voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海11…『大富豪の暇潰し?』

 
「36人……か」
 
シドはカスミ街の東にある空き地にいた。
空き地には山積みにされた木材が置かれ、その上にシドが座っている。
シドの視線の先、木材の前にはロープでぐるぐる巻きにされた男達が36人、正座させられている。口には猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、シドを睨み上げている。
 
「1人につき5万だから……」
 と、脳内で計算。「180万ミルだな」
 
──と、そこにひとりの老人が落ち着いた足取りでやってきた。
そのお爺さんは焦げ茶色のスーツを身に纏い、灰色でチェック柄のアスコットタイ、L字を逆さにした形のステッキを、白い手袋をした手で持っている。髪は白髪まじりだがオールバックに揃え、髭も髪と同じ色で綺麗に整えられていた。
 
その老人を見遣った捕縛者たちは目を丸くして驚いたが、猿轡を噛まされているため声に出すことが出来なかった。
 
「ほう、36人も捕らえおったか」
 老人はそう言って足を止めると、シドを見上げた。
「180万な」
 シドは木材の上から飛び降りた。
 
老人に左の手の平を差し出す。
老人はスーツのポケットから分厚い茶封筒を取り出すと、一万ミル札を数え、180万ミルをシドに渡した。
 
「金持ちなんだな」
 シドは受け取った金をシキンチャク袋に仕舞った。
「大富豪じゃ」
「自分で言うなよ」
 
老人は満足したように頷きながら、空き地を出ていった。
シドは目の前にいた捕縛者の猿轡を外した。シドを騙して捕らえようとしていた筋肉質な2人組の男の1人だ。相方も隣にいる。
 
「シドさん、なぜこんなことを……」
 猿轡を外してもらった男は真っ先にそう訊いた。
「悪いな、お前が紹介してくれた仕事あるだろ? 森の獣狩りをしていたらさっきの爺さんに声掛けられてよ。獣狩るよりゲームをしないかってな。まぁ、お前らを一時間内で捕らえた人数分、金をくれるってんで、引き受けた。用は済んだから解放してやるよ。手伝え」
 
男のロープを解くと、自由になった男は他の捕縛者達の猿轡とロープを外し始めた。
 
「あの爺さんは森の外れにある屋敷に住んでる人で、少し厄介なんだ。カスミ街の住人をいつもどこか上から見てる。退屈なんだろうな、たまに街の方にやってきて、訳のわからんゲームや賭け事をしないかと声を掛けてくる」
「金持ちな年寄りの暇潰しか」
「まぁ変な爺さんだけど、きっちり金は貰えるし、嫌われちゃいない」
 
解放された捕縛者達は背伸びをして、まだ縛られている仲間達の解放を手伝った。
シドは彼らを改めて見遣った。全員、身体のどこかに属印があるようだ。
 
「爺さんは直接は何も言わねぇが、お前らのやってることが気に食わねぇのかもな。いずれ殺し屋雇って狙われるかもしんねぇぞ」
 と、シドは面白半分で言った。
「そんなことをしたら自分の命も危ないでしょう……」
「長く生きた老人に怖いものなんかねんだよ。しかも金持ち、成功者だろ? 思い残すことなんかねんじゃねーの?」
「…………」
 男は眉をひそめた。
「先手を打とうなんて考えんなよ?」
 シドは腕を組んだ。
「え……」
「悪い爺さんじゃなさそうだし、もしかしたら既に用心棒を雇っていて返り討ちに合う可能性のが高いだろ。まぁ、それにしてもお前らのほうから続々と集まってきたもんだから思ったより稼げたぜ。ありがとな」
 
老人は話していた。どこかの組織の十五部隊が街にいる。子供達を拐っては売り飛ばしている。彼等には同じ刺青がある。その老人は“刺青”と言ったが、“属印”のことである。彼等ひとりにつき5万。1時間以内に捕らえただけ報酬をやろう、と。
シドが冗談で「殺していいのか?」と訊いたとき、老人は「好きにしなさい」と言った。冗談とわかってそう答えたのか、本当に好きにしていいという意味で言ったのかはハッキリしない。
 
