voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール6…『謎の老人』

 
湯舟から上がり、脱衣所のドレッサースペースにあったドライヤーで髪を乾かした。この世界に来るまではクシで髪をときながら乾かしていたが、今では手ぐしでも髪が絡まってしまい、乾かすのに時間が掛かった。
気分が優れないまま、部屋へ戻ろうと廊下を歩き、はたと足を止めた。
 
 部屋……何号室だっけ?
 
部屋を出る時、確かめておくのを忘れていたのだ。取り敢えず2階へ上がり、廊下をうろついてみたけれど、全く分からない。
すると、一室のドアが開き、一人の老人が顔を覗かせて声を掛けてきた。
 
「──お嬢さん」
「え? は、はい……?」
「ちょいと手を貸してくれんかね」
「……はい」
 
その老人は、80代くらいのお爺さんで、腰を曲げ、フード付きの随分と古びた茶色いコートを身に纏っていた。
老人に手招かれて部屋へお邪魔したアールは、入口に立て掛けてあった太くて大きな杖に目を奪われた。
 
「こっちじゃよ」
 老人はそう言って部屋の奥へ入ると、冷蔵庫を指差した。
「上に置いとったら裏に落ちてしもうてな。取ってくれんか」
「何が落ちたんですか?」
「ペンダントじゃよ」
 そう言われ、アールは冷蔵庫を退かそうと試みたが、びくともしない。
 
棚の上に置かれた小さな冷蔵庫は、自分でも持ち上げられそうな大きさだと思ったのだが、どうやら棚に固定されているようだった。仕方なく隙間から手を伸ばした。
 
「あれ? ……無いですね」
 
上や横から隙間を覗いてみても、暗くてペンダントが何処にあるのか分からない。
 
「もしかしたら棚の下まで落ちたのかもしれんな」
「そうですね、ライトか何かありませんか?」
「受け付けで借りてこよう」
「あ、なら私が行ってきます」
 そう言って一先ず部屋を出ると、タイミング良くルイが2室隣の部屋から出て来た。
「え……、アールさん?」
 と、ルイは別室から出て来たアールに驚いた。
「ルイ! そこの部屋だったんだ……。あっ」
 
アールは思い出したように、自分の部屋へ戻り、シキンチャク袋から携帯電話を取り出した。自分の世界から持ってきたものだ。
 
「どうしたのですか?」
 と、ルイが尋ねる。
「あそこの部屋のおじいさんに頼まれて……」
 
アールは老人が泊まっている部屋へ戻ると、ケータイのサイドキーを長押しして、バックライトを点けた。隙間を照らす。
 
「あ! ありましたよ。やっぱり棚の裏まで落ちてますね……。長い棒とか無いですか?」
 と、アールが老人に尋ねると、ルイが部屋に入って来た。
「失礼します。これを使って下さい」
 そう言うと、ルイは自分のロッドをアールに差し出した。
 
──ロッドをこんなことに使ってもいいのかな……。
アールはそう思いながらもロッドを受け取った。初めて手にしたロッド。思っていたより重量感がある。
 
ペンダントが落ちている隙間に入れようとしたとき、「やめなさい!!」と、老人が叫んだ。
 
「ご、ごめんなさい!」
 アールは咄嗟に謝った。
 ルイはアールの前に背を向けて立ちはだかり、老人に問い掛けた。
「失礼ですが、ルヴィエールに来る途中、5匹の魔物を倒したのは貴方では……?」
 その言葉に老人はじっとルイの目を見つめ、微笑んだ。
「君達も“外”から来たんじゃな」
「えぇ」
「え? このおじいさんが?」
 と、アールは驚いた。
 
ルイは振り返り、アールの手からロッドを受け取った。
 
「部屋の入口に杖がありました。魔力を持っているようでしたので、もしやと思いまして」
「ならば訊けばいいものの、何故小細工をしおった」
「貴方が良い人かどうか分かりませんでしたから」
「小細工?」
 と、アールは2人の会話に入った。
「僕はわざと、ロッドを持ってきたのですよ」
 ルイはそう答え、
「探している物も、魔力を持った物では?」
 と、老人に再び質問を投げかけた。
「そうじゃ。そのロッドを使っても構わんが、ペンダントに吸い込まれるかもしれんぞ」
 
