voice of mind - by ルイランノキ


 カスミ街と海2…『カスミ街』




──思い返してる。
 
旅の始まりから今日までのことを、少しずつ、ゆっくりと。
頭と心の中を整理するように。
 
向き合うのが怖い。そんな思い出もある。
 
どうして人は自分の感情を思いのままにコントロールできないのかな。
自分のことなのに。
自制心の問題なのかな。そんな単純なことなのかな。
 
簡単に環境に流されてしまう。
それは 生きてゆく術 なのかな。
 
わからない。
 
私は大切なものはずっとずっと大切にしていたいと思ってた。
手放すつもりなんかなくて、代わりになるものなんか必要としていなくて……
それなのに。

━━━━━━━━━━━
 
一行はシオンとデイズリーに別れを告げ、船を降りた。
 
時刻は午前7時10分。
カスミ街に入るには、陸から少し離れた場所にある小島にて入港書を貰う必要があった。
そしてカスミ街に下り立ったアールは暫しスペインの白い町並みに似た美しい風景に目を奪われた。谷底村に逃げた娘たちのことといい、マスキンのことといい、あまり良いイメージがなかったからだ。
  
白い建物が多いからか、清潔感すらも感じてしまう。すれ違う人々も優しそうに微笑み、挨拶を交わしてくれた。
 
「念のため宿を確保しておきましょう」
 と、ルイは宿を探す。
「悪いが別行動でいいか?」
 と、シド。「宿が決まったら連絡してくれ」
 
シドはそう言って足速に街中へ消えていった。
 
「何か用があったのかな」
 アールはシドが去った方角を見遣った。
「資金稼ぎかと。──ヴァイスさんもいませんね」
「え?」
 
アールは周囲を見回した。いつの間にかヴァイスもいなくなっている。
 
「じゃあ俺は女の子ナンパしてこよっかなぁ」
 と、カイ。
「ナンパよりマスキンの手助け優先でしょ」
 と、アール。「ルイ、私達も別行動でいいかな? なるべく早くマスキンの息子さん捜してあげたいし」
 
マスキンはお願いしますと頭を下げた。
 
「わかりました。では宿が決まり次第、連絡します。僕はそのあとアーム玉の在りかを探しますが、アールさんもなにかあったらすぐに連絡してくださいね。駆け付けますから」
「うん、ありがとう」
 
アールはマスキン、カイ、スーを連れてマスキンの子供を捜すことにした。
すぐにマスキンが先頭を歩き、記憶を頼りにかつて住んでいた地域へ向かう。
 
「ねぇ、結局あのエテルネルライトの中に閉じ込められていた子供って、なんだったの?」
「わかりませんけど?」
 マスキンは時折空気中のにおいを嗅いだ。「でも実験ではないかと」
「実験……」
 アールは暗鬱になった。
「人間の考えることはよくわかりませんけど? え?」
 
すれ違う人達が物珍しそうにマスキンに目を向ける。
小さな男の子がマスキンを指差し、笑顔で近づいてきた。だけどすぐに母親が男の子の腕を掴んで阻止すると、私達に目を向けて笑顔をつくり、頭を下げて去って行った。
男の子はふて腐れながら母親に手を引かれていた。
 
「この街の人々は外面(そとづら)だけはいいんです」
 と、マスキンは先頭を歩きながら言った。
「そう……」
「笑顔で人身売買する人々です」
「…………」
「私達は貯蓄として飼われて売られるのはわかりますけど」
「……家畜かな」
「お金のために同じ仲間を売買するなんて考えられませんね。理解に苦しみますけど?」
「……そうだね」
 
不意に、後ろが静かだなと思った。カイの気配がない。
 
「あれ……? カイは?」
 
──いない。
ついてきてると思ったのに。
 
「面倒くさくなったのでしょうか?」
 と、マスキン。
「面倒くさかったらそう言うよ……勝手にバックレたりするタイプじゃないのに」
「ばっくれ?」
 マスキンは首を傾げた。
「どうせ可愛い女の子でも見つけてふらっとついてったのかな。──私だけじゃ心細い?」
 
アールの問いに、マスキンは首を振った。
 
「は? 心強いですけど?」
「よかった」
 アールは優しく微笑んだ。
 
「私が住んでいたところはここから大分先になります。ここは街の西側です。私の生まれた場所はずっと南東で街外れになりますから」
「そう、日が暮れるほど遠いわけじゃなくても、自転車かなんか借りていこうか」
 アールは辺りを見回した。
「は? 私三輪車しか乗れませんけど?」
 背の小さなマスキンは困ったように言う。「お金もありません」
「私が漕ぐ自転車のカゴか後ろに乗ったらいいよ」
 