取り引きをしたあと、街に戻ったシドは十五部隊を捜そうと歩きはじめた。しかし彼等は続々とシドの前に集まってきたため、捜す手間が省けたのだった。
 
「シドさんの元に集まったわけじゃないっすよ……俺達は集合を掛けられたもんで、アジトに向かっていたんだ。その途中にシドさんがいただけですよ」
 と、男は溜息を零した。
「アジト?」
「ここからすぐ近くです。一般人は立入禁止です」
「さらっと言うのな」
 
━━━━━━━━━━━
 
「ハング……なにをしている」
 
エンジェルは12番倉庫を飛び出したエンジェルは、2番倉庫の前にいたハングを見遣った。
ハングは捕らえていたアールを地面に押さえ込んでいる。その様子はハングの方が彼女を追い詰めているが、怒りに満ちた形相は余裕なく感じられた。
 
「あぁ……エンジェルか。集合は掛けたのか?」
 
ハングはアールの頭を押さえ付けたまま、エンジェルに尋ねた。
 
「あぁ、でもまだ来ない。アジトの見張りもいなくなってる。他の連中は?」
「……おまえ何か知ってるか」
 と、ハングはアールに訊く。
「知らない……」
 
ハングはエンジェルに、アールの武器を拾い上げるよう促した。エンジェルは言われた通り拾い上げ、距離をとった。
ハングはアールの頭から手を退けたが、立ち上がると同時に今度は足で踏み付けた。ハングの靴についていた砂が目に入り、アールは瞬きをした。
 
「妙な動きすんじゃねぇぞ。──エンジェル、捕らえた男は連れてきたんだろうな」
「12番倉庫にいる。モナカシスターズが見張ってる」
「モナカシスターズだけか?」
「……あぁ、でも問題ない。ちゃんと縛り上げてる」
「その武器をどっかに隠してこい。俺は仲間の様子を見てくる」
「その女は……?」
 エンジェルはハングの足の下にいるアールを見遣った。
「倉庫に閉じ込めておく。武器がなきゃ何も出来ないだろ」
「わかった。ところでロンダさんに連絡は……?」
「集合掛けたってのに仲間がひとりも来ないどころか見張りすらいねぇ。こんな状況で隊長に報告なんか出来ねぇだろ」
「……わかった」
 
エンジェルは腑に落ちない思いでルイ達を捕らえている12番倉庫に戻った。
モナカシスターズが不安な面持ちで待っていた。
 
「見張りまでいなくなってる」
 と、エンジェルはアールの武器を倉庫の隅に立てかけた。その様子はルイとカイも見ていた。
「見張り? なんで……」
「わからないけど、集合命令のメールは見張りにも届くはずだ。見張りは普段、他の仲間達が集まったのを確認してから、最後に彼等も集合するようになってる。それなのに、集合するよう呼びかけがあったのに誰ひとりとしてアジトに来ない。だから外の様子を見に行ったんじゃないかと思う」
「外で何かあったってこと? だとしても見張りは全部で6人。全員外に出るなんてありえない」
「…………」
 エンジェルは黙り込んだ。
 
確かに見張りの全員が外の様子を見に行くなど、余程のことがない限り有り得ない。持ち場を離れるなと日頃から強く言われているのに。外の様子を見に行くとしても1人か2人までだろう。
入口に一番近い見張りと、入口側の角である1番倉庫か20番倉庫付近の見張り。アジトへの出入口は一カ所だけだ。塀で囲っているわけではないが、森からの侵入者を防ぐための罠は仕掛けてある。
 
「エンジェル……?」
「ねぇ、アジトに入った部外者はそこの2人と、あの女だけよね」
 そこの2人とはルイとカイのことで、女はアールのことだ。
「私が知る限りでは」
 と、1号が答える。「子供達を除けば、ですが」
「子供たち?」
 そう訊いたのはルイだ。
 
エンジェルは気まずそうに顔を背けた。
 
「あんたには関係ない……」
 そして不意に、2号が思い出す。
「そういえば……ハングさんたちが話してた…女を捕らえる罠が帰ってきたって」
「罠?」
「えぇ、喋るブタのようですが」
 

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