voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱21…『彼とカイ』

 
貝殻を拾ったものの、どうしようかと悩んでいた。
せっかくだから別世界での初海記念に持っていようか。
アールは左手に乗せた5枚の貝殻を見遣った。
 
そんなアールの元に、ルイがやって来た。アールに歩みよりながら、辺りを見回した。少し離れた砂浜の上にカイが大の字になって寝ている。
 
「アールさん」
 
ルイの声に、アールは振り向いた。
 
「ルイ、何か小さな入れ物、持ってない?」
 と、貝殻を見せる。
「綺麗な貝殻ですね」
 
ルイは腰に掛けていたシキンチャク袋から調度いいサイズの入れ物はないか探しながら、伝説の武器のことを話した。
 
「私は大丈夫だけど、マスキンさんは急がなくていいのかな」
 アールもマスキンのことを気にかけていた。
「先程お話ししたときは心の準備がしたいから大丈夫だとおっしゃっていましたが……」
 と、シキンチャク袋から小ビンを取り出した。「こちらでよろしいですか?」
「うん、ありがとう」
 
ルイは小ビンの蓋を開けてアールに渡した。アールはビンの中に五枚の貝殻を入れた。
 
「お漬物を入れていたビンですが、きちんと洗っていますので」
「うん」
 
ビンの蓋を閉めて、中の貝殻を見遣る。
少し離れた場所に寝転がっていたカイは、寝返りを打ってアールを見遣った。ルイが来ていることに気づき、ぼーっと2人を眺めている。
 
アールはルイと何やら楽しそうに話している。
不意に、アールはルイに抱き着いた。
ルイは動揺したが、直ぐに優しく彼女を抱きしめた。
 
「ルイ……私、少し疲れちゃった」
「僕の胸でよければいつでもお貸ししますから」
「ありがとうルイ……ルイは頼りになるね」
「そう言っていただけると嬉しいたけ」
「嬉しいたけ?」
「椎茸うれしいたけ」
「ふふっ、カイよりセンスあるぅー……」
 
──と、頬を膨らませながら妄想をしているカイ。
 
実際はアールがルイにネックレスにしている武器を元の大きさに戻して手渡していただけで、抱きしめ合ったりはしていない。
 
「カイさんよりセンスありますか?」
 と、カイの妄想は続く。
「あるわ。だからこれからはもっと駄洒落を言ってくダジャレ」
「ははっ、アールさんもなかなかやりますね」
「そうかな、カイほどではないかも」
「え……?」
「さっき、少し疲れちゃったって言ったじゃない?」
「えぇ」
「旅に疲れたんじゃないの。カイに疲れたの」
「カイさんの面倒を見ることに、ですか?」
「ううん……私、カイのこと好きになったみたいで、胸が苦しくて苦しくて辛くて辛くて。悟られないように自分の気持ちを隠すの、疲れちゃった」
 
──なんちゃって。と、カイはひとりで妄想し、ひとりでにやにやしていた。
 
「ではお預かりしますね」
 と、カイの妄想の中ではなく、現実のルイはアールから武器を受け取った。
「うん。タダで武器を強化してくれるなんてラッキーだね」
「えぇ。カイさんの武器も一応強化出来るか見てもらいましょう」
「え、待って」
 
アールはカイを見遣った。
カイは体を横にしてアール達を見ている。
 
「カイの武器って強化しても使わなきゃ勿体なくない?」
「そうですね。ですが、武器を買い替えるときがあれば売値が高くなります。ただ、そのためだけにあまり使わない武器を強化してもらうのは気が引けるので、強化するかどうかはテオバルトさんに任せましょう」
 
ルイはそう言ってカイと元へ歩み寄る。
寝転がっていたカイは、近づいて来るルイに気づいて上半身を起こした。
 
「なにしに来たんだろー。宣戦布告かなぁ。『アールさんは渡しません!』的なぁー?」
 
カイの予想は外れ、ルイは事の一部始終を話してカイからも武器を預かった。
 
「ちゃんとビビアンちゃん返してよぉ? 優しくしてあげてよぉ?」
 と、カイは愛用の刀をビビアンと呼ぶ。
「わかってますよ」
 
風は殆どなく、波の音は静かだった。
過ごしやすい気候ではあるが、静か過ぎた。
 
アールは海岸から森へ目を向けた。
鳥がいないからか、朝だというのに静まり返っていてなんだか物悲しい。
野性の鳥は殆どいない。安全な街でしか生きていない。弱いものは強いものに食べられてしまう。弱肉強食の世界。
 
遥か頭上には旋回している鷹のような鳥の姿があった。おそらく魔物だろう。
魔物は皆人間を襲うわけではない。
比較的このグリーブ島付近に現れる鳥類の魔物は人間には興味を持たないらしい。海の中にいる魔物は人間も好物のようだが。
 
ルイがテオバルトの元へ戻って行ってから、海岸には再びカイとアールの2人だけになった。
 
カイは再びゴロンと砂浜に横になり、空を見上げる。
ずっとこの島でのんびりと過ごしたい。そんな気持ちに酔いしれた。
 
アールは小さなビンに入れた貝殻をシキンチャク袋にしまった。
首元に手をやり、少し落ち着かない。魔物がいないとはいえ、丸腰でいるのはどうも気が気でない。
そういえば、テオバルトが話していたクロエが住んでいた町を襲った魔物はどんな生き物だったのだろうか。
 
訊く必要がある。そう思った。
 
「カイ、私ちょっと帰るから」
 アールはカイに歩み寄り、そう言った。
「え、なんでー? これ以上俺と一緒にいたらますます好きになっちゃうから?」
 と、カイは大の字に寝転がったままアールを見上げた。
「違う。テオバルトさんに訊きたいことがあるの」
「それって俺がアールに気があるかどうか?」
「違う。クロエのこと。じゃあね」
 
アールはカイに背を向けて歩き出した。
カイは慌てて体を起こし、胡座をかいて座った。
 
「アールぅ、しっつもーん」
 
そう声を掛けられて立ち止まる。振り返るとカイは人差し指を立てていた。
 
「アールって彼氏いるんだよねぇ?」
 
突拍子のない質問に、アールは少し動揺した。
 
「うん」
 短い返事を返す。余計なことを訊いてこないでほしいと願った。
「俺とどっちがカッコイイわけぇ?」
「…………」
 
アールの思い出の中にいる雪斗の笑顔が浮かぶ。
 
「一言でカッコイイっていっても色々あるじゃない。顔とか、服装とか、体型とか、性格とか、生き方とか……」
「顔」
 と、カイは真顔で言った。真顔というより、キメ顔である。
「カイかなぁ」
「マジでっ?!」
 カイの目がダイヤモンドのように輝いた。
「うん。客観視した場合はね。カイの方がカッコイイよ。でも私は彼が好き」
 
最後の一言は強烈で、カイは直ぐさま自信を無くした。
 
「じゃあ性格はぁ?」
「彼氏の方が男らしい……のかなぁ」
「なにその曖昧な答え方」
 カイは頬をはちきれんばかりに膨らませた。
「生きてる環境が違うじゃない」
 
アールは空を見上げた。
少しずつ霧が引いて、青く色づいてゆく。
 
「カイは危険な場所で生きてるけど、雪斗は安全な場所で生きてる。魔物がいない、武器を持たない場所で。タケルのように雪斗がこの世界に来たら、同じ天秤で比べられるかもしれないけど」
 
カイは視線を落とした。
なぜ突然タケルの名前が出てくるのか。そう疑問に思ったが、タケルはアールと同じ世界の人間だったことを思い出す。
アールの恋人である雪斗とタケルは、他人でありながら、繋がっているのだ。
 

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