voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海13…『別行動』

 
「いたぞ!」
 
男の声に、その場にいた連中が“彼”に銃口を向けた。
 
「撃て!」
 
それを合図にたまたまその場に居合わせた住人の悲鳴と銃声が重なった。
“彼”は素早い動きで銃弾を交わすと、高らかに飛び上がり、住宅街の屋根の上を伝って難を逃れた。
 
銃弾が届かない場所まで行くと、小さくため息を零す。
ゲートボックスから出て来た途端にこれだ。
状況を把握するには時間がかかりそうだと、ヴァイスは思った。
 
━━━━━━━━━━━
 
12番倉庫の外からモナカシスターズを呼ぶ声が聞こえた。
モナカシスターズは目配せをして、ルイたちを見遣った。
 
「おとなしくしてなよ?」
 
そう一言言い残して倉庫を出た。
鍵が閉まる音を確認してから、ルイは後ろ手に縛られていたロープを力任せに外し、アールの剣を握った。エンジェルは本当に緩く絞めていたようだ。
 
「じっとしていてください」
 と、イスに縛られたままのカイに近づき、剣の刃をロープに押し当てた。
「おお! ありがとう!」
 カイをイスに縛り付けていたロープが切れ、漸くイスから立ち上がれたカイは大きく背伸びをした。
「すみませんがアールさんの剣はカイさんが持っていてください。念のため」
「ほーい。それにしても無用心だよねぇ。なにも俺たちが見てるところにアールの武器置かなくてもいいのにぃ。ルイなんて腕だけしか縛られてないし。逃げられるとか思わなかったのかなぁ。お腹すいた」
「どう考えてもわざとだと思いますよ」
 
ルイは倉庫の扉を確認したが、やはり鍵は閉まっている。
 
「ロッドさえあれば」
「窓から脱出しようよ」
「窓はありませんよ。それにしてもエンジェルさんはなぜ僕らに協力的なのでしょう」
「……ルイは意外と鈍感だねぇ」
 
ルイはカイに自分の背後にいるよう促した。
 
「彼女たちが戻ってきたら結界で囲みます。その隙に脱出しましょう」
「あそっか。ルイってロッドなくても魔法使えるんだった」
「えぇ、ハンドポルトといいます。物に頼らないと魔力の消耗が激しく、使える魔法も限られてきますが」
 そう答えながらルイは手首に嵌めてあるバングルを摩った。
「それさぁ、力を制御するやつなんだよねぇ」
「えぇ……」
「ってことはさぁ、それ付けてなかったらもっと魔力使えるってことなのかなぁ」
「そうですね」
「じゃあ外しちゃえばいいじゃーん」
 と、カイは欠伸をした。
「シドさんにしか外せませんので」
「あ、そっかぁ。でもなんで?」
「契約者として名前が刻まれているのはシドさんですから」
「契約ってなに? お菓子ある?」
 お腹の虫が鳴る。
「今は食事している場合ではありませんよ。厄介なことになる前にどうにかしなくては」
「厄介な?」
「魔物の気配がするんです」
「え、どこから……?」
「四方八方にある倉庫の中から」
 
━━━━━━━━━━━
 
「お前ら何してたんだッ!」
 
アジト付近で待ち構えていたハングの怒声が響いた。
ぞろぞろと十五部隊の部員が急ぎ足で集まってくる。その中のひとりがハングのご機嫌を窺いながら言った。
 
「すみません……シドという男に捕まりまして」
「シド……おい、そいつの担当がいたはずだが?」
 
シドを捕らえるはずだった筋肉質な男ふたりが、怖ず怖ずとハングの前に歩み出て来た。
 
「すみません……逃げられまして」
 
ハングの硬い拳がふたりの頬骨を砕いた。
鈍い音と共にふたりは頬を押さえながら痛みに呻く。
 
「確かお前ら自ら奴を捕らえるのはふたりで十分だと言ったんだろ」
「はい……しかしハングさん、彼は──」
「言い訳などいらないんだよ!」
 と、2人を蹴り飛ばした。「アジトの見張りはどうした」
 
見張り役のふたりが青い顔をして前に出る。
 
「お前ら2人だけか? 残りはどうした」
「え……いえ、外に様子を見に出たのは私達だけです」
「なに……?」
 
━━━━━━━━━━━
 
アールは、四つん這いで走りゆくマスキンの後を必死に追い掛けた。ブタが本気になったときの足の速さにはなかなか追いつけない。
 
もう限界だというところでマスキンの足が止まった。
アールは顔を真っ赤にして追いつくと、腹部を押さえなざら膝を着いた。肋骨がぎりぎりと痛む。
 
アールとマスキンは隙を見て、見張りがいなくなったアジトの正面から抜け出し、街の中心部に来ていた。人が行き交っている中を走り抜け、路地裏にいる。
 
「アールさん、お腹痛むんですか? え?」
「ん……ちょっとね。でも多分大丈夫」
 
時期に痛みも引くかと思っていたが、皹が入ったのか引く様子もないため、シキンチャク袋から回復薬を取り出し、飲んだ。
ひとり5つずつそれぞれの回復薬を持ち歩くようにしており、無くなればルイから分けてもらうようにしているが、ルイの節約が身についているのかつい使用する前に躊躇ってしまう。
我慢出来そうな痛みなら我慢するところだ。
回復薬で皹の入った骨は治ったが、暴行を受けた顔の傷や痣はまだそのままだ。回復薬は種類にもよるが一番重症な部分を優先的に治してしまう。
 
「マスキン……色々訊きたいことがあるんだけど……息子さんとは会えたの?」
 
マスキンはちらりとアールを見遣ると、地面に座り込んで答えた。
 
「会えましたけど? 一匹だけ、無事でしたけど」
「一匹だけ……?」
「他の子たちは実験に使われてしまいました。仕方のないことですけど? は? えぇ」
「実験って……ねぇマスキン、よかったら詳しく教えてくれないかな?」
 
アールが訊きづらそうに尋ねると、マスキンは少し考えてから答えた。
 
「わかりました。その前に移動しましょう。そこでお話ししますけど?」
「移動ってどこに?」
 アールは呼吸を整えた。
「は? カスミ街を東に抜けた先に、屋敷があるんです。そこですけど?」
「知り合いの家かなにか?」
「とある大富豪の老人が住んでます、はい」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -