voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱9…『船酔い』

 
谷底村からグリーブ島は海の上に小さく浮かんで見えた。
 
船に揺られながらグリーブ島へ向かう一行は、ゆっくり波に揺られる余裕はどこにもなかった。
 
カイはデイズリーがいる操舵席の後ろでマスキンと身を潜め、シドは船の先端で刀を構えている。
アールは胸を押さえながら海に身を乗り出し、そんな彼女が落ちないように支えながら背中を摩っているのがルイだ。
 
唯一冷静なのはヴァイスだった。
 
「アールさん大丈夫ですか?」
「ぎもぢわるい……吐きそう」
 
「おいルイ! 結界壊れねぇだろうな?!」
 と、シドが後ろで叫んでいる。
 
船は防御結界で守られていたが、船が走り出した瞬間に魚介類の魔物が次から次へと水面から飛び出し、見えない結界の壁に激突しては海に沈んでいる。
 
「大丈夫だとは思いますが……」
「あだじは大丈夫じゃない……おぇっ」
「アールさん酔いが早いですね。先に言っていただけたら酔い止めを出せたのですが」
「海の中からピョンピョンと飛び出してくる魚見てたら気持ち悪くなっちゃった……」
「グリーブ島までそう遠くはありませんから、着いたら少し休ませてもらいましょう」
「うぇっ……」
 
アールは涙目になりながら、離れてゆく谷底村を見遣った。
 
浜辺にシオン達の姿が小さく見える。
もう手を振っている様子はないが、案山子のように立ち、全員、一行が乗る船を眺めているようだった。
 
「どうかなさいましたか?」
 ルイは優しくアールの背中をさすりながら尋ねた。
「ううん、なんでもない」
 
どんなことにも何かしらの意味を持つのだとすれば、親友の久美に似たシオンと出会ったことにも何か意味があるのだろうか。
ただ似ていると感じただけだろうか。
 
もしかしたら実際に二人を並べてみたら全然違うのかもしれない。
 
アールはそう思いながら水面に視線を落とした。うねうねと波打つ水面に、余計に吐き気が増した。
 
「結界張られてちゃマグロも釣れやしねぇな。せっかくの漁船だってのに」
 と、シドは刀を仕舞う。
「ここでは漁船としては使っていないのでは? あくまで移動手段のひとつのようです」
 言われて見れば漁船のわりに釣り具らしきものは殆どない。
「海に魔物がいるなら魚はどうやって手に入れてるの?」
 と、アールは船内に向き直り、座り込んだ。
「魔物のいない海や川があるのですよ。いずれそこも魔物に侵されかねないので先手を打ち、魔物を寄せつけないようにしているのです。海の中にも使用できる結界が存在します。魔道具を必要としますので僕のような魔導師は使えません。魔術師に頼むしかありませんね」
「ふうん……。魔物って人間が食べたらどうなるの?」
 不意に疑問に思う。
「異常をきたしますね。食べても害のない魔物もいるのではないかと研究されていますが、まだ発見されていません。大体は狂死します。魔物に影響を受けて凶暴化した一部の獣類は食しても問題ありません。例えば、マゴイですね」
 
またマゴイか、とアールは思う。
 
「マゴイの繁殖率は高いのですよ。一度に10匹もの子を産みます」
「マゴイだらけになるね」
 と、アールは胸を摩る。今はあまり食の話はしたくない。
「そこは人間が管理しています。今では野生のマゴイを見つけるのは難しいですね。マゴイ生産農場という島があるのですよ。そこで育てられ、出荷されたマゴイが全国の市場に出回るわけです」
「豚よりマゴイだね」
「豚はマゴイより値段が張りますね」
 
「私の話ですか?」
 と、マスキンが膝をついていたルイの真後ろに立っていた。
 
「あ、いえ……」
「マゴイには感謝してますけど? おかげさまで我々は人間の為に育てられて人間の為に殺されるというサイクルから多少なりとも抜け出せたわけですから、えぇ」
「マスキンさん、カイは?」
 と、アールは話題を変えた。
「スーさんと寝てしまいましたけど?」
「そう。だから静かなのか」
 
暫くして、操舵席から出てきたデイズリーがもうすぐグリーブ島に着くぞと叫んだ。
漸く船酔いから解放される、とアールは安堵したのだった。
 

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