voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離14…『出会うべくして』

 
「よぉーし、がんばって作ろう!」
 と、アールは使わない食材をシキンチャク袋に仕舞う。
「決まったのか?」
 吟遊詩人はアールを見遣った。
「はい。──あ、でも食器がない!」
 
ルイから預かったシキンチャク袋には食材と調味料しか入っていなかった。食器もなければ調理器具もない。食器類は別のシキンチャク袋に入れてあるのだろう。
 
吟遊詩人はすくと立ち上がり、部屋の隅に置かれた木箱を開けた。中には食器、鍋、フライパンなどが入っていた。
 
「使うといい」
「おぉ! 助かります! ──あ、火を起こす布巾みたいなのもありますか?」
 アールは木箱を覗きながら、フライパンを手に取った。
「そのようなものはないが、火を起こしたいのなら手を貸そう」
「助かります」
 
そう言いながら、アールの家の台所はIHクッキングヒーターであったため、うまく調理出来るのか不安になった。
 
火を起こすのを手伝うと言っていたため、原始的なやり方で火をつけるのかとおもいきや、吟遊詩人はコートのポケットからマッチを取り出していた。
 
廃墟の裏に、調理できる小さな釜戸がつくられていた。枝を集めた場所を煉瓦で囲み、その上に黒く焦げた網が敷かれている。その隣には調味料などが入った大きめの木箱が置かれていた。
 
「煉瓦とか網とかどうしたんですか?」
「もともと廃墟にあったものだ。木箱をテーブル代わりに使うといい。まな板を持ってくる」
 吟遊詩人はそう言って再び廃墟内へ戻って行った。
 
少し離れた場所でシドが刀を抜いて素振りをしている。ヴァイスはアールのいる場所からは死角で見えなかった。おそらく変わらず廃墟に寄り掛かっているのだろう。
 
吟遊詩人が持ってきたまな板は、ただの板だったが、それを木箱の上に乗せて、その上にキャベツを数枚置いた。
水を入れたボウルを傍らに置いて、借りた包丁で早速キャベツを千切りにしようとしたとき、シドが歩み寄ってきた。
 
「ざく切りにしてやろうか?」
 刀の刃がアールの顔のすぐ横でちらつく。
「千切りにするからいい」
「指まで千切りにするなよ? そんなもんハイマトスしか食わねぇぞ」
 
アールは首を傾げた。ハイマトスってなんだっけ。
シドは笑いながら元の位置に戻ると、また素振りをはじめた。
 
「ハイマトス……ハイマトス」
 アールはぶつぶつと呟きながら、キャベツを千切りにする。
「やはりハイマトス族なのだな」
 そう言ったのは吟遊詩人だった。
 
アールが調理をするのが不安なのか、近くに腰を下ろした。
 
「ハイマトス族? ……あぁ! ヴァイスか!」
 漸く思い出した。「知ってるんですか?」
「聞いたことがあるだけだ」
 
千切りにし終えたキャベツを、ボウルに入れた。
 
「ヴァイスは仲間になったばかりだから、まだ謎めいてるんですけど、いい人そうです」
 次にアールは、マゴイの薄切り肉を食べやすい大きさに切りはじめた。
「なぜそう思う?」
「肉を食べたら身長が伸びたって教えてくれました。──肉多めに入れよっと」
「…………」
「誰でも秘密のひとつやふたつあるだろうし、むやみやたらにいい人だって決めつけてるわけじゃないんですけど、いい人じゃなかったら仲間になってないですから」
 
食べやすい大きさに切った薄切り肉がお皿に積もってゆく。
 
「ルイたちと同じ光を放つ人ですよ。悪い人だとは思えない」
 と、アールは呟いた。
「なんの話だ?」
「あ……いえ。まぁなにかよくないことが起きても、それも運命として受け入れるべきことなんだと思います」
 
出会うべくして出会ったのだから。
どんなことがあっても……。
 
「よーし、肉切った」
「随分と切ったな……」
「6人分だから」
 と、今度は剥き海老を取り出した。
「仲間はあと2人いるのか?」
「私と、そこで素振りしてる筋肉マンと、壁に寄り掛かりっぱなしのロンゲ兄さんと、ロッドを持ってた爽やか男子と、今森の中を逃げ回っている思い込みの激しいカイと詩人さん」
「…………」
「え、食べますよね?」
「……いや、私は結構だ。貴重な食料を頂くわけにはいかない」
「でも──」
「得体の知れないものは食いたくないんだってよ」
 と、シドが言う。
「どういう意味だっ!」
 と、アールは切り取っていたキャベツの芯を投げたが、全く届かなかった。
「詩人さん、どうせルイが戻ってきたら詩人さんの分も作ると思いますし、食べてください」
「お前が作る料理が食いたくねんだよ」
 と、シドが言ったが、アールは無視した。
「ね、詩人さん。もうお肉切っちゃったし」
「まぁ食ってくれねぇと俺らの毒味の量が増えるわな」
「…………」
 
アールは包丁をまな板の上に置いて立ち上がった。
シドは気づいていたが知らんぷりをして素振りを続けている。
アールはシドに走り寄ると背後から首に右腕を回して締めた。スリーパーホールドである。
 
「こんのやろぉ! 筋肉は黙っててよッ!」
「うるせぇな離れろチビカス」
 
シドは首を絞められているが顔色ひとつ変えず、アールを背中にぶら下げたまま素振りを続けている。
 
「謝れ筋肉! 人が一生懸命作ってんのにっ!!」
「チビカスに使われる食材が可哀相だな。涙が出る」
「減らず口っ!!」
「チビカス」
「脳内筋肉っ!!」
「チビカス」
「筋肉馬鹿っ!!」
「チビカス」
「ちびかす言うなッ!!」
 
「随分仲がいいな」
 と、ヴァイスが呟いた。
 
「仲良くねーよッ!!」
 綺麗に揃った2人の声は森に響いて消えた。
 

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©Kamikawa
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