voice of mind - by ルイランノキ


 百花繚乱1…『谷底村』



きっと谷底村から始まって、島で根付き、街で芽が出る
 
そんな流れだったような気がする。
今冷静になって、当時の自分と向き合うと、当時には気づけなかった些細な自分の変化に気づけてしまう。
 
あのとき気づけていたら、止めることが出来たのだろうか。
止める術を知っていただろうか。
 
きっと認めたくないんじゃないかと思う。
つい最近まで、そうだったように。
 
認めてしまえば大切なものをまた、失うから

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「ルイ……大丈夫?」
 
アールの心配そうな眼差しが、ルイの顔を覗き込んだ。
 
ルイは畳の部屋に敷かれた布団の上で眠っていた。熱で赤く染まった顔。額に汗が滲み、視界がぼんやりとしている。
 
「しばらく休むといいよ。ここは谷底村っていうみたいだよ?」
 
布団に眠るルイのすぐ脇で、アールは洗面器に入れた氷水にタオルを浸した。強めに絞り、ルイの前髪をかき上げて冷たいタオルをのせた。
 
「アールさん……ご無事でしたか……」
「うん。ルイの結界のおかげ。みんなは外にいるよ。のどかな村で、パラダイス」
「パラダイス……?」
「可愛い水着美女が沢山なの」
「…………」
 
アールがルイの世話をしている中、外ではカイがバレーボールを投げていた。
 
「ほぉーれ!」
 ボールは半球を描いて、ビキニ姿の女の子たちの元へ落下した。
「きゃーっ! もっとゆっくり投げてくださいよぉ!」
 と、ひとりの女性が頬を膨らませる。
「えー、これでもゆっくり投げたんだけどなぁ」
 と、カイは鼻の下を伸ばした。
 
シドは、アールとルイが今世話になっている家の裏畑で、野菜の種を植えているお婆さんに声を掛けた。
 
「この辺は魔物がいねぇのか?」
 
中腰だったお婆さんはぐっと背中を伸ばした。
 
「そうだねぇ、いねぇことはねぇけんど、毎日猟師さんが見回ってくれてるから滅多に見らんよ」
「猟師? 村に結界は張られてねぇのか」
「昔は張ってあったけんど、切れてしまってねぇ。また魔術師に頼む金なんかないし、よそんとこから来た猟師さん達に任せたほうが安く済むしがんばってくれとるよ」
「へぇ」
 
お婆さんは再び中腰になって種を蒔きはじめた。
 
「手伝ってやろうか?」
「おやおや、見かけによらんね。あんたも娘達と遊んだらどうだい? 20前の女の子ばかりおるでよ。手ぇ出したら猟師に狩られるけんど」
 と、お婆さんは笑う。
「なんでこんな辺鄙なとこに若い女が沢山いるんだ?」
 シドは腕を組んだ。
「みんなカスミ街から抜け出してきたんよ。あそこは10にも満たない娘を無理矢理結婚させたりと酷いとこだからねぇ。特に綺麗な娘ほど目をつけられる」
「ここに来れば守ってもらえるってわけか」
 と、シドはさほど興味なさそうに欠伸をした。
 
カイが女の子たちとはしゃいでる声が村に響いている。
 
「二十歳まではね。いつまでも面倒見てられんよ。二十歳になればみんな出て行く。私もカスミ街から逃げ出してきた身だけんどね、猟師の一人と恋に落ちて住むことにしたのさ」
「へぇ。婆さんやるじゃねぇの。その村や女を守る猟師ってのはさぞや腕があるんだろうな?」
 シドは面白そうに笑う。
「会いたいんなら、海辺に行くといいさ。今頃見回りの準備でもしとるよ」
「海? 近くに海があんのか」
 だから水着の女がいたわけだ。それにしても潮風はあまり感じない。
「小川に沿って歩いて行けば見えて来るさ」
 
シドは退屈凌ぎに海へ向かった。
 
ヴァイスは村が一望出来る丘の上にいた。ここからなら海も見え、微かに潮風も流れてくる。
彼はカイとは違い、静かな場所を好んだ。
 
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「アールさんも外で羽を伸ばされては?」
 虚ろな目で、ルイはそう言った。
「こういうときくらい面倒見させてよ」
 アールは苦笑する。「いつもは私が世話になりっぱなしだし」
「ですが……」
「迷惑って言うなら外に出てくよ」
 と、アールは微笑んだ。
「アールさん……」
 迷惑だなんてルイに言えるはずもなかった。「ありがとうございます」
「うんうん、お姉様にまかせなさーい」
 
アールは掛け布団をルイの肩まで掛けなおした。
部屋の電気を暗くして、ルイが眠る邪魔をしないように部屋の隅に腰を下ろした。
シキンチャク袋から本を取り出して読みはじめる。
 
「あ、喉渇いたら言ってね」
「はい」
 
アールはページをめくった。ベストセラー「猫背の運転手」の番外編、「鳩胸の乗客」だ。
ルイは目を閉じながら、アールがページをめくる音に耳を傾けた。
 

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