voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海6…『ドストライク』

 
旅の道中で出会い、ログ街でジムが話していた。
ムスタージュ組織というものがあって、自分は第十七部隊の副隊長であり、本名はジムではなくザハールだと。
今回アールを拘束した連中はムスタージュ組織の十五部隊だという。
 
アールは視界がぼやける中で、十六部隊はどこに行ったのだろうかと思っていた。
 
一方カイは、釣り具店の地下にある倉庫で椅子に座らされ、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
身動きが取れずにいるがさほどうろたえていないのは、彼を捕らえた連中はアールを捕らえた連中とは違い、全員女性だったからだ。
ただ、女性好きという弱点がバレている点では不安が募る。
 
「携帯電話返して貰えるかなぁ」
 と、カイ。
 
椅子に座らされているカイの後ろには、女性が3人並んでおり、カイの目の前にいてその場を仕切っている女性が1人、入口の前に2人、入口の外にふたり。
計8人もの女性がカイを見張っている。
 
中でも入口の前にいるふたりの女性は年齢不詳で横にも縦にも大きい。
ビンタでもされたら頭が吹っ飛びそうだ! とカイは思った。
 
「あんたの仲間が来たらね」
 
そう答えた目の前の女は、20代半ばくらいだろうか。
アールと違ってショートパンツからすらりと細く伸びた足はこんがり小麦色で、なんともセクシーだった。
ベルトを巻く部分には頑丈なロープが巻かれていて、腰でリボン結びになっている。ロープの先端には丸い飾りのようなものがぶら下げられている。
長くパーマがかった髪をポニーテールにしており、着ている服はお臍が出ている黒いチューブトップだ。
彼女はカイを見下ろした。
 
「つーか、あんたさぁ、偽物っぽいよね」
「にせもの?」
「……そういう反応の仕方とかさぁ、習ったわけ? 偽物だとしてさぁ、影武者として死ぬのって本望なわけ?」
「ん? 影武者??」
 
カイはわからず頭を傾げた。
 
「それも演技ー?」
 と、女はカイに顔を近づけた。
「なんのことだろー?」
 と、カイも調子を合わせた。
 
女はふいっとそっぽ向いて、腕を組んだ。
 
「本物か偽物かわかんないのに時間取らせんなっつーの」
「…………」
 
なるほど、とカイは思う。
“選ばれし者”の存在は知れ渡ってしまっているが、本物を知らないのだ。
ログ街の一件を思い出す。選ばれし者の影武者がいることは知っていたが、まさか自分たちのような“おまけ”までいるとは思っていなかった。用意周到とはこのことかと思う。
 
「ねぇ、あの女、本物なの?」
 と、女はカイを見遣った。
「あの女?」
「アールとかいうやつ。そもそもさ、選ばれし者が女だっていう情報もなぁーんかうさん臭いんだよね」
「…………」
 
ログ街の時は選ばれし者が女だということまではバレていなかったのに。
 
「こっちにはちょっとずつしか情報入ってこないんだよッ」
 と、女は苛立った。「なにが殺せだ。命令ばっかでろくな情報よこしもしないで!」
 
カイの刀は、倉庫の入口前で立っている巨体な女性が持っていた。
カイは隙を狙って逃げ出すことは考えていなかった。隙などないし、逃げ出す勇気もない。
 
「答えなよ!」
 と、女はカイの胸倉を掴んだ。「本物の選ばれし者は誰だ? あんたらの中にいるの?」
「うーん……」
 答えられるわけがない。
「答えてくれたら命は助けてやる」
「うーん……」
 命は助かりたいけど。
「仲間にだって手出ししない」
「うーん……」
 手出しされないにこしたことはないけれど。
「パンツくらいなら見せてやる」
「うーん……え?」
 まぁパンツは見たいけど。
 
──と、その時、倉庫の外から騒がしい音が聞こえて来た。
 
「ここから出せっ!」
 入口の見張りをしていた女の声だ。
 
カイはルイが来てくれたのだとホッとした。
 
「モナカシスターズ、警戒して」
 と、カイを見張っていた女が言った。
「モナカー?」
 黙っていられないカイが笑いを堪えながら訊く。
「コードネームよ。ちなみに私はセクシーエンジェルなの」
 
カイはレイコンマの速さでタケルのことを思い出した。そのおかげて吹き出すことを免れたが、こんなことに利用されたタケルからしてみれば複雑だ。
 
「まかせてエンジェル」
 と、モナカシスターズは目配せをして入口のドアの前に立ち塞がった。邪魔なカイの刀はその辺に放り捨てられた。
 
カイはアールが彼女たちの仲間だったらどんなコードネームを付けられていただろうかと思う。スモールエンジェル? スモールファンキーガール?
 
