voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱37…『微笑みの』

 
「なーにしてんだ?」
 鉞担いだデイズリーが、暗い砂浜にいたマスキンに声を掛けた。
 
マスキンはその声に振り向き、見上げた。頭にはスーが水泳帽子のように伸びて乗っている。
 
「は? えーっと、シオンさん」
「バーカ、俺はデイズリーだ」
 
デイズリーはマスキンの隣に腰を下ろすと、堤防が途切れている間から海を眺めた。
 
「私、カスミ街に息子たちがいるんです。多分、無事ならば」
 マスキンも海を眺めた。
「へぇ、会いに行くのか?」
「は? あ、えぇ。会いに行くというか、助けに行くというか、迎えに行くというか」
「んー、なんか複雑な事情があるみてぇだな」
「はい、そうなんです。えぇ」
 
穏やかな潮風が島に流れ込んでくる。
時刻は午後8時過ぎ。夜空には星が瞬いている。
 
「浮かない顔じゃないか。不安なのか?」
 デイズリーはマスキンを見遣った。
「はい、色々と。私の子供は他にもいるんです。迷宮の森にいる子供たちの面倒は暫く仲間に頼んだのです。しかし私が無事にカスミ街にいる子供たちを連れて戻れるかわかりません。街に残した子供たちが生きているかわかりません。私が生きて帰れるかわかりません。沢山、不安なんです」
 
マスキンは視線を落とすと、砂浜を2匹のカニが横断していた。親子だろうか。
 
「俺も自分の村に息子がいるんだ」
「え、谷底村ですか?」
「いや、ありゃ俺の村じゃねぇよ。リトール村っつー小さな村だ。なかなか帰れねぇし、妻や息子になにかあってもすぐ駆け付けてやることも出来ねぇ。互いに心配しあってんだが……あいつらはもしもの覚悟もしているよ」
 と、デイズリーは苦笑した。
「もしもの覚悟?」
「俺に何かあって二度と帰って来なくなるかもしれない覚悟だよ」
「…………」
 
デイズリーは立ち上がり、鉞を肩に担いだ。
 
「悲しいことに、子供ってのは成長が早いし、親がいなけりゃいないで、強く生きていけるんだ」
 マスキンはデイズリーを見上げた。
「それは……嬉しいことでもありますけど?」
「あぁそうさ。悲しくも嬉しいことだ。愛する家族を置いて来ちまって不安なのはわかるが、覚悟して決めたことだろう? お前は今やるべきことだけに集中して、命懸けで挑めよ。後ろ髪引かれる思いを抱えたままだと足を掬われるぞ」
「……そうですね」
 と、マスキンは決意したように立ち上がった。
「頑張れよ、かあちゃん」
「は? 言われなくてもがんばりますけど?」
「はははっ、応援してるよ。──ちったぁ、シオンのやつも親元離れて独り立ち出来るようになりゃいいんだけどなぁ」
「シオンさん?」
「まぁシオンも俺にとっちゃ娘のようなもんだからな。勿論、テオバルトさんにとっても。だからこそ力強く飛び立つ姿を見せて欲しいんだが……どうだろうな」
 
━━━━━━━━━━━
 
テオバルトの家では、戻ってきたルイ、シド、そして起きたばかりのカイ、アールが洞窟から持ち帰った伝説の武器を囲んで座っていた。
テオバルトだけは目を輝かせてそれを四方八方から眺め、満足げに頷いているが、シドたちは腕を組んで「うーん……」と唸っている。
 
なぜなら、ルイたちが持ち帰った伝説の武器は、トライデントという“銛(もり)”であったからだ。
残念ながら銛を武器としている仲間はいない。
 
「素晴らしい三叉の銛じゃな。これは風と水を起こすことが出来る。火と土属性の魔物によい」
 と、テオバルトは言った。
「売っちまうか。高く売れるだろ? その金で新しい刀を買うかしようぜ」
 シドはガッカリしたように床に寝転がった。
「好きにするといい。わしは拝めただけで十分じゃ」
 テオバルトは席を立ち、作業場へ向かった。
「では一応頂いておきますね」
 
