voice of mind - by ルイランノキ |
アールはヴァイスを捜しに堤防まで登ってきたが、彼の姿はなかった。
どこに行ったんだろう。
堤防の上を東側に歩いてみた。すると、墓場にぼんやりと人影が見えた。
島に街灯がないが月の光がぼんやりと島を照らしている。
「ヴァイスー?」
はっきりとは見えない。もし亡霊だったらと思うと急に寒気がした。
「おーい!」
堤防の上からもう一度声をかけると、墓場にいた人影が外に出てきた。ヴァイスだ。
堤防の上にいるアールを、無言で見遣った。
「ヴァイス、明日朝6時に出発だって」
アールがそう伝えると、ヴァイスは地面を軽く蹴ってふわりとアールの横に降り立った。
「わざわざ言いに来たのか」
「あ、うん。よかったら連絡先教えて? ケータイ持ってる?」
「ケータイ……?」
「携帯電話」
ヴァイスはズボンのポケットから携帯電話を取り出し、アールに渡した。
その時、ヴァイスの腕にプレゼントした防御力を上げるブレスレットが身につけられていることにアールは気づいた。
──あ、付けてくれたんだ!
嬉しくてにやけそうになるのを堪えた。
アールは自分の携帯を取り出して、ヴァイスの電話番号を登録した。そして自分の番号をヴァイスの携帯に登録する際、名前欄に“アール”と入れたときに違和感を感じていた。
“良子”と入れるのはますますおかしいのだが。
「ありがとう。これからはなるべく電話にするね。あ、でもあまり電話しないようにするから」
と、アールは携帯電話を返した。
「なぜだ?」
「ん? 電話嫌いでしょ?」
ヴァイスは少し驚いたが、表情には出さなかった。
「……よくわかったな」
「だいたいわかるよ。口数少ない人で電話するのが好きな人のほうが珍しいじゃない」
と、アールは笑った。
「そうだな」
アールは月明かりを水面に浮かせた海を眺めた。
夜の黒い海もなかなかいい。
「みんなとは、仲良くなれそう?」
アールの問いに、ヴァイスは黙ったまま海を眺めた。
「私もはじめ、彼等は別世界で生きる人間で、とても打ち解けられないと思ってた。打ち解けようとも思ってなかった」
ヴァイスは相槌さえもせずにアールの話しに耳を傾けていた。
「でも、いつの間にか、嫌でも、打ち解けちゃうね」
そう言って苦笑したアールはどこか、切なげだった。
こんなはずじゃなかったはずなのにと、言っているようでもあった。
「時に、流れに身を任せることも」
と、ヴァイスは口を開いた。「生きてゆく為に必要なのだろうな」
アールは、暫くヴァイスの横顔を眺めたあと、そうだねと、静かに頷いた。
「眠くなってきた。そろそろ戻るね」
と、アールは欠伸をした。「ヴァイスもたまにはみんなと一緒に寝たら?」
「…………」
「まぁみんなと寝る必要性はないけどさ」
ヴァイスはアールに目をやった。
「お前は私の言いたいことを読み取るのが上手いようだな」
「そうかな。じゃあヴァイスの心の読み取り検定試験があったら合格しそうだね」
「…………」
「人がボケたらつっこむのが礼儀だよ」
と、アールは頬を膨らませた。
「そのような礼儀作法は習っていない」
「そのような礼儀作法は存在しないよ」
「……そうか」
──明日の朝には島を離れる。
そう思ったとき、雪が募るように、心に寂しさが募っていった。
島は穏やかだった。魔物は洞窟内にしか現れないし、15メートルの高さの堤防に囲まれているグリーブ島は外の危険な世界から隔離されているような安心感があったし、なにより、親友の久美に似ていたシオンとの別れがあったからだと思う。
シオン
私ね、家を出るときに行ってきますと言わなかった、ただそれだけのことを、心がチクリと痛むほど後悔しているの。
だからきっとシオンはもっと後悔しているよね。
私が島を出る前にもっと強く、テオバルトさんと仲直りするように、和解するように、促せばよかった。
そしたらシオンの心についた傷の深さは、変わっていたのかな。
久美にそっくりなシオンと出会えたこと、今でも何かもっと深い意味があったんじゃないかって思ってしまう。
ただ似ていたというだけなのに意味を求めるなんて、こじつけかな
「おやすみヴァイス。また明日」
「あぁ」
ヴァイスはアールが去ったあと、小さく呟いた。
「おやすみ」
Thank you... |