老人は悪い人には見えないが、ルイと老人の間には重い空気が流れていた。
 
「あの……取り敢えず、長い棒ないかな?」
 いまいち状況が読めないアールは、ペンダントを取り出すことを優先した。
 
結局、フロントで人を呼び、隙間に落ちていたペンダントを取り出して貰った。
老人は、その蛇が円を描いているペンダントを満足げに首に掛けた。
 
「すまなかったね、お嬢さん」
「いえ……。結局私はお役に立てませんでした」
「そっちの少年はまだ警戒しておるようじゃな」
 
老人はルイの方へ目をやった。
ルイはアールの隣でロッドを手にしたまま、老人に警戒心を向けていた。
 
「ワシは何もせん。まぁ座りなさい」
 と、老人が椅子を引き、手招いた。
 
その表情は決して何かを企んでいるようには見えない。
アールは何の疑いもなく椅子に座った。
 
「君も座りなさい」
 と、老人はルイにも声を掛けた。
「僕は結構です」
 ルイは断り、アールの近くに身を寄せるようにして壁に寄り掛かかった。
 
老人はテーブルを挟んでアールの向かい側に腰掛けると、二人の警戒を解くように優しく、話し始めた。
 
「ワシの名はセル。とある人物を捜して旅をしておる。君達はなぜ旅をしておるんじゃ? まだ若いようだが……」
「私はりょ……アールです」
 と、思わず“良子”と言いそうになりながら、自己紹介をした。
「僕はルイと申します。僕達も人を捜しています」
 そう答えたルイの言葉にアールは疑問を抱いたが、『人を捜している』と答えたのは警戒してのことだろうと直ぐに察した。
「そうかい……。5匹のモンスターを倒しただけで警戒されては敵わんな」
 と、老人はそう言って苦笑いを浮かべた。
「何故あのような殺し方を?」
 と、ルイは訊いた。
「あぁ、うちの子は心臓が好きでね……」
 そう言った老人の言葉に、アールは自分の耳を疑った。
「うちの子……?」
「紹介しようか。ちょいと待っててくれ」
 老人は席を立ち、部屋の入口に立て掛けていた杖を手に、戻ってきた。
 
ルイはまた、アールの前に立ってロッドを構えた。アールも思わず立ち上がり、ルイの後ろで身を縮めた。
 
「おやおや、随分と警戒心が強いのぉ。ワシの子はモルモートじゃよ」
「モルモット?」
 とアールが言うと、
「モルモート?!」
 と、アールの問いを訂正するようにルイがそう叫んだ。
 
老人は杖を天井高くまで上げると、「ご挨拶じゃよ」と言って杖を振り下ろした。杖が光を放ち、狭い床を照らした。床に真っ黒い不気味なサークルが広がり、その下からゆっくりと大きな獣が姿を現した。まるで地獄から悪魔が這い上がってきたかのような光景である。
 
「ご挨拶しなさい、リリちゃん」
「リリちゃん……?」
 アールはルイと声を合わせて訊き返した。
 
うずくまっていた獣は静かに顔を上げて二人を見遣ると、ブォー!! と鳴き声を発した。その顔はまるで……
 
「イノシシ……? 巨大ブタ?」
「アールさん、モルモートという魔物ですよ」
「足が……ない?」
「毛で隠れているのです。モルモートは足が短く、動きも遅い生き物です」
「短足なんだね」
 アールがそう言うと、
「あまりリリちゃんの悪口を言わんでくれ」
 と、老人はモルモートを撫でながら苦笑した。
「ごめんなさい。飼ってるんですか?」
「そうじゃ。旅の途中、怪我をしておってな、一晩面倒を見てやったらついてくるようになった」
「この子が心臓を……?」
「雑食じゃからの、たまには美味しいものを食わせてやりたくなる」
「大人しいですね」
 と、いつの間にか警戒心を解いていたルイがモルモートを撫でながら言った。
「あぁ。本来の姿を取り戻したのかもしれん」
 
──本来の姿……。
アールはルイの後ろからそっとモルモートに手を伸ばすと、老人が直ぐ止めに入った。
 
「お嬢さんは止めておいたほうがいい。リリちゃんは女が嫌いじゃ」
「そうなんだ……ガッカリ」
 しかし、直ぐにモルモートがアールの手に鼻を近づけてきた。
「なあに?」
 
決して可愛いとは言い難い容姿だが、動物好きのアールはつい、手を延ばした。すると、モルモートは気持ち良さそうに目を閉じた。
 
「おやおや、これは珍しい……」
 と、老人も驚いていた。
「これって、私が女性と思われてないってことじゃないですよね?」
 と、アールがモルモートを撫でながら言うと、老人は、「どうじゃろうな」と、少し意地悪げに笑った。
 
 

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