voice of mind - by ルイランノキ |
──雪斗
どうしてか、グリーブ島に来てから私は君のことを前ほど躊躇なく思い出して、話せるようになっていた。
今ならその原因がなんとなくわかるけれど、認めたくなかったんだ。
この世界での生活に慣れたからじゃない。もっと苦しい、認めたくはない、気づきたくはない理由だった。
私は君を必死に思い出さなければならなかった
必死に思い出して、君を近くに感じていなければいけなかった。
無意識に。
雪斗、クリスマスに君へプレゼントした腕時計の針はきっと、止まっているんだよね。
もしペアで買っていたのなら、私の腕時計の針だけ時を刻んでいたのかな。
そんなことを考えると無性に胸が苦しくなるんだ。
でもそんな胸の苦しみは、きちんと受け入れられるようになっていったよ。
君を想うから生まれる痛みだから。
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「これ、ブレスレット」
と、アールは袋に入れたままヴァイスに渡した。
ヴァイスは無言でそれを受けとった。
「みんなも身につけてるの」
と、アールは左腕に付けているブレスレットを見せた。「スーちゃんはつけられないけど」
「…………」
ヴァイスはアールの腕に付けられたブレスレットを一瞥し、渡された袋に視線を戻した。
その表情はアールの目に、少し困惑しているように見えた。どうしたものか、と。
「身につけなくてもいいから」
アールは笑顔で言った。「でもせっかく人数分買ったから、ヴァイスが持ってて?」
「……あぁ、わかった」
そう答え、自分が仲間になると見越して購入していたのだろうと思った。
彼は彼で思い起こす記憶があった。緑の芝生と桃色の花が広がる丘の上。
彼女は白いロングスカートの裾が汚れるのも気にせずに、しゃがんで花を摘んでいた。
そんな彼女の元に歩み寄ったヴァイスは、相変わらず美しい彼女に心奪われるのだった。
「ヴァイス!」
彼女はヴァイスに気づくと立ち上がり、摘んだ花を見せた。
「見て? 花冠を作ろうと思うの」
「器用だな」
と、ヴァイスは優しく微笑んだ。
「ヴァイスほどじゃないよ。冠にするならもっと摘まなくちゃ。──あ、でもこのままでも」
彼女はヴァイス右手を掴み、手首に繋げた花を巻き付けた。
「可愛いかも! 花のブレスレット」
「…………」
ヴァイスは手首に巻かれた花を一瞥し、困ったように笑った。
「冗談よ」
と、彼女も笑い、花のブレスレットを外した。
「スサンナ」
ヴァイスは足元に咲いていた桃色の花を一輪摘み、彼女髪に挿した。
彼女は穏やかに微笑んだ。
「──似合う?」
「ああ、とても」
ふわりとヴァイスに抱きすくめられた彼女は、とろけてしまいそうな想いで彼の温もりを感じていた。
「今度はいつ村に来てくれる?」
幸せに満ちていた彼女の表情が少し曇る。「……ごめん、わからないよね」
彼女はヴァイスの胸に手を添えて、体を引き離した。
「直ぐに来る」
「すぐって……?」
問うたびに胸が締め付けられた。
重いと思われたくない。面倒な女だと思われたくない。
けれど、そんな気持ちよりも遥かに、もっと一緒に過ごしたいと想う気持ちが募って、いつだって別れのときは胸に寂しさが残っていた。
「一緒に、来るか?」
ヴァイスは彼女の頬に触れた。
彼女は顔を上げ、涙で滲んだ瞳を向けた。
「一緒にって……?」
「俺の村に」
「え……?」
ヴァイスの優しい眼差しは彼女の不安を取り除き、口づけをする直前に彼は囁いた。
「結婚してくれないか」
彼女は彼を求めるように、1cmの距離を自ら縮めて唇を重ねた。
鮮やかな緑の芝生、淡い桃色の花も、彼女の美しさを引き立てる真っ白いロングスカートも、彼女のブルーの瞳も、色づいた唇も白い肌もブラウン色の髪も、二人の空を彩る青もなにもかも、ヴァイスの記憶の中で色が失われて灰になる。
息を吸えば細かい灰の粉末が入り込み、喉を詰まらせ息苦しい。
灰色の風が吹く村で、炎に包まれながら息子の無事に安堵した父親を思い出す。
──父が残した愛用の銃で全てにけりをつけることが出来るだろうか。
「わぁ?!」
と、突然のアールの悲鳴にヴァイスは我に返った。
「またカナブン! なんなのもう! カナブンに好かれる女って!」
そう叫びながら堤防の上を東へと逃げてゆくアール。
ヴァイスの固い無表情が少し、和らいだ。
Thank you... |