voice of mind - by ルイランノキ |
テオバルトの家に戻ってきたアールは、玄関のドアを開けようとしたとき、中からシオンが飛び出してきて驚いた。
「勝手なこと言わないでよ! 自分の将来は自分で決めるの! なんで赤の他人に指図されなきゃいけないの?!」
「シオン……?」
シオンは目の前に立っていたアールに驚いたが、何も言わずに海辺の方へと走って行った。
追い掛けようかと悩んでいると、ルイが玄関から顔を出した。
「アールさん……おひとりですか?」
アールは不安げにルイを見遣った。
「今のなに? なにかあったの?」
ルイは少し考えてから、口を開いた。
「シオンさんがテオバルトさんと口論になりまして」
「将来のこと?」
「えぇ……」
テオバルトはシオンにとって親代わりのようなものだと思っていた。でもシオンはさっき、テオバルトに“赤の他人”と言い放った。
おそらく勢いで言ってしまったのだろうとは思うけれど……。
「シオンさんは?」
と、ルイ。
「海岸の方に。カイがまだいると思う」
「そうですか」
2人は暫く無言になった。様子を見に行こうか互いに悩んでいたようだが、そっとしておこうと判断した。
「テオバルトさん、今なにしてる?」
と、アールは話題を変えた。
「裏の作業場で武器を見てもらっています」
「じゃあ忙しいか……」
「何かご用でも?」
「クロエのことでもうちょっと詳しく訊きたくて」
「そうでしたか。──とりあえず、中でお茶でも飲みませんか?」
「うん、いただく」
アールは笑顔でそう言って家の中へお邪魔した。
一方シドは洞窟の中で汗を流していた。
どこからともなく現れてくる吸血コウモリを薙ぎ倒し、壊れた鉄格子がある牢屋に放り込んでゆく。
暫く現れなくなると、地べたに寝転び腹筋、腕立て伏せを始めた。
そして再び吸血コウモリが現れると刀を振るった。
「もっとでけぇ魔物と戦いてぇなぁ」
刀を仕舞い、指をポキポキと鳴らした。
洞窟の中は風通しが悪いからか、熱が篭る。額から汗が流れ落ちた。
小さくため息をつき、壁に寄り掛かると虚空を見遣った。
シドの記憶の中で、美しい女性が微笑んでいる。
リアでもシェラでもない、ミシェルでもシオンでもない。
いつも腰まである髪をひとつに束ねていた彼女の髪は解け、傷だらけの体を隠すように、笑っていた。
シド……来てくれたんだね、ありがとう
シドがまだ幼い頃の記憶。
ヒラリー、大丈夫? 今度魔物が現れたときは俺が倒すから。これからは俺がもっとしっかりして、ちゃんと守るから
彼女の名前はヒラリーといった。
ありがとう……シド
俺、絶対強くなるから──
「…………」
シドは静かに刀を抜き、壁から背中を離した。
──52匹目。
斬りつけられた吸血コウモリの死骸がまた一匹増えた。
地面で伸びきった吸血コウモリの翼を掴み、壊れた鉄格子から牢屋に放り込んだ。
山積みになっている死骸。一番上に乗っていた吸血コウモリの死骸がごろりと崩れ落ち、シドの足元で止まった。
人間の頭ほどの大きさをしている吸血コウモリ。
不意にタケルの“頭”を思い出した。
胃液が逆流してくる気持ち悪さに、思わずえづき、酸っぱい痰を吐き捨てた。
──死んでも尚、語りかけてくる。
何が間違っていて何が正しいのかを。
「…………」
シドは血相を変えて足元に転がっている吸血コウモリを何度も何度も力任せに踏み付けた。
人の頭のように丸く硬い骨は踏み付けただけでは破壊出来なかったが、何度も繰り返すことで骨を覆っていた皮が剥がれ、シドの靴は吸血コウモリの血でベットリと汚れていた。
「……帰るか。腹減ったな」
シドは腕まくりをしていた袖で額の汗を拭い、洞窟の外に出た。
時刻は午後12時半。
テオバルトの家に戻ると、昼食のいい香りが空腹を刺激した。
Thank you... |