voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海7…『エンジェル』

 
「テメェらなんだよ」
 
居酒屋を出たシドの前に、黒人のようなムッキムキの男がふたり、立ち塞がっていた。男は二人とも上半身裸で、小麦色に焼けている。涼しげな白いズボンは少し汚れていた。
 
「あんたシドさんだろ?」
 と、ひとりが言う。
「お前は? なんで俺のこと知ってんだよ」
 シドは左の腰に掛けている刀に、左手を添えた。
「VRCで名前残してるよな? シド・バグウェル。是非ともその腕を見せてほしいんだ。俺らはただVRCに入り浸って身体を鍛えぬくことを生き甲斐にしてる暇人だよ」
「へぇ。──けど俺は今忙しいんだよ」
 と、彼らの間を通り抜けた。
「待ってくれよ。仕事探してんなら紹介するぜ? その代わり……」
 
シドは足を止めて振り返った。
 
「腕を見せろっつってもこの街にVRCあんのか? お前らが俺の相手すんのかよ」
「いや、俺らは武器使えねんだ。体術しか。俺はあんたの刀使いがみたい。VRC施設ならある。連れていく」
「まともな仕事紹介してくれんだろうな?」
「あぁ、勿論だ。任せてくれ」
 
筋肉質な二人の男は、シドの目を盗んで口元を緩ませた。
彼等は計画を立てていた。選ばれし者かもしれない可能性があるアールという女には、戦ってでも力ずくで連れ去り、カイという男は女に弱い情報が手に入っていたため、仲間の女を差し向け、シドという男は自信家だ。下手に出ておだてあげていい気分にさせればいい。
 
ただ、そう簡単には計画通りにいかなかったのがルイとヴァイスだった。
 
ルイは世話焼きだという情報があったため、助けでも求めて上手くアジトまで引き付ける予定だったが、仲間内で小さな論争が起きてしまった。
ルイという男の見た目は彼等にとって全く強そうには見えなかったため、一人が「めんどくさいことしないで力ずくで連行しよう」と言い出したのだ。そのほうが事が早く済むと。
そして他の連中よりも早く仕事を終えて隊長に報告すれば一目置かれるのではないかという口車に乗った彼等は、計画を中止して直接ルイが宿をとった部屋に押し入ったのである。
しかし彼等はルイの手によって今は全員結界の中で大人しくうなだれている。
 
ヴァイスという男に対する情報は、銃を扱う男でひとりでの行動が多いということだけだった。
そのため、うまくおびき出せる計画は立てられず、とりあえず銃を持参して彼を捜しに出た第十五部隊の一員は、彼がカスミ街のどこにもいないことを知って途方に暮れていた。
 
「まだ着かねぇのか?」
 シドは前を歩く男に訊いた。
「結構距離があるんだ」
「面倒くせぇなぁ」
 と、シドは欠伸をした。
「すまないな。ところでシドさん、体術にも自信があるのか?」
 と、ひとりの男が歩くスピードを落としてシドの左横についた。
「まぁ、人並み以上はな」
「ならあとで対戦願いたいんだが」
「剣術以外には興味ねんだよ」
 
そう答えたシドは常に刀の鍔に左手をかけたまま歩いている。
男は気づかれないようにそれを一瞥した。シドから刀を奪うタイミングを見計らっていた。
 
「腹減ったな。シドさんVRCに行く前にちょっと腹ごしらえしないか?」
 
隣を歩いている男の突然の提案に、前を歩いている男は少し驚いたように振り返った。
 
「まぁ朝飯は食ってきたが……もう昼前か」
 と、シドは悩んだ。
「これもなんかの縁だ。おごらせてくれよ、うめぇ肉屋があんだよ」
「まぁそこまで言うならな」
 
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椅子に縛られたままのカイは、背を向けているセクシーエンジェルの生足を眺めていた。水を弾くであろう張りのある小麦色の肌。ショートパンツの裾から日焼けしていない白い肌がチラチラと見えるのがなんともエロい。
 
そんなカイの視線など気にも止めず、エンジェルは目の前にいるルイという男に心奪われていた。
 
「なぜこのようなことを?」
 ルイが問うと、エンジェルは動揺して目を泳がせた。
「……好きでやってるわけじゃない。上からの命令で仕方なくだ」
「そうですか。組織で動いていると、上の立場の人間には逆らえませんからね……」
 と、ルイは小さくため息をついた。
 
エンジェルは少し驚いた。まさか理解を示してくれるとは思わなかったからだ。
 
「だ、だから……こいつを解放しろと言われても、わかりましたなんて言えない」
 “こいつ”とはカイのことだ。
「ですが、こちらも仲間を置いて引き下がれません。女性に手荒なマネはしたくありませんし、困りましたね」
「こ、困りましたね……」
 
ルイは会話を交わしながら彼女の様子を窺っていた。
他の仲間に指示を出し、この場を仕切っていた立場にしては随分と控えめに思える。
 
「上の方と直接話がしたいのですが」
「えっ」
 ルイが切り出した提案に、エンジェルは動揺した。
「どうせ僕らを捕らえたら上に報告する予定だったのではありませんか?」
「そうだけど……」
「あなたの立場もあるでしょうから、ここは僕も捕われの身になりましょう。それなら報告しやすいのでは?」
 
これまで黙って二人のやり取りを聞いていたカイが口を開いた。
 
「敵に気を遣うなんてルイってばバカなの? 二人共捕まってる状況で上の奴に会ってもなにもできないじゃないかぁ。逃げ出すチャンスも攻撃するチャンスもあるはずがない!」
「緩めに縛れば問題ないでしょ」
 と、エンジェルは倉庫内にあったロープを持って、ルイの両手を後ろで縛り始めた。
「よろしいのですか?」
 と、されるがままのルイ。
「わざとだと気づかれたら私の立場が危ない。だから……武器は預からせてもらう。ここの倉庫に」
「なぜそこまでしてくださるのです? 僕はただ、上の方に会わせて欲しいとお願いしただけですよ」
「…………」
 
ルイの手を縛り終えたエンジェルは、ルイのロッドを壁に立て掛けた。その隣にはカイの刀がある。
 
「俺のロープも早く緩めてくれないかなぁ」
 と、カイ。
「それはやだ」
「え」
「二人共緩めてたらおかしいでしょ」
「片方だけ緩いほうがおかしいよ!」
「とにかく」
 と、エンジェルはルイを見遣った。「黙ってついて来て」
「はい」
「私は上から命令された通りに、あんた達を捕らえて連れてく。それだけよ」
 

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