voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱12…『巡りめぐる』

 
妻子の無事を祈っていたクロエの目に飛び込んできたのは、玄関の戸が開けられ、自宅の中に何者かが進入した血痕の跡だった。
血痕は手形と、体を引きずって出来たような形跡があった。血を流した人間が、体を引きずりながら部屋の中へ侵入している。
赤い手形の大きさからして、まだ3才の息子でも妻の手でもないのは一目瞭然だ。
 
クロエは震える手で剣を握り、自宅に足を踏み入れた。
 
妻子が眠る部屋のベッドに、服を剥ぎ取られ、息絶えた妻の姿があった。そのベッドの傍らに、斬り刻まれた息子の亡きがらがあった。
 
クロエは剣を床に落とし、がくりと膝をついた。
怒りと恐怖と悲しみに震える両手で顔を覆った。声にならない声で泣き叫ぶ彼の背後に、斧を振り上げている男の姿があった。
 
「お前のせいだ。お前のせいで俺の家族はみんな殺された。俺は血まみれになりながらお前に助けを求めに来たんだ。それなのにお前は……お前は……」
「あんたか……あんたがやったんだな」
 
顔を覆っていた手を下ろし、俯き、クロエは振り返らずにそう言った。
 
「お前言ったよな……何かあったときは俺が守ってやるって。お前だけは昔からの誼(よしみ)だから特別だって……だから俺は死に物狂いでここまでやって来たのにッ!!」
 
そう叫んだ男の首が弾き飛ばされた。
クロエが振り向き様に男の首を撥ねたのである。その目は激しい怒りの憎悪に満ちていた。
 
静寂を取り戻したはずの夜の町に、生き延びた住人の呻き声が響く。
 
クロエは朦朧としながら再び外へ出ると、辛うじて生きていた住人達がゾンビのようにふらふらと町を徘徊していた。
かと思えば突如頭を掻きむしりながら叫び出す。自らの腕を噛みちぎる者や、頭をコンクリートにぶつけはじめ、地面に倒れ込んで動かなくなる者など異常な光景が広がっていた。
 
町を襲った魔物に噛みつかれた者達が狂死しはじめたのである。
 
クロエは自分の体を見遣った。至る所を蝕まれている。
彼も正気を失い、アンデッドのようになるのは時間の問題だった。
 
クロエは自宅に戻り、転がっていた男の死体を外に運び出してから、家の鍵を閉めた。
泣くことも出来なくなった息子を抱き上げ、妻の横に寝かせた。
クローゼットから妻のお気に入りだった服を取り出し、彼女に着せてやった。
最愛の妻と子が眠るベッドに寄り掛かるように腰を下ろし、デュランダルで自ら自分の心臓を突き刺した。
 
クロエの念や魂は、彼が所有していたアーム玉へと移された。
 
 
「──そして人のいなくなったその町に偶然訪れたのがこのわしじゃ」
 と、テオバルトは言った。
 
クロエ・シスネロスの生涯を聞かされた一同は、すっかり静まり返った部屋でそれぞれの思いに浸っていた。
 
「では、クロエさんのアーム玉をデュランダルの柄へ嵌め込んだのはテオバルトさんということですね」
 ルイはそう言って、沸騰したヤカンを手に持つと、傍らに置いていた急須に注いだ。
「そういうことじゃ。クロエの魂と同化したデュランダルは形を変え、自身より強い主を求めるようになったんじゃな」
「あの……それがなぜ今私の手にあるんでしょうか?」
 アールはそう言って眉をひそめた。
 
ルイは湯を入れた急須を軽く回すように振ってから、湯飲みに注ぐ。
 
「ちょうど20年前じゃったかのぉ。まだわしがこの島に姿をくらます前に、若い男が現れたんじゃ。そして面白い話を聞かされてのぉ」
「おもしろい話?」
 と、全員が食いついた。
「この世界はある男の手によって滅ぼされる、とね」
「それって……」
 と、ルイに目を遣ったアールに、ルイはお茶を入れた湯飲みを手渡した。
「えぇ、恐らくシュバルツのことかもしれません」
「名前までは知らんが、とにかくこの星はもう終わりに近づいていると言ってな、何故わしにそんな話をするのじゃと問うと、こりゃまた面白い展開になった」
「一気に喋ってくれるぅ? 話が長いと眠くなっちゃう」
 と、カイは鼻をほじった。
「一気に喋られて理解出来んのかよ」
 と、シドが言う。
 
ルイはカイとシド、そしてテオバルトにお茶を手渡してから、最後に離れた場所に腰を下ろしていたヴァイスにもお茶を運んだ。
ヴァイスは黙って受けとった。
 
「スキマスマキスさんとスーさんはお水がよろしいですよね?」
 そう言うとカイの胸元から飛び出してきたスーはカイの手に当たり、鼻をほじっていた小指が根本まで突き刺さった。
 
「ぎゃああぁ?!」
 スポンッと鼻から小指を抜くと、ゆっくりと赤い液体が流れ出てきた。
「カイ鼻血出しすぎ」
 と、アールが言う。
「痛いよぉ……ルイー…」
「まずスキマスマキスさんとスーさんにお水を運んでからでよろしいですか?」
 と、ルイはシキンチャク袋からコップを二つ取り出し、水を注いだ。
「酷い……」
 
「話を続けていいかの?」
 と、テオバルト。
「お願いします」
 アールが答えた。
「酷い……」
 と、カイはうなだれる。
 
「──世界を救う者が現れると言うんじゃよ。その選ばれし者に使わす武器が必要であり、その武器の在り処を突き止めてやってきた、とね」
 
テオバルトの話を聞いた一同は一斉にアールに目をやった。
スキマスマキスだけは興味なさそうに、ルイから手渡された水をグビグビと飲んだ。
 
「その武器が……クロエ?」
 アールは確かめるように訊く。
「そうじゃ。まぁ彼は“デュランダル”を手に入れたかったようじゃがな。しかし“クロエ”の存在もまた、意味あるものとして捉えたようじゃった」
「クロエを手渡したの?」
「渡すつもりは無かったんじゃが……」
 と、テオバルトはクロエを翳して見遣った。「こいつが望みよったからのぉ」
 
ルイはお茶を啜りながら、訊いた。
 
「その若い男というのは……?」
「若いわりに随分と強い力を持った魔術師じゃったな。名前はなんと申したか……はて……」
「“ギルト”ではありませんか?」
「おぉ! そうじゃ。ギルトじゃな」
 
テオバルトは思い出せてスッキリしたように、アールにクロエを返した。
 
アールはギルトの名前がここで出てきたことに少し驚きながらクロエを見遣った。
巡りめぐって今は自分の手にある。
 
「20年前っつったら、ギルトが25歳くらいの頃か」
 と、シドは考えるように腕を組んだ。「俺らが生まれる前だぞ」
「そんなに前から未来を見ていたのですね……」
 そう言って物思いにふけるルイに、カイが言った。
「あのー……そろそろ鼻を治してもらってもよろしいでしょうかお願いします」
 

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©Kamikawa
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