voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱19…『洞窟と浜辺と』

 
「ほう……こりゃどうなってるんじゃ」
 
洞窟を訪れたテオバルトは目を丸くして驚いた。以前ひとりで訪れたときとは全く違う内装だったからだ。
 
「じいさんボケてんじゃねぇの?」
 と、シドは嘲笑を浮かべた。
 
しかしテオバルトはポケットから筒型に丸めていた紙を取り出し、広げて見せた。
 
「以前訪れたときに描いた洞窟内の地図じゃよ」
 
ルイとシドは地図を覗き込んだ。洞窟内の道は複雑に入り組んでいる。
 
「これはここの洞窟ですか?」
 と、ルイは思わず問う。
「他に洞窟など知らんわい」
 
ルイは辺りを見回し、一度洞窟の外に出た。シドとテオバルトも後から外に出る。
 
「どうした?」
「カラクリですが、あるのだとしたらもしかしたら中ではなく、外にあるのではないかと思いまして」
「外にカラクリ?」
 シドは顔をしかめた。
「テオバルトさんが嘘をついておらず勘違いでもないとするなら、恐らく偶然、テオバルトさんはそのカラクリを解いてから中に入られたのではないかと思うのです」
 
ルイはテオバルトに、以前洞窟に入る前にどのような手順で中に入ったのかを尋ねた。
しかし細かいことまでは覚えていなかった。 覚えているのは、入口の左右にある松明の左側から火を燈したということくらいで、他に特別なことをした覚えはなかった。
 
「俺らが入る時も左側から燈したな」
「えぇ。ですから松明は関係ないか、もしくはそれ以外にも必要な手順があるのかもしれません。テオバルトさんが洞窟に入られたのは何時頃でしたか?」
 
ルイはなんとかテオバルトに思い出してもらい、なるべく同じ状況を作り出そうとしていた。
 
━━━━━━━━━━━
 
島にいるとつい時間を忘れてしまう。洞窟外には魔物がいないため、のんびりとした時間が流れているからかもしれない。
 
アールは朝食のあとストレッチを済ませ、外に出た。
当たり前のようについて来たのはカイとスーである。シオンを誘ったが畑の手入れをしたいとのことだった。マスキンも手伝うことにしたらしい。
 
「シオンちゃんも来ればよかったのにねぇ」
 と、カイは頭の後ろに手を組んで欠伸をした。
「うん。カイも手伝えばよかったのに」
「俺は朝から究極の選択を迫られたわけだよ。アールについて行くか、シオンちゃんとお畑のお手伝いをするか!」
「なんでこっちについて来たの?」
 と、アールは砂浜で足を止めた。
 
足元にピンク色の可愛い貝殻があった。腰を屈めて拾い上げる。
 
「私とはいつも一緒にいるじゃない」
 そう言って、貝殻に息を吹き掛けて砂を払った。
「ムカついたからかなぁ」
 と、カイ。
「え……? 私なにかした?」
 背の低いアールは不安げにカイを見上げた。
 
カイはそんなアールを見て可愛いと思ったが、プイッとそっぽ向いて歩きだした。
 
「アール最近ヴァイスっちと仲良しだよねぇ」
 
昨夜、ふいに目を覚ましたカイはアールがいないことに気づき、捜しに出ていた。
ルイが見掛けた人影は、カイであっていたのだ。
 
「仲良し……かなぁ」
 と、アールはカイの後ろをついて歩く。
「仲良しこよしだよ。……“こよし”ってなに?」
「知らないよ。なにその夕焼けこやけの“こやけ”ってなに? みたいなの」
 
カイはハッと、振り返る。
 
「確かになにそれ?!」
「小耳に挟むとか、こっぱずかしいとかの「こ」かなぁ。わかんない」
 と、アールはまた貝殻を拾った。しかし少し欠けていたため、ポイと捨てた。
 
「話しズレちゃったけどさぁ」
 と、カイも貝殻を探しはじめた。「ヴァイスんのことだけどぉ」
「バイソンみたいな言い方やめてよ」
「なにバイソンって?!」
「いちいち疑問にもたなくてよろしい」
 
