voice of mind - by ルイランノキ


 見知らぬ世界25…『仲間』

 
一行は何もない広い空き地を見つけ、旅の途中の一休み。
ルイはまたテーブルを用意すると、食材を広げて昼食を作り始めた。昼食はおにぎりなどで済ませることが多いが、カイがお腹空いたと騒いだことと、ちょうど空き地があった為、仕方なく腕を振るうことにした。カイは昼食が出来るまで地べたに座り込み、何やら工作をしながら時間を潰している。シドの姿は無く、また腕を鍛えに行っているのだろう。
 
一日に出くわす魔物の数は60匹ほどで、この辺りは少ない方だという。それでも彼等が疲れを隠せないのは、アールがこの世界に来る前にも旅をしていたからだとルイが話していた。
 
「カイさん?」
 と、アールは工作中の彼に近づいて声を掛けた。
「カイでいーよ、アール!」
「カイ……、何してるの?」
 
魔物を目にしない日はない。アールは未だ戸惑いや不安や恐怖が消えないけれど、そんな心とは裏腹に、彼女の体は少しずつ、力を備えようとしていた。
 
「粘土細工だよぉー」
 そう言ってヘラヘラと笑いながらカイは粘土をこねている。
 
カイのシキンチャク袋には玩具が入っていたようで、彼が座っている周りには人形やパズルなどが散乱している。重い空気に耐えられないアールにとっては、彼を見ていると心が和んだ。
仲間というより、友達のような感じだ。そのせいか、カイと話していると、つい敬語ではなくなることがしばしあった。
 
「あ、そういえば、“ヨーコウ”って何?」
 と、今更ながらずっと気になっていたことを訊く。
「ヨーコウってのはねーえ、モンスターの名前。体臭がスンゲー臭くてさ、口から緑色のドロドロした液体を出して攻撃してくんの! それはもう気持ち悪いのなんのってー!」
「……私のこと、そのヨーコウって呼んだよね?」
「え? あーそうだっけぇ?」
 と、笑うのを止め、目を逸らしてすっとぼけた姿はまるで子供そのものだ。
「呼んだよ。ヨーコウって」
「えー、やだなぁ意外と根に持つタイプ?」
「……最低」
「えーっ、ショック!」
 
少しずつ彼らと打ち解けていくように見えるが、アールはただ、何か会話をしていれば辛いことを考えなくて済むと思っていた。
 
「ルイさん、何作ってるんですか?」
 と、今度はルイにも声を掛ける。
「野菜炒めです。アールさん、僕のことも呼び捨てで構いませんよ、それと……敬語も使わなくていいですよ?」
 と、ルイはいつも笑顔だ。
「……うん。ルイも、敬語使わなくていいよ」
「僕は癖ですので……」
 
確かにルイはみんなに敬語を使って話していた。でも、不思議と堅苦しい感じはない。
 
「そっか。──美味しそうだね、色とりどりで」
「えぇ。近くに咲いていた山菜も使用しました。シキンチャク袋に入れていた食材は尽きはじめていましたので。でも街までもうすぐですし、山菜もほろ苦さがまた良い味を出してくれます」
 
魔法の袋。シキンチャク袋はお店で安く買えると、旅の途中でカイが言っていた。こんなに便利な物が安いなんて、そっちのほうが驚きだ。
 
「手伝うこと、ある?」
「大丈夫ですよ、もうすぐ出来ますので。あ、シドさんを呼んできて貰えますか?」
「え……」
「多分そんなに遠くには行っていないと思うので」
「でも……」
「あ、大丈夫ですよ、この周辺は草食モンスターが多く、襲ってくるモンスターは弱い者ばかりですし、直ぐ近くにいると思います。少し覗いてみて見える範囲にいなければ僕が呼びに行きますから」
 
いや……モンスターの問題じゃなくて私あの人まだ苦手なんだけどな。と、アール思い悩む。
 
「お願いします」
 と、ニコニコキラキラスマイルでルイに頼まれ、アールは断れず、
「……捜してきます」
 と、渋々答えた。
 
シドとは、まだ一度も会話らしい会話はしていない。他の二人と会話をしている時に入って来て話す程度だったり、あとは命令されるくらいだった。彼のことを、悪い人だとは思ってない。
 
 ただ…… 怖い。

   
「うぉらぁあぁあああぁあぁ?!!」
「──?!」

空き地から出て少し歩いた先で、叫びながら刀を振り回すシドを見つけた。彼の周りには、モンスターの死体が山積みにされている。
 
「………」
 アールは思わず硬直した。
「手応えねーな。……あ?」
 アールに気付いた彼は、彼女を睨みつけた。
 
どうやらかなりアールのことを嫌ってるようだ。アールはシドの目付きや威圧感がどうしても怖かった。刀を振り回して雄叫びを上げているガタイのいい男と、仲良くなれる気はしない。
 
