voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール3…『世界の記憶-02』◆

 
「いいですよ、何でも訊いてください」
 
ルイは相変わらずユリの花が咲いたような笑顔を見せるから、「ルイはどうしてそんなにキラキラスマイルなの?」と、アールは思わず訊きそうになった。
 
「──えっと、じゃあ取りあえず……みんなの年齢は?」
「僕とシドさんは17で、カイさんは18です」
「えええぇーッ?!」
 あまりの予想外の年齢に、アールは大声で上げて目を丸くした。
 
ハッとして直ぐに口を手で塞ぎ、眠っているシドとカイに目を向けたが、幸い二人ともかなり疲れていたようでアールの大声にも起きる気配は全くなかった。
 
「冗談でしょ……?」
 と、声を小さくして訊き返した。
「本当ですよ?」
 そう言ってルイは落ち着いた笑顔で紅茶を啜った。
「見えない……同い年くらいかと……」
 
本当に3人共10代には見えなかった。目鼻立ちが整っていて、身長も高く、体も鍛えていて華奢ではないし、カイ以外は性格もしっかりしてるように思う。カイが二人より一つ年上だということも意外だった。
 
「驚いた……」
 呟くようにそう言うと、アールは紅茶を少しずつ飲んだ。
 
──生活する環境が違うと、こうも人は違ってくるものなのかな。自分がいた世界では、10代の男子といえば細めで華奢な子が多いし、日本人は身長も低めで童顔が多い。
 
アールがいつまでも驚いていると、ルイが共感したように言った。
 
「僕もカイさんにアールさんの年齢を聞いたときは、驚きました」
 紅茶を飲もうとしていたアールの手がピタリと止まった。
「それって私が幼稚に見えるからですか?」
「えっ、あ、いえ、ほら、若く見えるというのは良いことですよ。21歳でも充分お若いですが……」
「うれしくない」
 と、アールは視線を落とした。
 
一度も年齢相応に見られたことがない。スッピンで服装と髪型次第では中学生に間違われたこともあった。日ごろ大人っぽい女性に憧れていることもあり、彼女にとって“若く見られる”というのは喜ばしいことではなかった。
 
「そうですか……」
 と、ルイはふて腐れているアールを見て少し気まずそうに言った後、暫く沈黙が続いた。
 
二人は無言で紅茶を啜る。ルイは何かフォローできる言葉はないかと探してみたが、今は何を言っても気まずさが増すような気がして言葉が出て来なかった。
そんな気まずい沈黙を破ったのはアールの方だった。
 
「みんなはどうして選ばれたの?」
「……選ばれた、というと?」
「元々あのお城で働いていたの? 兵士とか?」
「……いえ」
 
ルイは否定したあと、暫く黙っていた。
アールは紅茶を啜りながら、この沈黙はなにを意味するのだろうと不安になった。
 
「……僕の場合は、医療学校と魔法学校を同時期に卒業し、二級医師の免許を取得していましたので、少しは役に立つ人材だと思って声をかけてくださったのかもしれません」
 と、ルイは視線を逸らして謙遜した表情で言った。
「え、今ルイは17だよね? 卒業って……しかも医師免許? すっごく頭良いんだね……」
 アールは驚いて感心するしかなかった。
「いえ……。声をかけていただき、断る理由などありませんから、国の力になれればと旅立つことに致しました。それまでは僕のような者が国の力になれるとは、思ってもいませんでしたから。とても光栄なことです」
「でも……命を落とすかもしれないのに」
「国の為に動き、命を落とすのなら本望ですよ」
 そう言ったルイの言葉は重く、力強く、真っ直ぐにアールの心に響いた。
 
──例え、知らない世界ではなく、自分の世界の為だとしても、私は喜んで命を捧げることはきっと出来ない。
アールは紅茶の水面を眺めながらそう思った。
 


「……あれ? 国の為? 世界の為じゃなくて?」
「簡単に説明しますが、僕達がいる国は、世界の中央に存在します」
 と、ルイはテーブルの中心に指で丸を描いた。
「僕達の国から各方角に国が存在し、僕達の国はその全ての国と繋がっているのですが、他国同士は繋がっていないのです。大昔は全ての国が繋がっていたようですが」
 ルイはアールにも理解出来るようにと分かりやすく説明する。
「それで?」
「今この国で起きている問題を今のうちに解決しなければ、他国に影響を齎してしまう。だから今はまだ、問題はこの国でとどまっている、ということです」
 アールは顔をしかめた。
「じゃあ他の国は今、平和なの?」
「それが少なからず悪影響が及んでいるようで……。ですが、それぞれの国に僕たちのように国を守る為に動いている者がいますし、今のところは大丈夫でしょう……きっと……」
 
ルイは窓の外を眺めた。その表情は行き詰まっているように見える。
 
「……ごめんね」
 と、アールは呟いた。
「え?」
「気を遣って分かりやすく説明してくれたんでしょ? 私頭悪いから、説明するのも一苦労だよね」
「そんなことはないですよ。 タケ… ル……」
 と、ルイは何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。目を泳がせ、飲み干したはずの紅茶を飲む素振りを見せる。
 
「“タケル”……?」
 
 確かにそう聞こえた。誰かの名前?
 
