voice of mind - by ルイランノキ


 ルヴィエール2…『世界の記憶-01』

 
一行は喋りながら宿まで歩き、1時間以上はかかってしまった。塀で囲まれた街とはいえ、中に入ってしまえば塀で囲まれていることなど忘れるほど広く、迷路のような都会のど真ん中に放り込まれたかのようだった。
 
「さすがに疲れたな……」
 
宿にチェックインし、部屋に入った早々、シドはまだ布団を敷いていない床に寝転がった。
 
借りたのは一番安い一人部屋で、部屋の左端には小さなベッドがひとつと、反対側にある窓の手前には直径45pのラウンドカフェテーブル。そして部屋の突き当たりの壁には花瓶に花を生けている油絵が飾られており、その手前に木製の棚が置かれ、上には小さな冷蔵庫が設置されている。部屋の入口のすぐ左隣にはトイレが付いているが、風呂場は無く、一階のロビーの隣にある浴場を共同で使うようだ。
ビジネスホテルよりはレトロ感もありお洒落な部屋ではあるが、テーブルを隅に寄せてなんとか布団3枚、ぎりぎり敷ける広さだった。
 
「アールさんはベッドでお休みください」
 と、ルイは気遣って言った。
「うん……ありがとう」
 
山小屋の時も、アールは床でも平気だと思っていたが、テントの中でも皆と布団一枚分は間を空けて寝ていたこともあり、布団をくっつけて寝るには抵抗があった。申し訳ないと思いながら、お言葉に甘えてベッドに腰掛けた。
 
「明日は街でゆっくり過ごしましょう。もう一泊して、朝早くに出発する予定です」
「明日ゆっくりしていいの……?」
 と、アール。
「えぇ。色々と準備も必要ですからね。旅の途中で、野垂れ死にするわけにはいきませんから」
 と、ルイはニッコリと微笑んで言った。
「う、うん……」
 ルイは時々、笑顔でサラリと怖いことを言う。
「さ、今日はもう寝ましょう。お風呂は朝も入浴可能だそうですよ」
 
男三人は服を着替えるとシキンチャク袋から布団を取り出し、床に敷いて早々と眠り始めた。
 
一番最初にイビキをかき始めたのはシドだった。それから、カイの寝言が始まり、いつの間にかルイもスヤスヤと眠っていた。
 
アールはベッドに横になり、彼等の寝顔を見ながら、不思議に思う。つい最近までは彼等のことを全く知りもしなかった。別の世界で生きている人達。それが今では、普通に会話をし、一日中一緒にいて、一緒に困難に立ち向かい、一緒の部屋で眠り……自分の世界では考えられないと思った。
アールは人見知りで、男友達などいなかった。どちらかと言えば内気な性格だから同性が相手でも友達になるにはかなりの時間が必要だった。
 
時間……。そんな時間は此処には無い。いつ死ぬか分からない。そんな状況に立たされたらさすがに人は変わるんだ。
 
アールは布団を頭まで被り、目を閉じた。でも、直ぐに布団から顔を出した。
布団を頭まで被ると、自分の部屋にいる感覚に陥る。そしたらまた望んでもいない夢を見てしまいそうになる。それが怖かった。
そっと目を閉じ、シドのイビキに耳を傾けた。“誰か”と一緒にいるのだと思えると、少しホッとした。
今はまだ、自分の世界の夢を見て、平気でいられる自信はなかった。
 
    * * * *
 
「お前最低だな…」
 
 電話の向こうで雪斗がそう言った。
 
「え……何が?」
 
「とぼけんなよ。今、男といるだろ」
 
「いるわけないじゃん! 雪斗は考えすぎだよ」
 
「電話を通して聞こえてるよ」
 
「なにが?」
  
 
「男のイビキが」
 
    * * * *
 
「──?!」
 アールはハッと目を開け、胸を押さえた。心臓がバクバクと音をたてている。
「ぐがぁーっ……」
 と、テンポ良くシドのイビキが部屋に響いていた。
「夢……また……」
 