「あの……食事の準備が……」
「……あぁ」
 
どのくらい長引くか分からない旅。これからも助け合わなければならない仲間だからこそ、歩み寄らなければならない。ルイが言っていた、『ああ見えて良い人』という言葉を信じ、アールは意を決して話しかけた。
 
「……シドさん、全部一人で倒したの?」
 シドは、黙って目を逸らした。全力のシカトである。
 アールは少し胸がズキッと痛んだが、怯まず再び話しかけた。
「す、凄いですね! 私には無理ですよぉ……なんて……」
 これじゃあまるで上司に気に入られようと媚びを売ってる部下みたいだ。
「だろうな」
 と、シドは言う。
 
だろうな? 内心ムカッと来たが、飲み込んだ。
 
「でも……頑張ります!」
「無理だろお前には」
「き、期待されてないなぁ私……あはは……」
「誰もお前なんか期待してねぇーよ」
「……はい?」
「ハッキリ言って、お荷物だ」
 
留めを刺すシドの言葉に、控えめなアールだったがさすがにカチンと頭に来た。いくらこれから共に戦う仲間とはいえ、いくらルイが『ああ見えて良い人』と言ったからとはいえ……そこまで心底見下さなくてもいいんじゃないの?! こっちだって慣れない環境で毎日命がけでがんばっているのに!!
 
「……さっきから言いたい放題ですね」
 ムカムカしていたアールの声は怒りで震えていた。「私に越されるのが怖いんですか?」
「はぁー?」
「いつか力を身につけて、自分より強くなる私に今から嫉妬してたりして」
「おい……斬られてぇのかッ?!」
「短気は損気。怒ると体力消耗しますよ?」
「くっ……刀抜けてめぇゴルァアアァ?!」
「いちいち叫ばないでよ! 筋肉バカ!! 人が一生懸命歩み寄ろうとしてるのにその態度はあんまりじゃないの?!」
「き……筋肉……ーッ?! 殺す!! てめぇぜってー殺す!!」
 
アールは普段、どちらかといえば大人しい方で、苛々することがあっても溜め込むタイプだったが、この世界に来て環境が一変し、性格も変わりつつある。生きるか死ぬかの日々。溜め込んだってしょうがない。
 
「どうぞ? 私は別に間違ったことは言ってませんからっ!!」
「んぬぅ?!」
「あ、戻ろっと。お腹すいたし」
「オメェに食わせるもんはねぇ!」
 シドはそう叫び、真っ先に走ってアールを追い抜いて行った。
 
 なんかどこかで聞いたことのあるセリフ……?
 
良い人。薄々気付いてはいた。根は、良い人なのだろう。なんだかんだであの人は……
 
「──?!」
 
急に気配を感じて振り返ると、真後ろに巨大な魔物がアールを見下ろしていた。
 
「み、見たことないやつ?!」
 
体が大きい割には目は小さく、口は人を丸呑みに出来そうなほど大きい。一瞬怯んだアールだったが、ルイはこの周辺に出るモンスターは弱いものばかりだと言っていたことを思いだし、直ぐに剣を抜こうとした。──しかし、腰の剣に手を添えると抜く暇もなく襲い掛かってきた。魔物が振り下ろした鉤爪が、アールの服に引っ掛かかる。
その時、風を切る速さで誰かが走って来たかと思うと、一瞬にして魔物を斬り倒した。
 
「?! え、えっ……? わああぁあああぁああ!」
 魔物はアールの方へと倒れ、彼女は下敷きになってしまった。「うッ! お、重ッ……苦しい!!」
 それは瞬きをするような一瞬の出来事だった。
「馬鹿かテメェは」
 
シドが戻ってきたのだ。下敷きになったアールの腕の服を掴み、グイッと引きずり出した。
 
「シド!! ありがとう!!」
「お前うるせぇ。呼び捨てにすんなボケ」
 
 
ルイ達の元へ戻ると、カイが「うめぇー!!」と叫びながらルイの料理を既に食べはじめていた。ルイは「おかえりなさい」と笑顔を向け、二人分の食事をお皿に取り分けた。
シドはよく叫び、カイはよく笑い、ルイはよく微笑む。そんな彼らを見て、アールは思った。──嫌いじゃないかも。
 
「おかわり……もらおうかな」
 と、アールは美味しい料理に思わずおかわりを頼んだけれど、
「馬鹿か! 残りは俺が食うんだよッ」
 と、シドがすかさず止めに入る。
「誰がそんなこと決めたの? 勝手に決めないでよ!」
「そーだよぉ、俺がいることも忘れないでよぉ」
 と、カイが言う。
「オメェは食い過ぎだ!」
「カイは食べ過ぎ!」
「みなさん、まだ沢山残ってますから……」
 と、ルイは困りながら言った。
 
だけど、シドとアールの距離が少し近づいていたことに気づいた彼は、ホッと安心した表情を浮かべたのだった。

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©Kamikawa
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