもこちらからの音に興味を示しているようだった。
アールとルイは、中に子供がいると確信した。
 
「どうする?」
 と、アール。
「16番の鍵を手に入れましょう」
 
どこで?と訊こうとして、随分と静かなことに気づいた。
アールとルイは出入口が見える場所まで移動すると、アジトにいた7人の見張りが全員腹部を押さえて倒れていた。
そのひとりの胸倉をつかんだシドは、鍵の場所を訊いた。
 
「俺達は持ってない!」
 と、その見張りは言った。
 
シドが無言で刀の刃を見張りの首に当てた。
 
「本当だ! 嘘なんかついてない!! ハングさんが持ってる!! 昨夜集められたときに倉庫の全ての鍵を回収してた!」
 
アールは遠目からその様子を見ていた。シドが見張りを殺してしまうのではないかと不安になり、ルイの服を掴んだ。
ルイはアールの心配に気づき、優しく微笑むと無言で首を横に振った。大丈夫ですよ、と。
ルイの言う通り、シドは見張りを殺さなかったが、刀を仕舞った後に見張りの顔を蹴りあげ、気絶させていた。
 
「ハングという男を捜しましょう」
 
ルイはそう言ったが、その必要はなくなった。シドが叫んだのだ。
 
「おいハング野郎ッ! いんなら出て来いっ! ビビって隠れてんじゃねーよ!」
 

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