レンタサイクルを探していると、スーパーが見えてきた。屋根に掲げられている看板に《カスミスーパー》と書かれている。
 
カスミスーパーに差し掛かる手前に、細い路地裏がある。
何気なく路地裏に目をやると、人が並んでいる場所があり、その中にヴァイスの姿が見えた。アールが思わず足を止めると、ヴァイスは更に左奥へ入り、見えなくなった。
 
「あそこはゲートボックスがありますけど?」
 と、マスキン。
「そうなの? あんなところに?」
「は? カスミ街には二カ所にゲートボックスがありますけど?」
「ヴァイスどこに行ったんだろ……モーメルさん家?」
 
もしかしたら見間違いかもしれないと、アールはまた歩き出した。
 
「自転車を貸しているお店なんか見たことないですよ?」
「えー、じゃあ歩きで行くしかないか」
 
街の中を横切るように用水路が流れている。その上に掛けられた小さな橋を渡ると、白い壁の建物の隙間から遠めに森の樹々が見えた。
 
「カスミ街の北東には行かないほうがいいですよ」
 と、マスキン。
「どうして? 東北ってどっちだろう」
 
マスキンは東北を差し、言った。
 
「あっちです。闇取引が多いんです。立入禁止区域があります。人身売買など行われる場所ですね」
「そんな街には見えないのに」
 アールはため息を零した。
「でも魔道具店もありますけどね。一般的なものからなかなか手に入らないものまであるかと?」
「じゃあルイに知らせなきゃね」
 
歩き進めるにつれて、マスキンの口数が少なくなっていった。マスキンの足取りも重く、明らかに歩くスピードが落ちていたが、アールは敢えて急かすようなことはしなかった。
 
そしてとうとうマスキンの足が止まったとき、アールはマスキンの視線を辿って一軒の家を見遣った。
これまで見てきたスペインのような町並みから一変し、その家は茅葺屋根で、裏には柵で囲まれた小屋のようなものがあるが、中は雑草でうめつくされ、使われている形跡はない。
ここだけ見れば日本の昔話に出て来そうな光景だった。
 
「大丈夫……?」
 アールはマスキンの小さな背中に優しく声を掛けた。
 
それを合図に、意を決したマスキンは茅葺屋根の玄関へ駆け出した。
玄関の引き戸は開けっ放しになっていた。よく見ると茅葺屋根は一部崩れているように見える。
 
アールはマスキンを追いかけず、玄関の前で立っていた。人の気配はない。もう長く使われていない佇まいだった。
 
暫くして、マスキンが中から顔を出した。浮かない顔で家の外に出てくると、寂しそうに辺りを見遣った。
アールは掛ける言葉が見つからず、マスキンから言葉が発せられるのを待った。
 
マスキンはかつて家畜がいたと思われる小屋の前でへたりこんだ。
 
「私の息子を実験に利用した魔術師も、息子も、どこにいったのでしょうか?」
 と、マスキンは足元に視線を落としたまま、弱々しく訊いた。
「……手がかりは?」
 アールはマスキンの横に膝を付いた。
「わかりません……」
「探してみるね」
 
アールはそう言って、以前マスキンが住んでいた家の室内に足を踏み入れた。
 
玄関で靴を脱いでから畳みの部屋に上がったが、畳みは湿っていて軟らかい。一度玄関に戻り、靴を履いて再び入り直した。
箪笥や机といった家具は一切ないが、畳みについている四角い凹みや色の違いでかつてはそこに箪笥などが置かれていたことはわかる。
 
マスキンはどのくらいぶりにカスミ街へ戻ってきたのだろう。マスキンは捕われた息子をどれほどの間待たせていたのだろう。少なくともこの建物の外観や内装からして、人がいなくなって数ヶ月や一年程度の経過とは思えなかった。
 
アールは一通り部屋を確認してから外に出た。
小屋の前にいたはずのマスキンの姿はなく、変わりに筋肉質な男が5人ほど、アールを待ち構えていた。
そしてよく見ると、ガタイが大きい男の足の後ろに隠れるように、マスキンが立っていた。
 
一瞬、思考が停止する。
そしてすぐに働きはじめる。
 
声に出ない質問をマスキンに投げかけた。
 
──どこまでが 嘘 で、どこまでが 本当 の話なの?
 

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