voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱17…『愛する人への想い』

 
アールとヴァイスの会話が途切れて数分が経った頃、岩山の下からルイがアールを呼ぶ声が聞こえてきた。
洞窟の入口にある松明にまだ火が燈されていたため、アール達からはルイとシドの姿がよく見えた。
 
「あ、戻ってきた! 帰ろ?」
 アールはヴァイスに言ったが、ヴァイスは断った。
「そっか。──ありがとう、話し聞いてくれて……。また明日の朝ね」
 
アールはそう言い残して吊橋を渡った。
足早に渡り終えたとき、足元にあった石に躓いて転んだ。そんな彼女をヴァイスは見ていた。
 
「いてて……」
 
アールは立ち上がり、服や手についた土を払った。
振り返るとヴァイスが見ていたので、恥ずかしそうに笑いながら「おやすみ!」と言って、岩山を下りていった。
 
ヴァイスはアール達がテオバルトの家に戻っていくのを、堤防の上から暫く眺めていた。
 
姿が見えなくなり、再び海に目を向けた。水面に浮かんで歪む月。
夜空を見上げ、月を睨んだ。
全てを見通せる場所にいる月は、最後に何を見るだろう。
この星の終わりか、再生か。
 
 
逢いたいな……
 家族とか友達とか……雪斗に
 
ゆきと?
 
私の好きな人。婚約者なの
 
 
アールとの会話を思い出す。
脳裏に浮かんだのは、村と共に焼き尽くされた愛する家族と婚約者の顔だった。
 
彼の中にだけ存在する記憶が蘇る。
 
「シーグフリートさん、お父様はいらっしゃいますか?」
 
ヴァイスの父を尋ねて、余所の村から遥々ムゲット村にやってきた女性は透き通るほど白く、美しかった。
 
「いや……出掛けている」
 
ヴァイスは彼女に見とれそうになるのを抑えるように目を逸らした。
 
「そうですか……いつ頃帰られますか?」
 
彼女は随分急いでいるようだった。
 
「わからない。長いときは一週間は戻らない」
「そんな……」
 
ヴァイスの父、ディノ・シーグフリートは、いくつもの依頼を一度に引き受けて何日も戻ってこないことはざらにあった。
 
「どうかしたのか?」
 
ヴァイスが彼女と出会ったのは、ヴァイスが23の時だった。
 
「私の住む村の上空を魔物が飛び交っているんです。村の皆が怯えていて……」
「俺でよければ手を貸そう」
「え……いいんですか?」
「父ほどの腕はないが」
「助かります! ありがとうございます」
 
そう言って微笑んだ顔は一段と美しく、恋に落ちるのに時間はかからなかった。
 
彼女は行きだけでも頼めないかと用心棒を雇い、ムゲット村まで来たようだった。
用心棒として付き添うことを請け負ったのは40代前半の男であり、身を守る術を備えた一人の魔導師であった。要求額は高額だったが、他に村を出る勇気のある者はいなかった。
 
「そうか。しかしなぜ、君のような若い女性が……」
「若い? ふふ、あなたも若いでしょう? 私はスサンナ。23よ」
「同い年だな……俺はヴァイスだ」
 
彼女の村まで徒歩3日は要した。
 
そして漸くたどり着いた小さな村で、ヴァイスは父親の代わりに依頼を受けて魔物を退治してみせたが、報酬は受け取らなかった。
大した魔物ではなかったからだ。
 
「あの……ご迷惑でなければ一月(ひとつき)に一度、村の様子を見に来ていただけませんでしょうか。村を護る結界はとても薄く頼りないので……。勿論ただでとは言いませんので」
 
小さな村同士故に、ゲートボックスという便利なものは設置されていなかった。
 
ヴァイスは考える間もなく頷いた。
この時にはもう、依頼人の女性に心を奪われていた。
 
 
「…………」
 
ヴァイスは海を眺めた。
名前を呼んでも応えてもらえないのは、同じなのかもしれないと思う。
 
だが、彼女の場合はまだ希望がある。
 
だからこその痛みもあるのだろうが……と、ヴァイスは目を閉じた。
 

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