voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱30…『乙女の恋心』

 
テオバルトの家では食事を済ませたシオンとデイズリーが、再び向かい合わせに座っていた。
 
「なぜ何も言わんのだ」
「ごめんなさい」
 
これで何回目の謝罪だろうかと、シオンはうんざりしていた。正直、何十回と謝った中で本気で非を認めて詫びたのは一度もない。
 
「謝ればいいと思ってるのか! お前は自分がどんな目に合ったのかわかってるのか?! 周りに迷惑までかけて!」
「ごめんなさい……ちゃんとみんなにも謝るから」
「当たり前だッ!!」
 
尽きないデイズリーの怒鳴り声を背に、ルイは台所で食器を片付けていた。
テオバルトは一度も作業場から出てこないが、カンカンと鉄を打つ音がする。
 
「さて、と」
 
洗い物を終えたルイは、デイズリーとシオンがいる居間に顔を出した。
 
「お取り込み中にすみません、少し出掛けてきますね」
「おう」
 
デイズリーが背中で答えた。
シオンは正座をさせられたまま、ルイを一瞥した。上目遣いで、無言のヘルプ。
 
ルイはそんなシオンに少し困ったように微笑んだ。
 
「──そういえばデイズリーさん、ここからカスミ街まで船でどのくらいかかりますか?」
「あ?」
 デイズリーは振り返った。
「そうだなぁ、ぶっ飛ばして1時間だな」
「燃料などは大丈夫でしょうか」
「ああ、心配ねぇ」
「そうですか、ではちょっと出掛けてきます」
「おう」
 
デイズリーはルイが去ったのを見て、シオンに体を向け直したが、そこにシオンはいなかった。
 
「あっ?! シオン! まだ説教は終わってねぇぞ!」
 
シオンは居間の奥にある部屋の窓から外へ逃亡したのだった。
後から外に出てきたルイに、走り寄り、手を掴んだ。
 
「ルイ君ありがとう! 逃げよう!」
「え?」
 
ぐいっと手を引っ張られ、ルイはシオンに連れられて海辺へ走った。
背後からデイズリーの怒鳴り声が響いていた。
 
「シオン戻ってこーーいッ!!」
 
━━━━━━━━━━━
 
海辺に砂のシンデレラ城のようなお城が立っている。
高さは40cm、マスキンの背丈と同じだ。
 
「カイさんは芸術家ですね」
 マスキンは感心したように城を眺めた。
「そうなのだよ。俺はねぇ、芸術的センスがずば抜けてすんごいの」
 
カイは拾った貝殻の角で細かな模様を施してゆく。
 
「これはどこのお城ですか?」
「俺の頭の中にある、アールと俺のお城だよぉ」
 そう言ってデレデレと笑うカイを、スーは城の上から見ていた。
「だからスーちん、下りたまえ」
「私が乗れるお城も造ってほしいんですけど? え?」
「えー、無茶言わないでよぉ……」
 
──と、その時、森の奥へ続く道から何やら仲がよさ気に手を繋いで走ってくるカップルがいた。
カイは愕然と貝殻を落として固まった。
 
「もう最ッ高! てゆうかデイズリーほんと説教長い!!」
 
シオンは息を切らし、笑った。
 
「あ、ルイ君まで逃げなくてよかったね、ごめんね」
 と、ルイの手を離した。
「いえ。でもよろしかったのでしょうか、逃げたりして……」
「いいのいいの。多分本人もお説教のやめ時がわからなかったはずだから」
 と、シオンは海を見遣った。
 
カイ、マスキン、スーがこちらを見ている。
 
「あれ? スキマスンじゃん!」
 シオンはマスキンを妙な呼び方をして駆け寄った。
「スキマスマキス・マスキングテープですけど?」
 マスキンは眉間にシワを寄せた。
「いいじゃない、スキマスンで」
「俺のことは無視ぃ?」
 と、カイは頬を膨らませた。
「あ、ごめんごめん」
 
不機嫌になったカイだったが、砂のお城をみて絶賛したシオンを見て、直ぐに気分が晴れた。
 
「すごぉーい! カイって器用なんだね!」
「まぁねぇーっ!」
 
満面の笑みでそう答え、すくと立ち上がってルイを睨みつけた。
 
「ちょっとぉ、いつからシオンちんとできちゃったわけぇ?」
「なんのことです?」
 と、ルイは首を傾げた。
「すっとぼけちゃってぇ。シオンちんとどこまでいったわけ?」
「どこまでとは?」
「手を繋ぐ、は済んでるでしょー? まさかっ……」
 と、カイは口を尖らせた。
「カイさんが思っているような関係ではありませんよ」
「え、じゃあなんで手なんか繋いで、きゃっきゃ、きゃっきゃしてたわけ?」
 
「私が無理矢理連れてきたの」
 と、シオンがカイの耳元で囁いた。
「わぁ! びっくりしたぁ」
「デイズリーに長々怒られてたのを助けてくれて。デイズリーが追い掛けて来そうだったから勢いでルイ君を引っ張ってきただけよ」
「なぁーんだ、じゃあやっぱシオンちんは俺が好き、と」
「は?」「は?」
 
シオンとマスキンは声を揃えた。
 
「私カイじゃなくて──」
「シドだ」
 と、カイが言った。
「え?」
「シド」
 と、カイはシオンの遥か後ろを指差した。
 
シドが海岸をジョギングで通り抜けてゆく。
シオンは無意識に手ぐしで髪を整えていた。
 
「何が面白いのかしらないけどぉ、さっきからぐるぐる島を走ってるみたいなんだよねぇ」
「私も行ってくる!」
「え?」
 
シオンは足場の悪い砂浜を全力で走り、シドを追い掛けて行った。
 
「シオンも走るのが好きなのかぁ」
「いえ、シオンさんが好きなのは走ることではないと思います」
 ルイの言葉に、マスキンがうんうんと頷く。
「じゃあ俺から逃げるのが好きなのかぁ」
 カイは再びしゃがみ込み、貝殻を拾った。「ほら、俺の側にいるとみんな俺のこと好きになっちゃうじゃん?」
 
「…………」
 マスキンとルイは無言で目を合わせた。
 
「シドみたいなのと一緒にいれば俺への気持ちを紛らわすことができるってわけだねぇ、うんうん」
「カイさんは……想像を絶する考え方をなさりますね」
 と、ルイ。ある意味感心するのであった。
「え? ほかになにか考えられるわけ?」
「…………」

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©Kamikawa
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