voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海10…『おんな』

 
2番倉庫内にはアールとハングが睨み合っていた。
アールが構えた剣の切っ先はハングの顔に向けられたまま。
 
「──なるほど。本物か偽物かはわからんが、どっちにしろ戦う力はあるようだな」
「貴方たちの目的は」
 アールはハングの目を捉えて離さない。
「その質問をこれから何度も繰り返すつもりか?」
 と、ハングは微笑する。「ムスタージュ組織の連中が現れる度に」
「ムスタージュ組織ってなんなの。何をしようとしているの」
 
ハングは自分に向けられている切っ先を見遣った。微かに震えている。怯えから来る震えではなく、さっきまで縛られていた為、腕が痺れているのだろう。
 
「世界を、救おうとしているんだよ」
「……は?」
 
アールは目を丸くした。
意味がわからない。世界を救おうとしている自分達の邪魔をしてくる彼らも、世界を救おうとしているなど、理解が出来ない。
 
「我々は、シュバルツ様を崇拝している。星を救えるのはシュバルツ様だけだ。シュバルツ様は偉大なる魔導師であり、彼なら我々を救ってくださる。──邪魔をする者は絶対に許さない」
 
ハングの足元に、魔法円が広がった。
魔法円の中心にいるハングは片膝をつき、スペルを唱えはじめた。アールは警戒しながら2、3歩後ずさった。
 
その時、アール達がいる2番倉庫の扉が開いた。
アールは警戒して扉に体を向け、武器を構えた。開いた扉から大きな体の女性が見えたかと思うと、背後から彼女の体を突き飛ばして狼のような青い獣が10匹飛び込んできた。
獣に踏み付けられた女性は引っ掻かれた背中から血を滲ませながら、悲鳴を上げた。縦にも横にも大きく筋肉が盛り上がっている女性にしてはか細い悲鳴だった。
 
倉庫内に入り込んできた獣はアールの前に整列し、今にも飛び掛かる体勢をとっている。獣の額には小さく魔法円が浮かび上がっていた。
 
アールは背中越しにハングの存在を意識しながら、おそらく彼が獣達を操っているのだろうと察した。
ハングは魔法円の中心で片膝をついて頭を下げたままだ。アールはどうするべきかと硬い頭を悩ませた。獣を操っているのがハングなら、ハングを攻撃すればいいい。でも人間を相手に戦いたくはない。
 
そうこうしていると青い獣が歯茎を剥き出しにして飛び掛かってきた。
拷問を受けて腫れ上がっていた目は視界が悪かった。それでも獣の動きに意識を向け、剣を振るった。
 
倉庫内での戦闘は動きが制限される。薙ぎ払った剣の刃を横腹に受けた獣は血渋きを撒き散らしながら倉庫の壁にぶち当たり、床に倒れこんだ。
アールの動きは背後から襲い掛かってくる獣を交わしながら前方にいた獣を斬りつけ、体勢を立て直しながら次に目で捉らえた獣に刃を突き立て、城に戻される前と比べて明らかに軽快ではあったが、如何せん場所が狭く、動き回るアールの足元を生き絶えた魔物の死骸が妨げた。
 
最後の一匹を宙に飛ばして首を斬り落とした時、床に横たわっていた獣の脚を踏み付けバランスを崩した。
後ろ向きに倒れそうになった体を捻り、床に手を着こうとしたアールの視界に突如男の黒いブーツが目に入った。黒いブーツは倒れ込んだアールの腹部に減り込み、呻き声と共に体が宙に浮いて倉庫の外へと飛ばされてしまった。
 
地面に転がり着地したアールは、腹を抱えながら酷く咳込み、えずいた。思わず手を離してしまった剣が1メートル離れた場所に落ちている。アールは地面を這うようにして、柄に手を伸ばした。
しかしその手は再び視界に入って来た黒いブーツによって踏み付けられてしまった。アールの手を踏み付けながら見下ろしているのはハングだ。
 
彼は腰を下ろし、アールの髪の毛を鷲掴みにして顔を近づけた。
 
「グロリアは誰だ。どこにいる。答えれば命は助けてやる。お前も好きで影武者をしているわけじゃないだろう」
 ハングはアールを捕らえていながら、半信半疑にそう言った。
「……知らない」
 
答える気などさらさらないといったその言い方に、ハングは苛立ち、アールの髪の毛を鷲掴みにしたまま彼女の頭を地面に押しつけた。
 
「俺らは全滅した十六部隊のようにはなんねぇぞ……」
 
アールは地面に顔を押し付けられながら、ハングが怒りに満ちた声で呟いたその言葉に思考を巡らせた。
十六部隊は全滅した。ハングは十五部隊だ。なぜ全滅したのだろう。
 
ハングの体重が、ミシミシとアールの頭を押さえ付けている左腕にかかる。
放り出された剣に伸ばした右手は踏まれたままだ。血が止まって感覚が薄れているせいか、熱しか感じない。
 
━━━━━━━━━━━
 
「大変だ! ハングさんが戦ってる!」
 
そう言って12番倉庫に駆け込んで来たのはハングの様子を見に行ったモナカシスターズの1号だった。息を切らしているその背中は獣によって爪痕を残されている。
 
「ハングが……? なんで」
 エンジェルは1号に駆け寄った。「その怪我は?」
「ハングが操ってる獣が飛び掛かってきて……私は大丈夫だから、ハングさんの元へ」
「待って。ハングは一人なの? 他の連中は? ハングが捕らえたのは確か女だろ?」
 
──女?
ルイとカイは顔を見合わせた。ハングという男と一緒にいるのはアールに違いない。
 
「それが倉庫内には女とハングさんしかいなくて……」
「他の連中はどこ行ったんだよッ」
 
エンジェルは苛立ちながら倉庫から飛び出してハングの元へ向かおうとした。だが、その足は倉庫の出入り前で止まっていた。
 
「エンジェル……?」
 
モナカシスターズは不安げに見遣る。
エンジェルは振り返り、ルイに視線を向けた。
 
「あんたの仲間だよね……あの女の子」
「……えぇ、きっと」
 と、ルイは答えた。
「その子、強いの?」
「弱くはないと思います」
「……うちの副隊長だって決して弱くない」
「…………」
 
ルイは彼女がなにを考えているのか、わからなかった。
そんなルイの隣で椅子に縛られたままのカイは、なんとなくエンジェルの心境がわかるような気がした。
彼女はおそらく、ルイに惚れている。そしてできることならルイに危害を加えたくはないし、仲間を傷付けることによってルイが悲しむなら避けたいと思っている。けれど、組織で動いている以上、単独行動は出来ない。裏切ることも出来ない。
自分が手を貸しに行かなくても副隊長であるハングはひとりでも大丈夫だろう。だが、相手がもし“本物”だとしたら……
そんな様々な感情ががんじがらめに纏わり付いて、エンジェルの足を止めている。
 
「エンジェル」
 と、モナカシスターズの2号が口を開いた。「立場を、わきまえて」
 
女同士、わかりあえるものがあった。
 
「わかってる……わかってるけど……」
「エンジェル、私たちがこの街で自由でいられるのは、ロンダさんやハングさんのおかげだよ。私たちを仲間に入れてくれたおかげで、売り捌かれずに済んだんだ」
「…………」
「裏切るなんて、考えないで」
 

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©Kamikawa
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