voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海12…『スーがいない』

 
アールはなにもない3番倉庫に閉じ込められていた。文字通り本当になにもない。
誰かを捕らえておくための道具も、武器になりそうな物もなければ、窓さえもない。ただ横長の四角い吸気口が天井近くにあるだけだ。
 
体を起こし、頭や体についた砂を払った。
蹴られたときの痛みがまだ残っているお腹をさすりながら立ち上がる。肋骨がある辺りを押さえると激痛が走った。
駄目元でドアに近づき、両引き戸の引手に手を掛けた。重たい扉には外から鍵が掛けられ、開かない。
 
誰かに助けを求めようとポケットに手を伸ばすが、携帯電話は2番倉庫内で壊されたことを思い出す。
そういえば、と、ハングが誰かと電話で話していた内容を思い返した。
 
 男ふたりも捕らえたのか
 一先ずそのふたりを連れてくるんだ
 
アールはその2人とはカイとルイだと思っている。もしかしたらもう連れて来ているのではないだろうか。だとしたら、近くにいるかもしれない。叫んでみようかとも思ったが、ハングの仲間が来るかもしれないと思うと、躊躇した。ひとりで逃げ出せたらそれが一番いい。
 
天井近くの吸気口を見遣る。吸気口を外せても腕しか入らないほど小さい。いくら頭を悩ませても、なにもないのだからなにも思い付かない。
 
アールはドアの横に腰を下ろすと、シキンチャク袋を手に取った。なにか使えるものがあっただろうか。武器になりそうなもの、脱出に使えそうなもの、仲間にだけ居場所を伝えられそうなもの……。
予備の武器を持っておくべきだなと、アールは思った。
 
結局使えそうなものは入っていなかったが、シャープペンシルだけ取り出して右手に握った。なにも持っていないよりは気持ち的に安心する。
扉が開いて誰かが入ってきた瞬間にシャーペンで顔を切り付け、逃げようと思った。
 
「あれ……? そういえば、スーちゃんは誰といるんだろう」
 
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椅子に縛られているカイが、クネクネと体を動かしている。
 
「どうしました?」
 と、ルイ。
「スーちんがいる気配がないんだよねぇ……」
「スーさん?」
「アールと一緒にいたときは確かにスーちん俺の服ん中にいたんだよ。でも今いない気がするー」
「……アールさんと一緒では?」
「だといいんだけどねぇ」
 
ルイはスーがアールと一緒にいることを願った。ひとりでいるよりは心強いはずだからだ。
でも、スーはアールの元にもいなかった。
 
「なんの話ししてるのよ」
 と、モナカシスターズ1号。
「いいえ、なんでもありません」
 そう答えたのはカイだった。
 
12番倉庫にエンジェルの姿はない。エンジェルは“ブタ”の話を聞いて再び倉庫を飛び出していた。
 
アジトには20もの倉庫が並んでいる。その奥に、一際大きな倉庫がある。
エンジェルはその倉庫の前で息を切らしていた。
倉庫には常に頑丈な南京錠が掛けられていたが、今は外されて、少しだけ両引き戸の扉が開いていた。ごくりと唾を飲み、隙間に手を入れて扉を開いた。
 
倉庫の奥には、窓から差し込んだ光を浴びてキラキラと美しく輝く巨大なエテルネルライトがそびえ立っていた。
 
エンジェルは辺りを見回しながら、静かに足を踏み入れた。
 
巨大なエテルネルライトの中には、子ブタが一匹、眠っている。その傍らには比較的小さめなエテルネルライトがいくつも剣を逆さにした刃のような形で輝いており、中には虫や花が閉じ込められている。
倉庫内にはエテルネルライトの他に、実験に使う魔道具がいくつも置かれていた。質素な木のテーブルの周りには山積みにされた資料がおかれ、テーブルの上に置かれている。
 
「誰もいないじゃない……」
 
エンジェルは呆然とエテルネルライトを見遣った。
この倉庫には3年間もの間、とある魔術師をエテルネルライトの研究をさせるために閉じ込めていた。一度も倉庫の外に出したことはなかった。
 
「なんで誰もいないんだよ……」
 
モナカシスターズの2号が言っていたブタさえも、いない。
 
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その頃アールは、閉じ込められた3番倉庫から外の様子を窺っていた。
とはいえ、窓などはないため、外から誰かが近づいてくる物音が聞こえないかと耳を澄ませているだけだ。
 
すると小さな足音が近づいてくることに気づいた。
アールは眉間にシワを寄せ、より一層外から聞こえてくる音に耳を傾けた。
その足音は人ではない。ハングが操っていた獣かもしれないと、警戒心を強めた。
 
小さな足音はすぐ近くで止まった。
アールは息を呑み、右手に握っていたシャーペンの尖った方を外に構えた。
しかし待てども扉が開く気配はない。
気のせいだったのだろうかと集中力が消えかけたとき、漸くカチャリと鍵が開く音がした。
アールはシャーペンを自分の顔の位置まで上げたが、今度はなかなか扉が開かない。
 
痺れを切らし、自ら扉に手をかけ、勢いよく開いた。
鋭い目つきで相手を捉えようとしていたアールの目には、誰も映らなかった。
 
「あれ……?」
 
拍子抜けすると、足元から聞き慣れた声がした。
 
「アールさん、すぐ逃げないと危険なんですけど?」
「マスキン!」
 
そこにいたのは、頭にスーを乗せたマスキンだった。
スーの体の一部は鍵の形に変形している。
 
「スーちゃんが開けてくれたんだね、ありがとう」
 
なかなか鍵と扉が開かなかったのは、小さなマスキンとスーが悪戦苦闘していたからだった。
 

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