voice of mind - by ルイランノキ |
時刻は深夜の1時を回っていた。
アールはルイの額に乗せていたタオルを氷水に浸し、再び額に置いた。眠っているルイの寝顔を見て、少しは顔色がよくなってきたかなと思う。
シキンチャク袋から水筒を取り出し、枕元の近くに置いた。ルイが喉の渇きで目が覚めたとき、すぐ飲めるようにである。眠っているのがカイならもっと離れた場所に置かないと寝相が悪くて水筒を倒して部屋の隅まで転がしてしまうことだろう。
アールは静かに立ち上がり、背伸びをした。少し外の空気を吸いに行こう。
襖を開けて廊下に出た。向かい側の部屋にはカイ達が眠っている。ここはアールを川から救い出してくれたお婆さんの家だった。
引き戸の玄関を開けると、涼しげな風がアールの伸びた髪を靡かせた。肩より伸びた髪を耳に掛けて、目の前の小川まで歩み寄って腰を下ろした。向かい側には黄色の菜の花が咲いている。
季節は春だろうか。いや、季節は狂っているんだっけ。
「眠れないの?」
その声にどきりとした。
振り返り、笑顔を向ける。
「うん。さっきはありがとう。シオンさん」
彼女は、久美に似ていた。顔だけじゃない。声も。背の高さも。
「私はなにもしてないよ、アールさんの仲間が迎えに来るまで話し相手になっていただけだし」
彼女はそう言ってアールの横に腰を下ろした。
ショートパンツから伸びた足は細く、色白で綺麗だった。
彼女は徐に靴を脱いで裸足になると、小川に足を浸けた。
「そういえば、クミって、人の名前?」
「あ……うん。私の友達に似てたからつい……」
彼女の名前はシオンと言った。だけどふいに笑う姿が久美に似ていて、つい久美の名前を呼びたくなる。
「そっか、会ってみたいかも」
シオンはそう言って、右足を上げて水を飛ばした。「気持ちいいよ? アールさんも浸かったら?」
「うん。あ、呼び捨てでいいよ」
アールは靴を脱いで靴下も脱ぐと、ズボンの裾をふくらはぎの上まで上げてから足を水に浸けた。少し冷たかった。
「私のことも呼び捨てでいいよ?」
「うん」
アールはシオンと肩を並べて川に足を浸けていた。盛り上がる会話をしていたわけでもないのに不思議と心地好く感じる時間だった。
──久美
あなたと似ている人を見つけただけで、沢山の思い出が蘇ってきたの。
久美の仕草や口癖とか、学生時代のこととかさ。
旅をはじめた頃はまだ、思い出と向き合うことが怖くて仕方がなかった。
思い出すたびに遠ざかっていくから。
雪斗との仲を取り持ってくれたんだよね。
卒業式のときのこと、今でも覚えて……
「アールはさ、好きな男の子、いるの?」
シオンはそう言って星空を見上げた。
「……どうして?」
“いるよ”と言えないのは、あれこれ訊かれたくなかったからだ。
「私はね、いるの。ていうか、できちゃった。好きな人」
二人は顔を見合わせた。
「え?」
アールは、シオンの笑顔が、まるで自分も知っている人物の名前を言い出そうとしている気がして驚いた。
「だれ……?」
少しどきどきした。
懐かしい感覚だった。久美に好きな人が出来たと聞かされたときもこんな風にどきどきしていた気がする。
「シドくん」
「──ッ?! ッ?!」
お茶を飲んでいたら確実に気管に入って咳込んでいたと思うし、炭酸水を飲んでいたら確実に吹き出していたと思う。
「なっ?! ──なッ?」
言葉が出なかった。
ルイならわかる。よりによってなぜ怖そうな顔をしているシドなんだ。
「シドくんみたいな人、女の子に人気だと思うなぁ。逞しくて守ってくれそうな人が人気なんだよ?」
「は……はあ……」
「好きな人とか彼女とかいるのかな?」
「さ、さぁ……いないんじゃないかな」
「どんな人が好きなのかなぁ」
「え、うーん……めんどくさくない女かな」
──卒業式
どこで告白したんだっけ
教室だったよね? 自分たちの。
あ……違う
使われていない校舎の教室だったかな
忘れるはずのない大切な思い出なのに、すぐに思い出せないのはどうしてかな。
脳内で再生される雪斗の声
本当にこんな声だったのか自信ないよ……
大体こんな感じだったかなって
再生される
雪斗
私は覚悟を決めなければいけない
そのときは
君の声を 聞くよ
Thank you... |