少し霧がかった空は白かった。
アールは背伸びをして再び足元を見ながら歩く。
貝殻を集めているわけではないが、つい拾ってしまう。
 
「アールさぁ、最近ヴァイスとよく一緒にいるよねぇ、はらわた煮えくり返るよぉ」
「なんでよ……」
「もしかしてヴァイスに惚れたのぉ?」
「なんでそうなる……」
「だぁってぇ……」
 と、カイは巻貝を拾った。「ミニ巻貝いる?」
「いらない。──ヴァイスは、一緒にいると落ち着くの。向こうは鬱陶しがってるだろうけど」
「落ち着く?」
 カイは拾った巻貝を放り投げた。
「うーん……黙って話聞いてくれるし」
 
アールがそう言うと、カイはバッと両手で口を塞いだ。自分がお喋りなのだと自覚はしているようだ。
 
「まぁ聞いてくれてるのかはわかんないけどね。それから……」
 アールは考えるように虚空を見遣った。
「それからそれから?!」
 と、目を見開くカイは、口を塞いでいるため声がこもっている。そしてヴァイスの真似をしようと考えていた。
「あ、年上だからかなぁ。ヴァイスが」
「…………」
 
それは真似できない。
 
「ヴァイスが仲間になるまでは私が一番年上だったじゃない? 精神年齢はみんなより低いけどさ」
「身長もね」
「うるさい。──だから心のどこかで年上であることも意識していたんだと思う。一番は自分が選ばれし者だからっていう理由なんだけど、年上でもあるからあまり弱いとこ見せられないっていうか……しっかりしなきゃって」
「…………」
 カイは口を塞いだまま、うんうんと頷いた。
「年上としてのプライドみたいなものが無意識にあったみたい。説明しづらいんだけど……例えば年下の人と食事に行ったら年上として奢らなきゃって思わない? 年下の子のほうが高収入だとしても」
「わかるよ!」
 と、カイは口から手を離した。
「俺ね、アールが年上だから甘えちゃうとこあるんだ! ひとつでも年下の子が相手だったらお兄さんとして意識しちゃうもん!」
「へぇ……一応私のことお姉さんと思ってくれてたんだ」
 
ヴァイスが年上だというだけで、仲間の中で一番年上ではなくなったというだけで、肩の荷が下りたような安堵感があった。
 
ルイ達が頼りなかったというわけではない。むしろ頼れば応えてくれるに違いなかった。
 
「あ、カニがいるよ! カニはいるかに?」
 と、カイはしゃがみ込んだ。
「カニ……?」
 アールもしゃがみ込み、カイが摘んだ小さなカニを見遣った。
「ほんとだ……生きてる」
 
自分が知っている生き物が生きている。
それがなぜか不思議だった。
 
「魔物いないからねぇ」
 カイはカニを砂浜に置いてつついた。
 
カニは驚いて横向きに走って逃げてゆく。
 
「カニが目を回すと真っ直ぐ進むってホントかなぁ」
 と、カイは去ってゆくカニを眺めながら言った。
「なにそれ」
 
アールは笑いながら立ち上がろうとしてバランスを崩した。
 
「ひゃあっ!」
「──わぁ?!」
 
砂が舞い、二人に降りかかる。
カイは夢を見ているようだった。白い砂浜とアールの間に挟まっていたからだ。
 
「ごめん、だいじょうぶ?」
 
体を起こしてカイを見遣ったアールとの顔の距離、10cm。
アールは直ぐに顔を逸らして砂を払った。明らかに動揺している。
 
「アール……アール今……」
「うるさいっ」
「アール今俺のこと意識したよねぇ?!」
 と、カイは上半身を起こしてアールを指差した。大興奮である。
「してないっ。顔が近くてビックリしただけだから!」
「じゃあなんで顔赤いのぉ?」
「…………」
 
恋はするものではない。いつの間にか落ちるものだ。
その言葉を頭の中で何度も反芻したのは、カイだけだった。
 
「違うから。カイにドキッとしたんじゃなくて、シチュエーションにドキッとしただけ。ドラマとかでよくあるシチュエーションだったから、ついね」
 
そう言ってそっぽ向いたアールの薬指に、指輪が嵌められている。
 
「つれないなぁ……」
 
カイは眉間にシワを寄せて、たまたまお尻の横にあった貝殻を拾った。
綺麗な形をした真っ白い貝殻だったが、なにも言わずにポイと捨てた。
 

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