voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離13…『大丈夫。怖くないよ』

 
廃墟の冷たいコンクリートの床に、野菜が並んでいる。まるで八百屋のようだが、アールがルイから預かった食材用のシキンチャク袋から取り出した野菜だった。
 
野菜の前に座るアールは胡座を組み、腕を組んで野菜たちと睨めっこをしていた。中には肉や調味料もある。
 
沢山の調味料を見遣り、首を傾げた。この世界の文字は魔法文字以外ならアールのいた世界と同じ文字を扱う。平仮名、漢字、カタカナ。
ひとつ手に取った調味料には、《ウスターソース》と書いてあるし、マヨネーズやケチャップもある。だが、中には初めて見る調味料や野菜もあった。そしてなにより警戒心を向けたのは、“肉”だった。発泡スチロールのお皿に生の肉が置かれ、ぴんと張ったラップに包まれている。
 
「なんの肉だろう……」
 そう呟くと、薄々感づいていた答えを吟遊詩人がボソリと呟いた。 
「マゴイだ」
「……ですよね」
 
他にも密閉されたビニール袋に入れられた細切れ肉、薄切り肉などがある。
 
「肉料理、肉料理……」
 
アールは頭を悩ませた。この世界に来る前から、普段からあまり料理をしていなかった彼女はレシピを見ずにつくれる料理は数知れていた。
レシピ本を常に鞄の中に持参していたらこっちの世界に持ってこれたのに、と思った。
 
自分のシキンチャク袋からノートとペンを取り出し、白紙のページの上部に《買いたいものリスト》と書き、その下に《レシピ本》と書いておいた。
ふと、ルイはレシピ本を持っているだろうかと考えた。これまで共に旅をしてきてルイがレシピ本を見ているところを目撃したことはなかった。
 
ルイの頭の中にはいくつのレパートリーがあるんだろう。
ノートを閉じた。少しは自分も料理上手になれたら、ルイの負担を無くせるかもしれない。
 
「……本気でつくる気か?」
 と、シドが廃墟内に顔を覗かせた。
「作れって言ったのシドじゃない」
 ムッとしながら言う。シドが複雑そうな顔で訊いてきたからだ。
「作れとは言ってねーよ……食材、無駄にすんじゃねーぞ?」
「うっさいなぁ。シドもヴァイスを見習って大人しく待っていてよ!」
 
ヴァイスは変わらず廃墟の外で森を眺めていた。
 
「あいつは食わねぇから冷静でいられんだろうが!」
 そう言ってシドはまた外に出て行った。
 
アールは頬を膨らませながら、また野菜と肉を睨みつけていた。
──どうしよう。なにがつくれるかなぁ。
 
「料理を作ったことがないのだな」
 と、部屋の隅に座っていた吟遊詩人が言った。
「一応あるよ! ていうか今考えてるんだから静かにしてて!」
「…………」
 
自分の家である廃墟内に野菜を広げられ、静かにしてろと言われた彼は、かつては窓があった空間から空を見上げた。──そろそろランプ草を部屋に燈そう。
 
━━━━━━━━━━━
 
カイを視野に捉えていた5匹の獣たちは一斉に森から離れて道の先へ走り出した。
その隙にカイは削られて細くなった木から飛び降り、スライムのスーが逃げていった方角に走り出した。
 
カイの後ろでは、5匹の獣が何かに群がっていた。お返事ウサギだった。
 
『わたしは大丈夫だピョン。怖くないピョン。大丈夫だピョン。心配いらないピョン』
 
その声にカイの胸は締め付けられる思いだった。頭を振り、全力でその場から走り去る。
白いお返事ウサギの体はみるみる砂で茶色く汚れてゆく。
 
『大丈夫だピョン』
 
お返事ウサギの首についていたピンクのリボンが、獣の鈎爪に引っ掛かって解けた。
 
『怖くないピョン』
 
獣がお返事ウサギの左腕を噛むと、もう一匹の獣が右腕を噛んだ。おもちゃを取り合う子供のように引っ張り合ったかと思うと、ブチッと腕がちぎれてしまった。
 
『心配……いらな……ピョン』
 
真っ白い綿が舞う。
風に転がる綿を、楽しそうに追いかける獣。
お返事ウサギは、喋らなくなった。

 
──カイは走り続けていた。
額から汗が滲み落ちる。
小さな石に躓いて横転してしまった。
 
カイは体を起こしたが、膝をついたまま立ち上がろうとはしなかった。顔を伏せたまま、地面を爪で引っ掻いた。ガリガリと引っ掻いた。次第にその力は強くなり、カイの爪が割れて血が流れ出た。
それでも地面をガリガリと引っ掻いていると、道の先から羽を羽ばたかせながら近づいてくる生き物の音がした。
カイは虚ろな顔を上げ、青ざめた。──蝙蝠の羽を持つ魔物だ!
 
咄嗟に腰に手を回したが、そこには刀がなかった。パニックに陥りながら今一度魔物に目を向けると、小さな黒い目の玉が6つ、口は大きく開き、無数の棘のように生えた歯を持った丸い頭から蝙蝠の羽を生やした黒い魔物がすぐ目の前に迫っていた。
 
カイは悲鳴を上げる暇もなかった。
 

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©Kamikawa
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