voice of mind - by ルイランノキ |
ルイが目を覚ましたとき、部屋は暗かった。
喉が渇いたなと体を起こしたとき、額に置かれていたタオルが掛け布団の上に落ちた。拾い上げて少し離れた場所に置かれていた水の入った洗面器に入れた。小さくなった氷が浮いている。
ふと、枕元に水筒が置かれていることに気づいた。アールが用意してくれたのだろう。彼女の水筒は薄ピンク色だからすぐにわかった。その隣にはお皿にのせてある三角形のおにぎりふたつと、その傍らにお漬物。
ルイが水筒の水を飲もうとしたとき、しんと静まり返った部屋に人の気配を感じた。
視線を向け、目を凝らした。
アールが部屋の隅っこで猫のように丸くなって眠っていたのだ。
座布団を半分に折って枕にしているが、布団は敷いていない。
「…………」
ルイは水を飲むのをやめて、先にシキンチャク袋から予備の掛け布団を取り出すと、アールを起こさないように体に掛けてあげた。
アールの髪が濡れていることに気づいた。服も着替えてある。お風呂を借りたのだろうか。髪を乾かさずに寝ると風邪をひくのではないかと心配になった。
ルイは自分の布団に戻り、水を飲んだ。
額に手をあて、熱は下がったなと一安心する。だがまだ体の怠さは残っていた。
用意されていたおにぎりとお漬物も綺麗にいただき、シキンチャク袋から置き時計を取り出した。午前2時過ぎだ。暫し考え、朝6時にアラームをセットした。
再び布団にもぐり、目を閉じた。
* * * * *
海を眺めるルイの肩を、誰かがポンと叩く。
振り向くとアールが立っていた。
「綺麗だよね、この海」
アールはそう言って海に向かって走り出す。
アールの雰囲気がいつもと少し違っていた。
表情は柔らかく、服装もツナギではなかった。真っ白いワンピースを着たアールが、真っ白いサンダルを脱いで海の前に立った。
波が押し寄せて、アールの足首まで濡らした。
ふいに彼女は振り返り、ルイに向かって手招きをした。
「──君もおいでよ!」
ルイは微笑み返し、歩み寄った。
「また来年も来たいよね。初めて去年一緒に来たとき、すっかり気に入っちゃった」
と、アールは言った。
「去年?」
「忘れちゃったの? 一緒に来たじゃない」
「僕とですか?」
ルイは首を傾げた。
「そう、君と」
アールはルイの手を取り、海の中へ入った。
腰まで浸かり、「服のままでも誰も見てないしいっか」と笑った。
「あ、でも落とさないようにしなくちゃね」
アールは太陽に手を翳した。薬指に嵌めている指輪が光る。「君に貰ったのに、無くすわけにはいかないよね」
「え……?」
「君も無くさないでね」
「なにをですか……?」
「なにをって……ペアリング」
アールはルイを“君”と呼んでいた。
ルイは違和感を覚え、水面を見遣った。知らない男の顔が波に歪みながら自分を見ている。
──誰だ……?
「君は誰なの?」
アールに質問を投げかけられ、ルイは顔を上げた。
──まただ……。
これは夢なのだと気づく。
柔らかい笑顔を見せていたアールの顔は傷だらけだった。風に靡いていた髪はバサバサに痛んでいた。真っ白いワンピースは心臓のある位置から赤く染まってゆく。
「君は誰なの」
──僕は……
青々と空の色を映していた海も赤黒く染まり、彼女はルイに手を伸ばしながら後ろへゆっくりと倒れていった。
ふいに手を伸ばしたルイの薬指に、アールが身につけていた指輪が光っていた。
アールは海に沈み、
彼女の血で染まっていた海は再び透明感を取り戻し、水面は風に揺れていた。
ルイは微かに水面に映る自分を眺めていた。
自分ではなかった。
アールと同じ指輪を身につけた、悲しげに自分を見つめる知らない男だった。
* * * * *
「いってきまぁあああぁぁす!」
ルイはカイの大声で目を覚ました。そしてひやりとする。カイはいつも起きるのが遅いため、寝坊したのだと思ったのだ。
慌てて体を起こすと、すぐ隣でブタが短い足を折り曲げ、正座をしてキャベツを食(は)んでいた。
「──あ、おはようございます。シドさん」
「僕はルイです。スキマスマキスさんはなぜここに……?」
と、枕元に置いていた時計を見遣った。朝の7時だ。アラームの時間はとっくに過ぎている。
「アラームは私が止めましたけど? アールさんに頼まれて」
丸いキャベツを一枚ずつむしり取りながら食べている。
「アールさんに……?」
夢の中のアールを思い出し、動悸がした。
「この村の猟師さんが我々をカスミ街まで送ってくれるそうなんで少し村でゆっくりしようとシドさんがおっしゃられて」
「シドさんが……?」
想像できない。
「正確には、シドさんが昨日の晩にこの村の猟師に会い、今朝みんなが起きてから『猟師がカスミ街まで送ってやると言ってたぞ』と言いました。それを聞いたカイさんが『じゃあ村でもうちょいのんびりしよう』と言いました。するとシドさんは『は? のんびりしてる暇なんかねぇよ。つか断ったしな』と言いました。するとアールさんが『せっかくのご好意なんだから甘えさせてもらおうよ』と言いました。するとカイさんが『そうだよそうしようよ』と言いました。するとシドさんが『断ったっつったろーが』と言いました。するとカイさんは『断ったんならカスミ街まで送ってくれるって言ってたなんてわざわざ言うな』と怒鳴りました。暫くカイさんとシドさんの口喧嘩になりました」
スキマスマキス・マスキングテープことマスキンはそう言って一先ず話を中断し、キャベツを食べた。
「続きですけど、口喧嘩をしていると猟師の一人がやってきて『どうせカスミ街に用事があるから夕方からでよければ連れてくぞ』と言いました。するとアールさんが『わざわざ猟師さんが言いに来てくれたんだし、ルイがまだ病み上がりだし、お言葉に甘えようよ』と言いました。すると面倒くさくなったシドさんが『ったく……好きにしろ』と言いました。するとカイさんが『じゃあゆっくりしていいの?!』と言いました。するとシドさんが『まぁルイのこともあるしな。今回だけだぞ』と。──そしてアールさんが『マスキンさんルイの時計のアラーム止めてきてくれる?』と言いました。止めました。そして先程『マスキンさん、朝食出来たからルイを起こしてきてくれる?』と言われたのでお邪魔したのですがルイさんは私が起こす前にカイさんの声で起きました。以上ですけど? え?」
「……なるほど、目に浮かぶようです」
ルイは頷いた。
「ちなみにカイさんが誰よりも早く起きました。カイさんいわく『かわいこちゃんがいっぱい俺を起こしにきてくれたぁ』だそうで、目覚めは最高だったと。ちなみにそのときに訂正されました」
「訂正?」
「『俺はカイダヨンじゃなくて、“カイ”です』と」
「そうでしたか」
ルイは背伸びをした。
立ち上がり、軽くストレッチをしてみる。体の怠さも抜けたようだ。
布団を畳み、マスキンに連れられて和室を出た。
Thank you... |