voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱10…『テオバルト・ボーゼ』

 
グリーブ島の周囲は、高波から守るように堤防で囲まれているが、船が出入りする為に一部出入口がつくられていた。
 
落花生を横にしたような形のグリーブ島の西側に、堤防の出入口があり、そこから入ると島の砂浜がある。
船は堤防と島の間にとめて、一行は白い砂浜に降り立った。
 
「アール、後で砂浜を散歩しないか?」
「……どうしたのカイ、その喋り方」
「海が美しいではないか。アールと一緒にお散歩したいのさ」
 と、カイは遠い目をした。
「ごめん私まだ船酔いが酷くて」
「そうですよ、アールさんは少し休まれたほうがいいです。変わりに僕がお供しましょうか?」
「やだ! ルイと砂浜散歩しながら手を繋いでチュウなんか出来ないよ!」
「それが目的かよ」
 と、シドは呆れた。
 
デイズリーが先頭を歩き、その後ろを一行はついて歩く。
足の短いマスキンは歩きづらいようで、四本足でついてゆく。
 
砂浜の奥、島の東側の森には、人が一人通れるほどの細い入口があった。
足を踏み入れると、上空は樹々の生い茂った葉に覆われ、隙間から青空が見える。
昼間は陽の光が差し込み神秘的に見えるが、夜になると辺りは真っ暗で足元さえも見えづらいだろう。
 
その道を抜けた先に、民家があった。
平屋の民家の隣には、胡瓜やトマトなどの野菜が実る畑がある。
道は更に奥の森へと続いていたが、デイズリーは一軒しかないその平屋の前で足を止めた。
 
「この家の主人に用があるんだ。お前らは若いから知らないだろうが……あ、いや、なんでもねぇ」
「なんだよ気になるじゃねぇか」
 と、シドは民家の裏に目をやった。
 
コンクリートで出来た建物がある。薄汚れた窓から鍛冶屋で見かける大きな炉が見えた。
 
「ここの主人はテオバルトって言うんだ」
 そう言ってデイズリーは平屋の戸をノックした。「ごめんくださーい。デイズリーです」
「おい、テオバルトって……テオバルト・ボーゼじゃねぇよな?」
 シドが眉をひそめると、ルイが後ろから言った。
「そんなはずありませんよ。テオバルト・ボーゼは確か20年ほど前に不慮の事故で亡くなったと言われていますし」
「死体は出てねぇけどな。恐らくテオバルトだろうと思われる死体はあったが」
「有名人?」
 と、アールはまだ気持ち悪い胸を押さえながら首を傾げた。
「有名な武器職人だ。魔術使いのな。テオバルトが作りだした魔力を込めた武器は伝説になっているものが多くある。お前のその刀剣も奴が作ったと言われてる」
「えぇッ?!」
 あまりに驚き、吐きそうになった。「このクロエを?!」
「よく見てみろ。どっかにテオバルトの名前が刻まれているはずだ」
 
アールはペンダントトップにしていた武器をチェーンから外し、元の大きさに戻した。
両手で構え、隅々まで眺めていると平屋の戸が開き、ひとりの老人が顔を出した。
 
「随分と賑やかじゃのぉ」
 
その老人を見て失礼にも吹き出したのはカイだった。
 
「ぶっ! じいちゃん小さいなぁ! アールより小さい。マスキンよりはデカイ」
 
老人の背丈は1メートルにも満たなかった。白髪の髪は長く後ろでひとつに束ねられ、仙人のように長い髭、深い紺色の作務衣を着ている。
 
「わしも若い頃はお前らのように高身長じゃったわい」
 と、老人は眉間のシワを更に深めた。
「頭をハンマーで打たれて縮んだのか?」
 シドが笑いながら言う。
「おいおい失礼な奴だな」
 そう呆れたのはデイズリーだった。
「すみません……」
 失礼な発言をした二人に代わって深々と頭を下げるルイ。
 
老人は職業柄、すぐにアールが持っていた刀剣に目をやった。
 
「……懐かしいのぉ」
 目を細め、シワだらけの手でアールの武器をなぞるように触れた。
「おじいさん、クロエ知ってるんですか?」
「クロエ? はて……あぁ、そうじゃったな。うむ」
 
老人の曖昧な反応に、アールは首を傾げた。
 
「これ、クロエじゃないんですか?」
「デュランダルじゃよ。──まぁ中に入りなさい。狭いがの」
 
アール達は老人に促され、室内へ。
 
「テオバルトさん、玉鋼や卸し鉄を手に入れたもんで、船に積んでるんだが」
 と、玄関先でデイズリーが言った。
「あぁ、裏に運んでおいてくれ」
 
デイズリーはアール達を置いて足早に船へ戻って行った。
 
木の板が敷き詰められた部屋の中心には、四角く開けてつくられた囲炉裏がある。
一行は火のついていない囲炉裏を囲むように床に座った。
 
「湯でも沸かすかね」
 と、老人ことテオバルトは台所へ向かう。
「あ、手伝います」
 ルイは直ぐに立ち上がり、湯を沸かす手伝いをした。
 
アールは胡座をかいた横に武器を寝かせ、そわそわと落ち着かずにいた。
テオバルトという老人からクロエについてなにか聞かされると思ったからだ。
 

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©Kamikawa
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