voice of mind - by ルイランノキ |
漸く街が姿を現したのは、日付が変わった頃だった。
一番体力のあるシドもさすがに疲労を隠せず、ため息まじりに言った。
「やっと、見えてきたぞ……」
それでも警戒は怠らず、周囲をしきりに気にしている。
それに比べてカイは、さっきまで一番後ろを気怠るそうに歩いていたのに、「やったぁー!」と、元気よく走り出した。この時の為に戦闘を避け、体力を温存していたのではないかと思うほどだ。
アールはため息をついた。漸く魔物がいる場所から開放されてゆっくりできるのかと思うと、ホッとする。
「お疲れ様です。さっきの戦闘、シドさんと息が合っていましたね」
ルイはアールの疲れを察してそう言った。
「え? そうかな……。また足引っ張っただけかと……」
円になって殺されていた魔物と出くわした後、休むことなく現れる魔物と戦闘を繰り返した。とは言っても、中には戦う前に逃げだす魔物もいて、アール一人でも仕留められる弱い魔物もいた。それでも走っただけで直ぐ息切れしてしまう彼女の体力は、とっくに限界を迎えていた。足も腕も、疲労で痙攣している。
街の入口へ辿り着くと、人間離れしたシドのジャンプ力でも簡単には飛び越えることが不可能な高さの鉄塀で囲まれ、見渡せないほど大きな街がそこにあった。塀の厚さは2メートルくらいはあり、街全体を囲んでいる様子はベルリンの壁を思わせる。
入口には錆び付いた鉄格子があり、扉はなく、ただ塀と繋がっていているだけで開くことは出来なさそうだが、その隙間から街の様子を覗くことが出来た。
夜も遅く、人の気配は無いけれど、赤レンガで作られたイギリスの町並みを思わせる建物が綺麗に建ち並び、お洒落な街路灯のオレンジ色の明かりがパズルのように敷き詰められている煉瓦道を照らしている。
「綺麗な街だね。どうやって入るの?」
と、アールは少しワクワクしながらルイに尋ねた。
「ルヴィエールの管理人が来ると思いますよ」
ルイがそう答えて見上げた鉄格子の端には、カメラらしきものが設置されていた。
高い塀も、鉄格子も、魔物から街を守る為のものなのだろう。
暫くすると、40代半ばくらいの一人の男が小走りで街の中を走って来た。
「お待たせして申し訳ない。君達も旅の者かね?」
──君達も?
アールは旅の途中で5匹の魔物を倒した人物が、一足先にこの街へ訪れたのではないかと考えた。
「はい。夜分遅くに申し訳ありません」
と、ルイが丁寧に対応する。
「構わんよ」
そう言って管理人は警戒するように外の様子を伺った後、鉄格子に手を触れた。すると、スーッと鉄格子が煙のように消えた。
「わぁ! 凄い!!」
アールが思わず声に出すと、管理人は微笑み、「ようこそルヴィエールへ」と、一行を招き入れた。
「おまえ静かにしろよ、みんな寝てんだからよ」
と、シドが呆れてアールに注意を促す。
「ごめんなさい……つい」
ゴミ一つ落ちていない綺麗な街。一歩外に出れば魔物がいる。街の人々はずっとこの塀の中で生活しているのだろうか。アールは複雑な気持ちで人が生活をしている建物を眺めた。
「身分を証明するものはございますか?」
と、管理人が尋ねて来た。
街に入るだけで身分証が必要らしく、アールは困惑した。保険証なら財布に入っているけれど、この世界で通用するわけがない。
そんな不安を察したルイが、ポンッと彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ」
笑顔でそう言うと、自分のシキンチャク袋から財布を取り出し、更にその中から4枚のカードを取り出して管理人に手渡した。
「暫くお待ちください」
カードを受け取った管理人は、街の出入り口の隣にある交番のような小さな建物へと入って行った。
「あそこはなに? さっきのカードは?」
アールはルイを見遣る。
「あそこは街の受け付けです。大きい街ほど身分証が必要な場合があります。先程手渡したものが身分証明カードですよ」
「私のも……?」
「ええ、旅に出る前にゼンダさんが用意してくださりました」
──知らなかった。私の身分証明カードってどうなっているんだろう。名前は? 住所は……?
戻って来た管理人はルイに身分証明カードを返し、「宿はお決まりですか?」と訊いた。宿は決めていないことを伝えると、街の地図を広げて格安の六つの宿を紹介してくれた。
「近くに食材屋がある方が便利ですね」
と、ルイは言った。長旅に食材は必要不可欠だ。
「武器屋もな」
シドはこれから現れる魔物の為に武器を備えておきたいようだ。
「女の子もー!!」
と、カイは叫んだが、彼の言う言葉には誰も取り合わなかった。
管理人とルイとシドは地図を囲んで相談し合う。
「無視?! 酷くなぁーい?」
無視されたカイは涙目でアールに同情を求めた。
「そうだね」
「アールは何が近くにあるといいー?」
カイの質問に、ルイもシドも地図から目を離してアールに視線を向けた。
カイの意見は聞かず、彼女の意見は一応聞くようだ。
しかしアールはこれといって行きたい場所がなく、とにかくゆっくり休みたいと思っていた。──ふと、彼女は気になっていたことを管理人に尋ねた。
「あの……、私達より少し先に誰か来ませんでしたか?」
「あぁ、来ましたよ。知り合いかね?」
「いえ。でもちょっと気になることがあったので……」
その人が魔物を倒した人物だと断言は出来ないが、その可能性は高い気がしたのだ。
「あの方でしたら、此処の宿にお泊りですよ」
と、管理人が指をさした場所は、ルイが望んでいた食材屋が近くにある場所だった。
「武器屋遠いじゃねーかよ」
と、シドは面倒臭そうに言った。
「どうします? 僕は会ってみたいのですが……」
ルイはシドの意見を訊くと、
「まぁ……しょうがねぇな」
と、仕方なく了承し、宿は決まった。唯一、カイの希望は外して。
「女の子はぁ? 近くに沢山いるぅ?」
「うるせぇーな」
シドはカイの質問にうんざりする。
「この街は広く、道に迷うかもしれませんので、この地図は差し上げますよ。ではごゆっくり」
と、街の管理人は地図を畳んでルイに手渡した。
用が済んだ管理人は一同に頭を下げて、そそくさと街の奥へと消えて行った。
「ねぇ女の子はぁー?」
「名前名乗らなかったね」
と、アールは去ってゆく管理人の背中を見送り、ルイに言った。
「管理人さんですか? シグレさんですよ、胸に名札を付けておりました」
「あ、ホント? 暗くて気付かなかった」
「ねぇー…、女の子はぁ?」
「今何時だ?」
と、シド。
「もうすぐ2時ですよ」
「マジかよ……さっさと宿行こうぜ」
「女の子は……?」
と、カイはずっと女の子のことばかりを気にしていたが、誰一人、彼の質問には答えなかった。
ちょっとだけ可哀相にも思えたアールは、少しだけ取り合うことにした。
「可愛い女の子いるといいね」
「?! うん!!」
と、構って貰えずにふて腐れていたカイは、漸く遊んで貰えた子供のように満面の笑みを浮かべた。
けれど、調子に乗ったのか宿に着くまで女の子に対する想いを永遠と語り続け、さすがにアールは殆ど聞いておらず、お洒落な街並みを眺めていた。
Thank you... |