そしてカイが捕らえられていた倉庫のドアが開けられ、ロッドを構えたルイが険しい顔で現れた。
モナカ姉妹が同時に襲い掛かるも、ルイが振るった結界で囲まれてしまった。
 
「ちょっと! こんなもんで囲むなんて卑怯よっ!」
「そうよ! 正々堂々と戦いなさい!」
 
狭い結界の中で大きな体を揺さぶりながらモナカシスターズは叫んだ。
 
「すみません。勝てる気がしなかったもので」
「──は?」
 
ルイは結界で囲んだモナカシスターズの横を通り抜け、コードネーム、セクシーエンジェルの前で立ち止まり、ロッドを傾けた。
エンジェルはカイの後ろに立ち、刀の刃を彼の首に当てていた。カイの刀だ。
 
「手荒なマネはしたくありません。カイさんを解放していただけますか」
「…………」
 エンジェルは無言でルイに視線を向けている。
「聞いていますか? カイさんを解放してください」
 
ルイが険しい顔でもう一度そう言うと、エンジェルは動揺したように目を泳がせた。
 
「あ……は、いや、解放は……出来ない」
 
その様子に、椅子に縛られているカイは顔を上げて後ろに立っているエンジェルを見遣った。
 
──ん? 顔が赤いなぁ。
 
「なぜ、このようなことを? 僕のところにも住人が数名、やってきましたよ」
「わ、私は命令されてやってるだけだ!」
 そう叫んだあと、カイが自分を見上げていることに気づいて睨み返した。「見てんじゃねぇ!」
 
カイは顔を前に向け、小首を傾げた。
さっきまでの態度とまるで違う。ルイが来てから急に気弱になった。
 
「命令というのは?」
「わ、私たちはムスタージュ組織の一員、第十五部隊隊長ロンダ様の部下だ!」
 
ルイは無言で視線を落とした。
ムスタージュ組織。以前アールの口から知らされた名前だ。
 
「ムスタージュ組織……」
「私たちはあんたらを阻止しなきゃならないんだ! だから……その……」
「なぜですか」
「それは……言えない」
「なぜです?」
「だからそれは……言えないんだってば! ただ、凄く単純な理由で……」
「セクシーエンジェル! それ以上のことは言ってはダメよ!」
 と、口を挟んできたモナカシスターズにカイは再び吹き出しそうになったのを堪えた。
 
ルイはというと特に動揺もしていないようだった。
 
「モナカシスターズを解放してあげて。それが先よ」
 と、エンジェル。
「ですが……」
 と、ルイはモナカシスターズを見遣る。
 
解放した途端に暴れ回られては困る。
 
「大丈夫。私の命令は絶対だから。──あんたたち、解放されたら外で待ってて」
 モナカシスターズにそう言ったあと、後ろに立っていた見張りにも命令した。「あんたたちも外に出て」
「ですが……」
 と、見張りは口ごもる。
「命令よ。なにかあったら呼ぶわ」
 
ルイはなにか企んでいるように思えたが、警戒しながらもモナカシスターズの結界を外した。
 
倉庫内には椅子に縛られたままのカイと、彼の後ろに立って刀を向けているエンジェル、そしてルイだけが残された。
解放されて倉庫の外に出されたモナカシスターズは、閉ざされた倉庫のドアを見遣り、言った。
 
「セクシーエンジェル、大丈夫かしら」
「大丈夫だとは思えないわね。だってあの子……」
「面食いだものね」
「えぇ、完全にエンジェルのドストライクじゃない? あの男……」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -