voice of mind - by ルイランノキ |
「なに? お宝は無かったじゃと?」
翌朝、ルイは台所を借りて全員分の朝食を作りながら昨夜洞窟内での出来事をテオバルトに報告した。
老人の朝は早く、ルイが起きたときにはもうテオバルトは外に出て畑の手入れをしていた。
「えぇ……。まず、言われた通りに入口の松明に火を燈すと洞窟内の松明全てに火が燈りました」
ルイは野菜を切りながら、昨夜のことを思い出していた。
岩山の洞窟に足を踏み入れると、すぐに地下に続く階段があった。暫くは一本道で迷うことはなかった。
突き当たりに差し掛かり、道は左右に分かれていた。
「──どっちから攻めるんだ?」
と、シドが訊く。
「迷わないように印しを付けていきましょう」
「頭ん中で地図を描いていけよ面倒くせぇな」
そう苛立ちながらも、シドは刀を抜いて壁に矢印の傷をつけた。
「僕はそこまで器用ではありませんので。ですが脳内で地図を作れたら、それはとても便利なことですよね」
「いいから行くぞ」
と、シドは左の道を選んだ。
すぐに行き止まり、道は右へ直角に曲がっている。
不意に魔物の気配を感じたシドは壁づたいに進み、ルイとアイコンタクトを交わしてから一気に角を曲がった。
「──?! 吸血コウモリか!」
迷宮の森でも出くわした、人の頭ほどの大きさをした赤いコウモリである。
シドは刀を振るい、3匹の吸血コウモリを薙ぎ倒した。
道は奥の方まで真っ直ぐに伸びている。左手には一定間隔に鉄格子で閉ざされた牢が並んでいる。反対側には一定間隔に右へ伸びる道があり、その先にも牢屋が並んであった。
「迷うことはなさそうですね。道は漢字の『目』になっているようです。右へ曲がる道が一本多いですが」
「だな。じゃあ宝箱探すのは簡単だろ。魔物も大したことねぇし」
右の道から現れた吸血コウモリに、刀を向けたシド。
「油断は禁物ですよ」
「わーかってるって」
牢屋の中には囚われたまま亡くなった罪人の骨が残されていた。
ただそれだけだった。あとは吸血コウモリが現れるだけの洞窟だ。
「なんもねぇな」
「そうですね。しかし……おかしいですよね。テオバルトさんは確か、地下洞窟の中は迷路のようになっていると話していましたが迷路といえるかどうか疑問ですし“一番奥の部屋”に宝箱があるとおっしゃっていました」
「迷路でもねぇし一番奥と言える部屋もねぇ。──じいさんに嵌められたか?」
「そのような方には見えませんでしたが」
そう言いながらも不安になったルイは、携帯電話を取り出した。しかし洞窟内は圏外だった。
「もし嵌められたとしたらアールさん達が心配です。それに今思えばデイズリーさんの帰りが遅かったのも不自然です」
マイナス思考ばかりが働いて居てもたってもいられなくなる。
そうこうしている間に、再び吸血コウモリが姿を現し、牙を向けて襲い掛かってきた。シドは刀で払い、一撃で倒しながら言った。
「まぁ待て。まだそうと決まったわけじゃねぇよ」
「シドさんがおっしゃったのですよ? テオバルトさんに嵌められたのでは……と!」
ルイもロッドを振るって応戦した。
「地下に作った割にはこじんまりとしてるよな。もしかしたらまだ奥に繋がる扉がどこかにあるかもしれねぇ」
「一通り見ましたがそのような扉は……」
「わからねぇとこにあるんだろうよ。じいさん曰く、宝箱が眠ってんだろ? そう簡単にわかりやすいとこにはないってこった」
「なるほど。しかし僕はアールさんが」
「うっせぇなぁ、お前は心配し過ぎなんだよ」
と、シドは刀を仕舞った。
足元には息絶えた吸血コウモリが転がっている。
「あいつもちったぁ力を身につけたみてぇだし、旅を始めたばっかのときほど心配はいらねぇだろ。少しは信用してやったらどうなんだ」
と、シドは眉をひそめ、言い放った。
「そうですが、なにかあっては遅いですし」
「何かあって逃げ出してここまで助けを求めに来ることさえ出来ねぇと思ってんのかよ。お前が信じてやらねぇでどうする」
シドは再び辺りを見回しながら歩き始めた。
そういうシドはどうなのだろうと、ルイは後ろを歩きながら思う。シドはアールをまだ信じてはいないが、簡単にやられてしまうとも思っていないようだった。それよりも今は“お宝”に夢中になっている。“伝説の武器”と聞いたからだろう。
ルイは、覚悟を決めたように言った。
「魔法の力は感じませんから、物理的なカラクリの仕掛けがあるのかもしれませんね」
「だな。とりあえず壁を調べてみっか」
──というのが洞窟内での出来事である。
ルイは野菜を炒めながら、隣でつまみ食いをしたテオバルトに言った。
「調べてみた結果、何も見つかりませんでした。テオバルトさんに直接訊いたほうが早いと思い帰宅したのですが、既にお休みになられていたようなので」
「はて……わしが洞窟に入ったときは迷路のようで2日は出られんくなったんじゃがのぉ」
と、テオバルトは怪訝に首を傾けた。
「え……?」
ルイは手を止めた。するとテオバルトはルイを見上げ、疑いの眼差しを向けた。
「宝を見つけおったな?」
「……いえ、本当になかったのです」
「そんなはずはない。わしが洞窟に入って以来、誰もあの場所に近づいてはおらん。おぬしら以外はな」
「テオバルトさんは僕らが宝を見つけ、横取りしたと思ってらっしゃるのですね?」
ルイは険しい顔でそう訊いた。
フライパンの上で野菜がジューッと音をたてながら焼けてゆく。
「他に考えられん」
「でしたら後ほど一緒に洞窟まで来ていただけませんか。そうすれば嘘をついていないと理解していただけるかと」
「ふむ、よかろう」
時刻は7時を迎え、木製で出来た一人用の食卓テーブルが人数分用意され、ルイが作った朝食がそれぞれに並べられた。
ヴァイス以外の全員が食卓の前に座った。
「今日は白米と、おみそ汁、そして鮭の塩焼きアスパラ添えと、お肉たっぷり野菜炒めです。鮭はテオバルトさんからいただきました」
「なんか野菜炒め焦げてなぁーい?」
と、カイが野菜炒めに顔を近づける。
「気のせいですよ。ではどうぞお召し上がりください」
マスキンの朝食と、スライムのスーの朝食は他と異なっている。
スーに至っては水のみ、だ。
アールは和風の朝食を前にして、朝から気分がよかった。アールの隣でシオンも朝食を頂いている。
「シドさん、後でテオバルトさんを連れて再び洞窟へ行きましょう。確かめたいことがあります」
「おう、お宝があるなら見てぇしな」
シドはみそ汁を啜った。
「お宝?! なんの話?!」
と、昨日、誰よりも早く眠りこけていたカイにとっては初耳だった。
「魔物がいる洞窟内に伝説の武器があるんだってよ」
シドがそう説明すると、武器に興味がないカイは無表情になり、黙々とご飯を掻き込んだ。
「アールさん達はすみませんがまた待っていていただけますか?」
「待つのは全然いいけど」
と、アール。
「なるべく早く済ませますね。デイズリーさんも、すみません」
「いいっていいって。どうせ谷底村に戻っても見回りするだけだし、正直人手は足りてんだよ」
「それならよかったです」
アールは鮭をつまみながら、少し砂浜を散歩しようかなと考えていた。とはいえ堤防が邪魔で海岸から海を遠くまで眺めることは出来なさそうだが。
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