voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海21…『片思い』

 
灰色の雲から落ちる雨は止む気配なく降り続けている。
ルイは魔道具店を出ると、透明マントを頭から被ってカスミ街の海岸へ向かった。
 
海岸付近にある釣り具店の地下までロッドを取りに行くつもりだった。
向かう途中、頻りに辺りを警戒していたが、十五部隊の連中らしき姿はどこにもない。それが嵐の前の静けさに思えて落ち着かなかった。
 
街の中心部を斜めに横切るように用水路が流れている。
用水路を跨ぐ小さな橋を渡り、念のため路地裏に入った。透明マントで姿は見えないとはいえ、足音やマントに弾く雨水は消せない。
 
暫く歩き進めていたルイの足が、ぴたりと止まった。海岸付近にあるショップが建ち並ぶ路地裏に、見覚えのある女性が膝を抱えてうずくまっていたからだ。
そしてその傍らには布で包まれた細長いものが建物の壁に立ってかけてある。
 
ルイは辺りを見回し、他に誰もいないことを確認してからマントを脱いだ。
 
「エンジェルさん?」
「──?!」
 エンジェルは突然目の前に現れたルイに驚いて立ち上がった。
「驚かせてすみません。透明マントです」
「……あぁ、そうなの」
 エンジェルは少し動揺しながら、壁に立てかけていたものを手渡した。「これ、あなたのロッドと、一緒にいた人の刀……」
「ありがとうございます。でもどうして……」
 と、ルイは受け取り、巻かれていた布を少し解いて確認した。
「カイって奴を捕らえてたとこ、私とモナカシスターズたちのアジトなんだ。十五部隊の女性員が集まる場所。それで、他の連中いるから、取りに行けないだろうと思って……持ち出したんだ」
 屋根がない家が多く、エンジェルはびしょ濡れだった。
「返すために持ち出してくださった、ということですか?」
 ルイが優しく問うと、エンジェルは小さく頷いた。
  
ルイは自分のコートを脱ぐと、彼女の背中に回して頭から被せた。
 
「傘を……買いに行けたらいいのですが、十五部隊の方々に見つかっては仲間にも迷惑がかかりますから。コートで申し訳ありませんが」
「あ……私なんかに優しくしなくていいよっ」
 エンジェルは慌ててコートを脱ぎ、ルイの胸に突き返した。
「風邪をひいては大変です。それに、わざわざ武器を返す為に持って出てくださったのに、何のお礼も出来ないのは……」
「私はおまえの敵だ……」
 そう言ってエンジェルは、赤くなっていた顔を伏せた。
「敵だと、風邪の心配をしてはいけませんか?」
「…………」
 
ルイはもう一度、エンジェルにコートを掛けた。エンジェルは黙ったまま、ルイの優しさを受け入れた。
 
「私……私たちは、後から十五部隊に入ったんだ」
「後から……?」
「元々この街で生まれて、売り飛ばされる予定だった。アジトの倉庫には男女別々に閉じ込められてて、十五部隊の連中にはよく脅かされてたんだよ、売り飛ばされた先でどうなるかわからないって。お前らは奴隷として扱われるしか道はないとか」
「そうですか……」
「だから、徒党組んだんだ。うちらは子供だったし、大人の男に敵うはずなんかないって反対する子もいた。無理に誘うことはしなかった。一緒に歯向かってくれる仲間を作って、作戦を練ったんだ。いつも寝てるときに指名された子を連れてくから、寝てるふりをして一斉に襲い掛かろうって」
 
雨脚が強くなってきた。水溜まりが川のように路地裏に流れる。
 
「あ……ごめんなさい雨降ってんのにっ」
 と、エンジェルは慌てた。「もう行きなよ。あまりうろちょろしてたら見つかるだろ?」
「話しを聞きますよ」
「え……」
「聞くことしか出来ませんが……」
 
ルイは物悲しそうに話し始めたエンジェルを、放ってはおけなかった。
 
「あんたやっぱいいやつだね」
 と、エンジェルは苦笑して、俯いた。「そういう奴は足を掬われる」
「気をつけます」
 ルイは微笑んだ。
「──結局、同意してくれたみんなと協力して逃げ出したんだけど、アジトの外へ出る前に捕まってしまって。でもそれも想定内だった。もし捕まったときは、全力で奴らに媚びを売る作戦だった。奴らは私たち女には手を出さないんだ。顔や体に傷がつくと高く売れなくなるから」
 
雨を浴びているルイの髪から雫がポタポタと落ちる。
 
「だからうちらは口で叱られただけ。それで、私たちの結束力とか勇気とか、そういうのに感心したハングやロンダさんが私たちを買ったんだ。俺たちの仲間になるなら、カスミ街で自由に暮らせるぞって」
 
エンジェルの声は少しずつ雨音に消されてゆく。
エンジェルは左足の太股にある属印に触れながら言った。
 
「子供だったんだ……まだ。だから単純に、売り飛ばされずに済むことと、自由という言葉に釣られてしまった。全然自由なんかなくて、むしろ縛られてばかりで、売り飛ばされていたほうが自由だったかもしれない。そう思ってももう逃げられないし、モナカシスターズたちを唆した責任感に潰されそうで……」
 
エンジェルはゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。
そんな彼女にルイは優しく声を掛けた。
 
「仲間の前ではずっと強くありながら、仲間を引っ張ってきたのですね」
「謝りたいけど謝れないんだ……謝ってしまえば私たちの選択は間違っていたんだと認めてしまうことになるから」
 
エンジェルの目から涙がこぼれ落ちたとき、すぐ近くから足音が聞こえた。
エンジェルは立ち上がり、警戒した。足音は遠ざかってゆく。
 
「大変だ。十五部隊の誰かに見られたかもしれない。早く仲間の元に戻ったほうがいい」
 と、エンジェル。
「あなたは? エンジェルさんこそ、仲間に知られてはまずいのでは?」
「私は平気だよ……女は嘘をつくの上手だしさ」
「すみません、では」
 ルイはエンジェルに頭を下げて、その場を後にした。
 
エンジェルはルイが見えなくなったのを確認して、女性員専用のアジトへ歩き出したがその途中、モナカシスターズと会った。
モナカシスターズはエンジェルを待っていたようだ。
 
「エンジェル……」
「ごめん、ちょっと用があって」
 
通り過ぎようとするエンジェルを、モナカシスターズは呼び止めた。
 
「待ってよエンジェル。私たちは、いつも上に立ってうちらの面倒を見てくれてるエンジェルに注意なんか出来る立場じゃないし、目をつぶるつもりだった」
「なんの話……?」
「でも、そうは思わない子もいるんだよ。──さっき、カスタードがハングさんのとこへ向かった」
 
カスタードとは、彼女たちの仲間の一人だ。共にアジトから逃げだそうとした仲間の一人。
 
「あいつ、エンジェルとルイって男が話し込んでるの見て、ハングさんのとこへ行った。エンジェルが男に……しかも賞金首にうつつぬかしてるって言いにだよ」
 
エンジェルは降りしきる雨を浴びながら、空を見上げた。
ルイが貸してくれたコートが、体の冷えを抑えてくれている。
 
「そう……仕方ないね」
「エンジェル……」
「覚悟してた。自分がしてることも、みんなへの裏切りだってわかってた。でも止められなかった。恋愛なんてそういうものじゃない?」
 と、切なげに笑った。「恋愛っていうか、片思いの恋なんだけどさ……バカだよね。ごめんね」
 

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©Kamikawa
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