また望んでもいない夢を見た。夢と現実が入り混じった夢。心臓が大きく脈打ち、息苦しい。
 
部屋の壁に掛けられている時計に目をやると、まだ真夜中の3時半だった。毎晩夜になると疲れて直ぐに寝てしまうアールだったが、今日は眠れない。眠るのが怖い……。
 

──夢の中でも、幻でも、みんなに会うと胸が締め付けられる。
目が覚める度に、実際に会えるのはいつだろうって、早く会いたいなって、会えずに死んでしまったら、どうしようって。
 
会えない悲しみと苦しみと、
死ぬかもしれない恐怖と不安と、
焦る気持ちが胸を締め付ける。
  
離れて気付いた。私はもう大人なのに、甘えん坊だったんだって。
みんなと離れて独りでいると、こんなにも自分は弱くて脆くて、みんなを必要としている。
 
この夜、漸く分かった。
私は今まで、周りの人達に支えられて生きていたのに、
一人で頑張ってるかのように、強がって生きていたんだと。
気付かないところで、当たり前のように私は支えられていたんだって。
 
安心出来る場所 心が安らぐ場所 心から笑える場所
のんびり出来る場所 自分が自分でいられる場所
退屈という、自由がある場所
 
此処には 無いよ
 
どこにも無い……


「んー、まぁまぁかな……」
 
突然カイが身をよじりながら寝言を言ったから、アールは思わず笑みをこぼした。
 
イビキをかいて寝るシド、スヤスヤと静かに眠るルイ、寝ている時にまで個性が出ている。
そういえば、彼等のことをまだ殆ど知らない。知ってるのは名前と、性格くらいだ。この人達は、どうして選ばれたのだろう。元々3人で旅をしていたと話していたけれど。年齢も知らない……。
 
「ん……それなりに」
 カイは寝返りを打ちながら、また寝言を発した。
 
どんな夢を見ているのだろう。アールは上半身を起こし、カイの寝言に耳を傾ける。
 
「違う……俺は……違う……」
 今度は困惑した寝顔でそう言ったカイに、アールはクスクスと笑う。
 すると、静かに眠っていたルイが目を覚ました。
「アールさん……?」
 と、身を起こす。
「あ、ごめん。起こしちゃった」
「いえ……アールさんではなく、カイさんの寝言で……」
「ふふ、カイの寝言は気になるよね」
「えぇ。……眠れないのですか?」
「うん……、でも大丈夫、気にしないで。 静かにしてるから。私は」
 そう言ってアールは笑いながらカイを見た。
 
ルイは暫く考え込んで、「喉、渇きませんか?」と、微笑んで訊いた。アールを気遣ってのことだった。ルイは、彼女のことが気掛かりで仕方がなかった。
 
「……少し」
 ルイが自分に気を遣ってくれたのだと気付き、申し訳なさげに答えた。
「コーヒー、どうですか? あ、コーヒーは余計に眠れなくなりますね、すみません……。えっと……そうですね、紅茶はどうですか?」
 
後ろ髪が跳ねた状態で、ルイは爽やかに微笑みながら言うものだから、アールはつい笑ってしまった。それにルイは寝ぼけているようだ。紅茶にもカフェインが含まれているのに。
 
「ふふっ……いただきます」
「──? 何かおかしかったですか?」
「いえ、何でもないです」
 と、首を振る。
「……?」
 
部屋の端に寄せていたラウンドテーブルを二人で囲み、温かい紅茶を飲む。静かな夜に流れるBGMは、シドのイビキとカイの寝言のハーモニーだ。
 
「ねぇ、」
 と、アールは言った。
「はい?」
 

──本当に仲間に歩み寄れたのは、この時なのかもしれない。

 
「みんなのこと……教えてくれないかな?」
 

──仲間のことをちゃんと知ろうとした、この時なのかもしれない。

 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -