voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱15…『 逢いたいよ 』

 
岩山は高さ15メートルはあった。
随分と高いなと見上げていると、左側に見える堤防の上に何かが動いたように見えた。
地下へ続く洞窟の入口にある松明に火が燈されているため、岩山周辺は明るかった。だが、その明かりは15メートル上空ではうっすらとしか届いていないため、何が動いたのかははっきりとは見えなかった。
 
気になったアールは、辺りを見回した。岩山の右奥に上まで続く梯子がある。
鉄の梯子は触れてみるとザラザラしており、錆び付いていた。
懐中電灯で梯子の上の方を照らす。──結構高い。
 
足を踏み外したら最悪だ。
そう思いながらも足を梯子に掛けて上りはじめた。
 
梯子が壊れるのではないかという心配をよそに、無事頂上までたどり着いた。
宝箱でもありそうだがなにもない平らな場所で、堤防へ渡る吊橋が掛けられている。
 
アールは橋を渡りながら、何が動いたのか漸く気づいた。
ヴァイスだ。ヴァイスが堤防の上に立ち、海を眺めていた。
 
「ヴァイスは行かなかったんだね、洞窟」
 
アールはそう言いながら橋を渡り終え、堤防の上に立った。
堤防の幅は案外に広く、足を投げ出して寝転べる。
 
「面倒だ」
 と、ヴァイスは海を眺めながら答えた。
「めんどくさがり」
「…………」
「私は超めんどくさがり」
「……なにしに来たんだ」
「…………」
 
潮風は柔らかく、水面の波は穏やかだった。
一面に広がる黒い海。じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうだった。
 
「デイズリーさん、帰って来たんだけど、ほら谷底村で会ったシオンわかる? あの子が島に用があって連れて来たから遅くなったみたい」
 
ヴァイスにはシオンが誰かはわからなかったが、何人かいた女性の内の一人だということはわかった。
 
「ルイ達はまだ戻ってこないし、いつの間にかデイズリーさんやテオバルトさんも寝ちゃってたから、今日は泊まりになるみたい」
「そのようだな」
 
シオンという女性が久美という親友に似ていることを、アールは誰にも話してはいなかった。話したところでどうなるわけでもない。
むやみに心配させるわけにもいかない。特にルイは、アールが酷く動揺しているのではないかと精神面を心配するだろう。
 
だけど、アールは潮風を浴びながら自分の心を取り巻くバリケードがゆらゆらと形を変えてゆくような、不思議な感覚に捕われた。
 
「シオンっていう子さ、私の友達にそっくりなの」
 
自分でも驚くほど、するりとその言葉が喉につっかえることなく口に出た。
 
アールは堤防に腰を下ろして、足を投げ出した。
水面を眺めながら、次々に出てくる言葉は彼女の痛みを少なからず解き放つものであった。
 
「──私の親友。久美っていうの。美人で、頭がよくて面白くて、優しくて」
 
ヴァイスは黙ったまま、アールの傍に立っていた。
 
「そっくりなの。見た目も声も喋り方や些細な仕草も。ビックリしちゃった。一度似てると思ったらとことんそう思い込んじゃうものだから、もしかしたらちゃんと見比べてみたら全然違うのかもしれないけど」
 
微かに笑いながら、両手を体より少し後ろに置いて、腕に寄り掛かった。
小さな星が瞬いている。
 
「逢いたくなった……」
 
視線を落としたアールは、小さく呟いた。
 

──逢いたいとか、口に出すことを恐れていた。
 
逢えないという答えがすぐに返ってきて、受け入れがたい現実を突き付けられるからだ。
 
それなのに、この時は蟠りなく、素直な感情が溢れ出たんだよね。
 
きっと潮風に靡く樹々の音や波の音しか聞こえないような空間に、自分だけがいるようで、でも、隣を見ればヴァイスがその空間を邪魔しないように、けれど傍に、静かに黙って立っていた。
その空間にすっかり心が落ち着いてしまったのかもしれない。
 
うまく言えないけれど。
 
面と向かっては誰かに弱さを見せたくはなくて、自分独りで孤独に陥りたくもなくて、
壁を一枚隔てた向こう側に、自分の声を聞いてくれる人がいる。そんな気分だった。
 
今思えば、教会の告解室のような雰囲気に似ていたのかもしれない。
壁の向こう側に神父様がいて、どんな告白にもそっと耳を傾けてくれる。
 
ヴァイスが神父のようだとは思わないけれど、ただ、似たような空気感は持っていたんじゃないかと思う。
 
もしくはただ単純にヴァイスが

 
「逢いたいな……家族とか友達とか……雪斗に」
 

年上だったからかな

 
 
「ゆきと?」
 と、ヴァイスはアールを見遣った。
 
俯き気味に微笑したアールは、ヴァイスを見上げて言った。
 
「私の好きな人。婚約者なの」
 
雪斗のことを話すアールの心に、チクリと刺す小さな痛みさえも、この時は感じなかった。
 
「プロポーズされてて。口約束だけどね。だから、帰らなきゃ。私の夢は、愛する人と結婚して、愛する人との子供を産んで、老後も愛する人と縁側とかでお茶を嗜むの。平凡かもしれないけど、最高の幸せだと思わない?」
 
再び海に目を移したアールは、水面と闇との境界線を見遣った。
上手に笑いながら、ハッキリと口にした。
 
「その夢は、ここじゃ叶えられない。
 だって雪斗はここにはいないじゃない……」
 
溢れ出た言葉の最後の方は、掠れて闇夜に消えた。
 
けれどもまた上手に笑顔を作った。
頭上で流れ星が落ちる。
 
この世界の、自分だけにしか見えない流れ星だった。
 

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©Kamikawa
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