「いえ……あ、おかわりは?」
「……貰おうかな」
 
アールは少ししか残っていなかった紅茶を飲み干し、ルイにカップを渡した。
ルイは明らかに何かを隠していた。問い詰めることも出来たけれど、隠すということはそれなりの理由があるのだろう。でも、ルイが言いかけた言葉が人の名前に聞こえ、内心気になってしょうがない。
 
「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね……」
 と、ルイは紅茶をアールに手渡した。
 
2杯目の紅茶を受け取り、また気まずい空気が流れる。
 
「あ、シドとカイは? どうして選ばれたの?」
 アールがそう質問すると、青ざめていたルイの顔色が少し良くなったように見えたが、また暫く沈黙してから答えた。
「シドさんは……初級剣士の資格を得る際に、指揮官に盾突いて一気に上級剣士に昇級したと聞きました」
 
アールは首を傾げた。──資格? しょうきゅう?
 
「剣士にも階級があることはご存知ですか?」
「ご存知ないです。」
 首を振りながらキッパリとそう即答した。
「初めは、初級剣士の資格を得らなければならないのですが、その時にシドさんが指揮官に盾突いたのですよ」
 と、改めて説明し直すルイ。
「どうして?」
「シドさんが『こんな雑魚を相手にしても時間の無駄だ!』と、叫んだようです」
「あはは……、想像出来ちゃうなぁ」
「でも、その態度が逆に幸を相して、一気に上級剣士へ昇級する為の審査を受ける資格を得ることが出来たようです。きっと指揮官は彼を痛い目に合わせて恥をかかせようとしていたのでしょうが、シドさんは並外れた剣才の持ち主でしたから、勿論あっさりと合格されたようですよ」
「それは凄いね……」
「その後も力を備えて行き、あの若さでは国で一番の剣豪と呼ばれるまでになったわけです。……彼が選ばれた理由も納得ですよね。喧嘩っ早いのが少々問題ですが」
 そう言ってルイは微笑みながら、イビキをかいて寝ているシドに目を向けた。
 
「カイは?」
「カイさんは……本人に訊くのが一番良いかもしれませんね」
「そう……」
 
カイのことが一番知りたかったアールは、少し残念に思った。申し訳ないが、剣士にしては強そうには見えなかったからだ。
シドは凄腕だから選ばれたということだろうか。本当にそれが選ばれた理由なのだろうか。世界を脅かす問題に立ち向かう人材を、それだけの理由で選ぶものなのだろうか。
 

──みんなの生い立ちを聞いた夜。
 
夜も遅いから簡単に、だけど。
 
だから、
みんなが抱えてる痛みにはまだ気付けなかったんだ。
 
ルイがどんな思いで頭を悩ませて、
“嘘”をついたのか知りもせず。
 
ごめんね……。

 
「そろそろ眠れそうですか?」
 と、ルイが言った。
「あ、うん。ごめんね、付き合わせちゃって……」
「いえ。眠れないときはいつでもお相手しますよ」
「ありがとう」
 アールがまだ熱い紅茶を急いで飲み干そうとしていると、
「急がなくてもいいですよ?」
 と、ルイがクスクスと笑いながら言った。
 
アールには知りたいことが、沢山あった。沢山ありすぎて何から訊けばいいのか分からなかった。それに、質問に全て答えてくれるのだろうか。時折どこか引っ掛かるような答え方をするのが気がかりだった。
 
「最後にひとつだけ訊いても……?」
「なんでしょう」
「『このままではこの世界は魔物で溢れて……』ってお城にいた誰かが言ってたけど、昔はそうじゃなかったってこと? どうしてこんなことになったの?」
「それは……」
「私は、何をすればいいの?」
 
知りたかったこと。知っておくべきこと。この世界に来た理由、自分が選ばれた理由。
 
アールの質問に、ルイは困ったような、悲しそうな表情を浮かべ、黙り込んだ。
なぜ教えてくれないのだろう。知る権利はあるはずなのに。それに気軽に訊いているわけではない。何を聞かされるのか想像もつかず、不安な気持ちを押し殺して訊いたことだった。
それなのに、ルイは何か考え込んで、話そうとはしない。
 
「──ごめんね」
 と、アールはため息をついた。
「え……」
「困らせちゃったね。私の悪い癖なの。重要なことなのに話さないのは理由があるからでしょ? ちゃんと分かってるのに待たずに訊いちゃって……」
「そんな……アールさんは謝る必要など……」
「でも……何も知らないって、怖いんだよね。正直言うと、知るのも怖いし、知らないのも怖い。話してくれるまで待つけど……“死んじゃう前に”話してよね?」
 と、冗談まじりに笑って言うと、ルイの顔は一気に青ざめた。
「……どうしたの?」
「いえ……」
 
薄暗い部屋の中、ルイは俯いているからその表情はハッキリとは見えないが、アールには一瞬、ルイの目に涙が浮かんでいるように見えた。
 
「……そろそろ寝るね。おやすみ」
 と、アールは言った。
 
自分が空気を変えてしまったことに気付いてはいたが、ルイの表情が変わったその理由が分からず、彼女にはどうしようも出来なかった。
アールが椅子から立ち上がると、ルイは俯いたまま口を開いた。
 
「アールさん」
「………?」
 何か話そうとしているのか、また沈黙が続く。
 アールは黙ったままもう一度椅子に座りなおした。
「……昔話でも、しましょうか」
 と、ルイは顔を上げて、無理をした笑顔でそう言った。
 

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