ルイはそう言って手に入れたトライデントをシキンチャク袋に仕舞い、台所へ向かった。
ルイとシドはまだ夕飯を食べていなかったからだ。
 
「カイ、刀使わないなら銛に変えてみたら?」
 と、アールは提案してみた。
「もりぃ? だめだめ。かっこよくないもん」
 カイは欠伸をした。
「じゃあ銛を使える人を仲間にするとか!」
 
アールがそう言うと、寝転がっていたシドの眉間にシワが寄った。
 
「これ以上人数増やしてどーすんだよ。旅費はかかるしただでさえ纏まりねぇのにひとり増えたら余計に纏まりなくなんだろーが面倒くせぇ」
「……人数、多ければいいってわけじゃないんだね」
「あたりめーだ」
 と、寝返りを打つシド。
 
「女の子なら仲間にしたいねぇ」
 カイは考え込むように言った。「銛を武器とする女の子……かっこいいじゃない!」
「女の子なら誰でもいいんでしょ?」
 と、アール。
「あ、シオンちん誘ってみる?」
「危険な旅に誘うなんて出来ないよ。人手が足りないわけじゃないのに」
 
カイは口を尖らせ、アールを睨んだ。アールはそんなカイにあっかんべーをして、ルイの手伝いをしに台所へ行った。
 
「ねぇシドちん」
「誰がシドちんだ。きしょくわりぃ」
「アールちん可愛いよねぇ」
「…………」
「俺、シオンちんを仲間にしようとしないアールちんを睨んでみたらさ、あっかんべーってされたちん……」
「…………」
「チョー可愛くない? シドちん」
「うっせーな、可愛くねぇよ!」
 と、シドは体を起こした。
 
夕飯が出来るまで一眠りしようと思っていたが、カイが煩くて眠れやしない。
 
「んもぅ、じゃあシドはどういう女の子を可愛いと思うのさ!」
 
──と、その時、隣の部屋の戸が開いて、シオンが顔を出した。
 
「それ私も訊きたい」
「あ?」
「シオンちん、そこにいたんだねぇ、気づかなかった」
 
シオンはシドの隣に座り、改めて訊く。
 
「シド君ってどんな女の子が好きなの?」
「さぁな」
 面倒くさそうにそう言った。
「俺はねぇ、シオンちんみたいな女の子かなぁ」
 と、カイ。
「アールの前ではアールみたいな女の子って言うんでしょ」
「まぁまぁそう嫉妬しないでよぉ」
「してないから。」
 
台所ではルイが温めなおしたおかずをお皿に盛りつけていた。
アールは飲み物の準備をしながら、ルイを見遣った。
 
「ルイ大丈夫? 二の腕……」
 血が滲んでいる。
「え? あ、はい。大したことありません。消毒しておきましたから、すぐに治りますよ」
「そっか、よかった。──洞窟に出た魔物、手ごわかった?」
「武器が強化されていたので、さほど苦労はしませんでした。回復薬も最初に一度使った程度ですよ」
 と、ルイは微笑む。
「微笑みの貴公子って感じだね、ルイは」
「……?」
 ルイは困惑したように笑う。
「シドが微笑んだとこなんか見たことない。ほくそ笑むことはよくあるけど。ばか笑いとか」
 
ルイは虚空を見遣り、思い返してみた。
 
「……確かにそうですね」
「でしょ? あ、明日何時起き?」
 
ルイがシドの晩御飯をお盆に乗せて持ち上げた為、アールはルイの晩御飯を持ち上げて囲炉裏のある居間へと運ぶ。
 
「デイズリーさんに訊いていただきたいのですが、お出かけのようですね」
「マスキンもいないの。もうすぐ帰ってくるかな」
 
ルイとシドが遅い晩御飯を食べはじめると、既に食べ終えていたカイが物欲しげに眺めていた。
 
アールはデイズリーたちの様子を見に玄関を出ると、ちょうど2人が帰ってきた。
明日は朝6時には島を出るとのことだった。
アールは玄関の戸を閉めようとして、思い止まった。ヴァイスにも伝えたほうがいいと思ったからだ。
 
「どこ行くんです?」
 と、家を出てゆくアールにマスキンが声を掛けた。
「あ、ヴァイスに明日の時間教えてくる。携帯電話の番号まだ知らないから」
 

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