voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海22…『フフルド』

 
ルイはエンジェルと別れ、東の森へ向かった。その途中で足を止め、透明マントを脱いだ。
 
「シドさん?」
 シドが傘をさして立っていたからだ。
「おう、武器は取り戻したようだな」
「迎えに来てくださったのですか?」
「俺が?」
 と、シドは鼻で笑う。
「アールさんにでも頼まれましたか?」
「あいつもお前の次に心配性だからな」
 
シドはルイの傘を持ってきたわけではなかった。顔を隠す為に黒い傘をファンゼフから借りて、ルイの様子を見に出て来ただけのようだ。
 
「無事にアーム玉も手に入れましたし、作戦を練るためにも早く屋敷へ戻りましょう」
「作戦? まさか売られるガキ共を助け出す作戦だとか言い出すんじゃねぇだろうな」
「見て見ぬふりは出来ませんよ」
「余計なことに首突っ込んでるヒマはねぇだろ。敵の女とイチャついてんのは多めに見るけどよ」
 と、シドは歩き出す。
「敵の女……? エンジェルさんですか? 見ていたのですね。イチャついてはいませんが」
「よく言うぜ。なに敵にコート貸してんだよ」
「風邪ひくといけません。エンジェルさんはわざわざ武器を返すためにアジトから持ち出してくださったんですよ?」
「だからなんだよ。つかそれはあの女がお前に惚れてるからだろ」
「……またそんなことを。カイさんならまだしも」
 と、ルイは呆れたように言いながら、シドの後ろを歩いた。
 
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「そういえば私、図書館に行きたかったんだ」
 と、アールは油絵を眺めながら言った。
「欲しい漫画でもあるのー?」
 と、カイ。
「ううん。クロエを襲った魔物について調べたくて」
「調べてどうすんの?」
「クロエの仇を、とらなくちゃ」
「でもこんな状況で図書館なんか行けるわけないよー」
 
カイは本棚からポーズ集の本を取り出してパラパラとめくった。レオタード姿の女性が様々な体勢でポーズをキメている。
 
「そうだよね……」
 困り果ててそう呟くと、マスキンがアールのズボンを軽く引っ張った。
「ん、なに?」
 アールはマスキンを見下ろした。
「ファンゼフさんに訊けばいいのでは? 長く生きてますし、大概のことは知っていると思いますけど? は?」
「そっか。クロエの村を襲った魔物の事件が有名なら、ファンゼフさん何か知ってるかもしれないね」
 
──と、そこにちょうどファンゼフが顔を出した。
 
「お湯を沸かせておいた。いつでも入るといい」
「なにからなにまですいません……」
 と、アールは頭を下げた。
「アール一緒に入るー?」
「お先にどうぞ」
 
アールはすぐにアトリエを出たファンゼフを追い掛けて行った。
 
「まったくもう。アールはシャイなんだから」
 カイはポーズ集を棚にしまう。
「ヘンタイですね」
 と、マスキン。
「え、なにそれ。俺は変態じゃないよ」
「は? ヘンタイです」
「変態じゃないってば。変な言葉覚えなくていいよ」
 
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アールは廊下でファンゼフを呼び止めた。
今から20年以上前に起きた、村を襲った魔物の事件についてなにか知らないか尋ねると、ファンゼフは髭をさすりながら虚空を見遣った。
 
「似たような事件は沢山あったからのぉ……」
「そうですか……」
「魔物に襲われた村人が狂死か。わしの記憶が間違っていなければ恐らく、フフルドという魔物じゃな」
「フフルド?」
「うむ。フフルド自体には毒はないんじゃが、フフルドに寄生している虫に刺されると体中に異常をきたす」
 
アールはファンゼフの話を聞きながら、急いでノートとペンを取り出した。忘れないようにメモをとる。
 
「フフルドに寄生してる虫の名前ってわかりますか?」
「エノックスじゃよ。小さいうちならまだいいが、成長すると人肉を貪る」
「うえっ……」
 アールは思わず顔をしかめた。
「エノックスに噛まれれば狂死はまのがれまい。死んだあとに肉を喰われる。ライオンが獲物の息を止めてからゆっくり貪るようにな」
 
アールはふいに、この世界にもライオンがいるのだと不思議に思った。日頃魔物ばかり見ていると、動物の話が出て来ただけで違和感を覚える。
  
「小さいうちはフフルドに寄生して血を吸う程度だが、肉を喰ったエノックスはビッグエノックスといってな、フフルドと大差ない大きさにまで成長する。そうなるともはや寄生虫ではないな。立派なモンスターじゃ」
「……あの、ちなみにフフルドの大きさって?」
「大きくてもこれくらいじゃな」
 と、ファンゼフは自分の太股辺りに手を下ろして大きさを表した。
 
60cmくらいの高さだろうか。一応、ノートにそう書いた。
 
「横幅は……?」
「フフルドは球体じゃよ」
「えぇっ?!」
 それは予想外だ。四本脚の獣を想像していた。
「マリモに似ておる」
 
アールはマリモが村を襲っているところを想像し、全く恐怖を感じなかった。
 
「みどりのマリモ?」
「黒いマリモじゃな」
「まっくろく○すけ?」
「真っ黒じゃな」
「そいつが転がりながら人々を?」
 
どうやって? と思う。
それにクロエは確か名の知れた剣豪ではなかっただろうか。そんなクロエでさえお手上げ状態だった魔物とは思えない。
フフルドよりも寄生虫であるエノックスの方が手強かったのだろうか。
 
「一見、フサフサして見えるが毛のようなものは全て足でな、自由に動かせる。音も無く近づき、生き物を襲う」
「全身足だらけってこと? 気持ち悪い……でも顔は? 口とかあるの?」
「奴が球体なのは“丸くなったとき”でね、正式名は、“フフルドダンゴケムシ”だよ」
 
バサッと、アールはノートを落とした。
なんて悍ましい名前なのだろう。虫系は勘弁だ。
 
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屋敷へ戻ってきたルイは、客間で頭を抱えていた。
カイは一番風呂にマスキンとスーと3人で入り、既に用意されていた客室で眠っている。
シドはヴァイスが風呂から上がり、客間に戻ってきたのを合図に席を立った。
 
「先に入んぞ」
 と、テーブルの席に座るアールとルイに言った。
「はい」「うん」
 と、ふたりは返事をする。
 
シドが客間を出て行ったのを確認してから、ルイは言った。
 
「アールさん、僕は街の子供達を救えないかと考えています」
「あ、うん……私も……」
 
アールはそう言って、チラリとヴァイスを見遣った。
ヴァイスは客間にある窓から外を眺めている。雨はまだ降り続けていた。
 
「でも……今捕まってる子供達を助けても、また同じこと繰り返されちゃったら……」
 と、アールは視線を落とした。
「そうですよね、僕もそこがどうしても」
 と、ルイも視線を落とす。
 
目の前に、または、声が聞こえる場所から助けてくれと救いを求める人がいたなら、助けたいと思う。
助けられる力や方法があったとして、それなのに助けなければきっと後悔する。
 
目の前の人間を助けられないのに、世界を救えるの?
 
そんな言葉が頭を過ぎった。
 
「ルイのお説教が通じる相手でもないもんね」
 と、アールは苦笑した。
  

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