voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海20…『無駄』

 
ルイは雨降りしきる中、屋敷の外へ出た。
 
「気をつけてね。なにかあったら連絡……あ、私ケータイないんだ。シドにでも連絡して?」
 と、アール。
「わかりました。では行ってまいります」
 
ルイは透明マントを被り、アールの目にはルイの姿が見えなくなった。
雨音に交ざってルイの足音が遠ざかっていった。
 
アールは玄関の扉を閉めた。振り返るとシドが腕を組んで立っていた。
 
「あいつロッド持ってねんだろ? ひとりで行かせて大丈夫か?」
 
ルイは一先ず、アーム玉を集めるためにアジト付近にある魔道具店に向かった。ついでにロッドとカイの刀も取りに行けたら行くようだ。
 
「心配なら一緒に行けばよかったのに」
「一人ずつのが目立たねぇだろ」
「そうだけど……。ねぇシド」
 と、アールが何かを言おうとすると、シドは背を向けて客間へと歩き出した。
「しらねーよ」
「まだなにも言ってないんだけど!」
 と、アールは後をつける。
「いかにも“相談があるんだけど”って言いてぇみたいな顔だから知らねーよって言ったんだよ」
「聞きもしないで!」
「なんだようっせぇな」
「この街の人身売買に終止符を打つ方法を一緒に考えてよ!」
 
客間の前に着き、シドはドアノブに手を掛けて言った。
 
「創始者をボッコボコにしてやればいい」
「暴力で解決?!」
 信じられないと言わんばかりに声を荒げた。
「一番手っ取り早い方法だろ」
 
そう言ってドアを開けたシドの手首を、アールが掴んだ。
 
「暴力じゃなにも解決しないんじゃないの?」
「きれいごとだろ。解決するときもある」
「嘘だ」
「嘘じゃねーよ。大体、話し合いとか生温いもんでなんでも解決してたら、戦争だって起きてやしねんだよ」
 
シドはアールの手を振り払い、客間へ入っていった。
アールの目の前でドアがバタンと閉められる。そのドアを開けて討論しあう気にはなれなかった。
 
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ルイはアジトに入る細い道の前を通り抜け、小さな店の前で立ち止まった。魔道具店だ。
辺りを見回し、雨のせいもあって誰もいないことを確認し、透明マントを脱いで店の中へ。
 
ルイの腕に嵌めているデータッタはアーム玉の位置を示しており、その在りかは明らかにこの店をさしている。
4メートル四方しかない店内には物がぎっしりと置かれており、壁にも魔力が備わったネックレス、衣類などが掛けられている。
 
店の左奥に小さなカウンターがあり、魔女のようなツバの広い尖んがり帽子を深々と被った店員が静かに座っている。
 
「すみません、アーム玉を見たいのですが」
 
ルイが声をかけると、店員は黙ったまま部屋の隅を指差した。そこには宝箱が置かれている。
 
「拝見させていただきますね」
 
ルイは宝箱の前に片膝をつき、重量感のある宝箱の蓋を開けた。
中にはぎっしりと色とりどりのアーム玉が入っている。
 
「すごい数ですね……」
 ひとつひとつ手に取り、眺めた。
「入荷したばかりさ」
 ルイが来てから初めて口を開いた店員は、しわがれた男の声をしていた。
「こんな大量に……?」
「アーム玉を集めて生計を立てていた男が死んだんだとさ。その男と、そのアーム玉を運んできた男との関係は詳しくは知らないが、いい取引をしたよ。中古品を扱う魔道具店をやってると珍しいことではないさ」
「そのようですね」
 
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アールは再び書斎へ向かっていた。その途中の廊下でヴァイスとすれ違う。
すれ違ってから、アールは足を止めて振り返った。
 
「ヴァイス」
 背中越しに声を掛けると、ヴァイスも足を止めて振り返った。
「そういえば……どこに行ってたの?」
 ゲートボックスに並んでいたのを思い出す。
「…………」
 ヴァイスは無言で答えることが多いが、決して“無視”をしているようでもない。
「さっき、ルイと話してたんだけど、アジトに街の子供たちが捕まってるみたいなの。──救い出すのって、意味ないのかな。自己満足なのかな」
「…………」
「助けても、根本的な解決にはならないから、同じこと繰り返されるって……」
 
静かな廊下に、上の階からバタバタと走り回る音と、カイがはしゃぐ声が聞こえてきた。
 
「それでも助けられるなら助けたいと思うのは、正義感ぶってて痛いかな……?」
 と、アールは苦笑した。
「ひとつ質問するが……この世に意味のないこと、所謂“無駄”なことが存在すると思うか?」
「…………」
 
アールは視線を落とした。眉間にシワがよる。こういう質問は苦手だった。
 
「ヴァイスは……?」
 だから質問をそのまま相手に返してしまう。
「私はお前に訊いているんだが」
「……だよね」
 
答えられずにいると、ヴァイスは背を向けて行ってしまった。
入れ違いにバタバタとカイが上の階から下りてきて、アールの前まで走り寄ってきた。
 
「アール! 3階にさ、アトリエみたいなとこあって沢山絵があったんだけどさぁ、その中にナイスバディーの女性のヌードがあった! 見つけた瞬間に俺の経験値がテッテレー! 上がった!」
「……はぁ」
 アールは笑いながらため息をついた。「いいなぁカイは」
「ん? 探せば男のヌードもあるかもよ?」
「そういう意味でいいなぁって言ったんじゃないよ……。マスキンは?」
「まだアトリエにいる。アールもおいでよ」
「うん」
 
カイの後をついて行きながら、アールはヴァイスから投げかけられた質問を、カイに尋ねた。
 
「ねぇカイ、この世に無駄なこと、無意味なことってあると思う?」
「ん? なぞなぞ?」
「普通の質問」
 と、笑う。
「んー、無駄だったと思うことはあるかなぁ。だから“無駄”っていう言葉が存在するんじゃないのー? 無駄かどうかは考え方で変わるんじゃないかなぁ。無駄だったことも経験として受け入れれば無駄にはならないしぃ」
 カイは意外にも真面目にそう答えた。
「うん、そうだね」
「便器に落ちたウンチだって、あとは流されるだけだと思いきやウンチの状態を見て病気がわかることもあるし、俺が今ここで急に立ち止まって5分ボケーッとしたらアールが心配してくれるという嬉しい結果が生まれるしぃ」
「……そうだね」
「誰もいないとこでボケーッとしても脳を休めることが出来るわけだし、無駄なことしてもそれが無駄なことだったって学習出来たら無駄ではなくなると思うし、そうだなぁ、あえて無駄なことがあるとしたら……」
「あるとしたら?」
 
2人はアトリエの前に来ていた。
 
「後悔かなぁ。後悔するだけで終わる後悔」
 
カイはアトリエの扉を開いた。
埃と顔料の香りが鼻をつく。部屋の突き当たりには壁一面に大きな本棚があり、美術に関する本がズラリと隙間なく並べられている。
木材のテーブルには画材が置かれており、辺りには絵が画かれているキャンバスが置かれていた。
 

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©Kamikawa
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