voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離12…『異常事態』

 
カイの額から汗が流れ落ちた。
カイは一点を見つめ、両手で刀を構えたままゆっくりと後退る。
 
カイの目の前に、ルイが結界で囲んだ獣と同じ獣が5匹も現れたのだ。
低姿勢でじりじりと歩み寄ってくる。いつ飛び掛かられてもおかしくない状況だった。
 
肩に乗っているスーは、獣とカイを交互に見遣った。どうするの? と言いたげだ。
 
「ご、5匹もはムリかもしんない」
 と、カイは弱音を吐く。
 
すると突然スーは肩から飛び降りて、獣がいる反対方向へぴょんぴょんと走って行った。
 
「スーちん?! 俺を置いて逃げないでよぉ!!」
 カイの叫びを合図に、獣が飛び掛かってきた。
 
「ぎぃやあああぁああぁあッ!!」
 
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ルイはハッと振り返った。
 
ここから随分と距離がある方角からカイの叫び声が聞こえた。慌てて声の元へ走り出しす。最悪の結果が訪れる前に間に合えばいいが……。
 
 
一方、アールたちも一斉に森に目をやった。カイの悲鳴が聞こえたからだ。アールは不安げにシドを見た。
 
「俺らは下手に動かないほうがいい」
 と、シドは腕立て伏せをはじめる。
 
アールはヴァイスに目を向けた。ヴァイスはアールと目を合わせたが、何も言わずに森に目を戻した。
ふたりとも助けに行く気はないらしい。助けに行ったとしてもまた迷って助けに行くどころではなくなることを考えると賢明な判断だった。
とは言え、アールはふたりのように落ち着いてはいられない。おとなしく待っているべきだとわかってはいるが、落ち着かない。そわそわと無駄に辺りを見回したり、腕を摩ったりしている。
 
見兼ねたシドが言った。
 
「腹減った」
「はぁ? 今それどころじゃないでしょ!」
 と、アールはつい怒鳴った。
「つってもお前にできることは黙って大人しく待つか、ルイたちが戻ってくることを信じて飯でも作って待ってることだけだな。──食料渡されたんだろ?」
「…………」
 
アールは何も言い返さなかった。
ごもっともだからだ。
 
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カイは息を切らしながら眼下を見遣った。自分を捕らえようと5匹の獣は前脚を木に掛け、後ろ脚で跳びはねている。
 
カイは背の高い木の上に避難していた。
5匹同時に飛び掛かってきたときの衝撃で腕や背中が痛かった。防護服を着ていなければ鈎爪で皮膚をえぐられていただろう。
 
「……スーちんのバカ」
 
カイはショックを受けていた。確かに自分は頼りないかもしれないが、せめて一緒に戦う姿勢をとってほしかった。
 
5匹の獣はカイが登っている木を囲み、前脚で引っ掻いている。樹皮がどんどんめくれてゆく。子猫が爪とぎをしているのなら微笑ましいが、このままいくと魔物が引っ掻いている部分がどんどん削れて括れてゆく。
 
「木登りは得意だけど木から木に跳び移るという瞬発力とかバランス力というか勇気というかそういうのは持ち合わせていないんだよぉ」
 と、獣を見下ろしながら呟いた。「はやく誰か助けに来てよぉ」
 
カイの腰には鞘しか刺さっていない。刀は木を登るときに邪魔だったので放り投げたのである。7メートルほど離れた場所に転がっていた。
 
「アール助けに来ないかなぁ。ルイでもいいかもしれないなぁ。それでもダメならシドでもいい……。アールの可愛さはとても異常。ルイの優しさもちょっと異常。シドの頭の固さも異常。俺のかっこよさ、チョー異常。そして俺の現状チョー異常事態。俺さま自体チョー異常、異常事態、ヘイ、ヨー、ヨー、Hey、yo!」
 
新曲が出来上がっていた。
 
カイはシキンチャク袋を握った。なにか獣を追い払える道具はないだろうか。そう思いながら取り出したのは“お返事ウサギ”だった。
カイは白いうさぎのぬいぐるみの頭に手を置いた。
 
「お話し聞いてー」
『わかったピョン』
「俺ねぇ、今ピンチなの。どうしたらいいと思うぴょん?」
『わたしを囮にすればいいピョン。わたしを投げるピョン。ケモノを引き付けるピョン。そのうちに逃げるピョン』
「なに言ってんの?! そんなこと出来るわけないじゃないかぁ!」
『きみの役に立ちたいピョン。あなたを守りたいピョン!』
 
話しかけた人間の心に反応して希望通りの動きや返事をしてくれるお返事ウサギは、つぶらな瞳でカイを見ながら両手を上下に動かしている。
 
「ウサぴょんはどうするのさぁ! ウサぴょんが食べられちゃうよ!」
『……いいんだピョン。ウサは、カイが、大好きだから……だピョン』
 

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©Kamikawa
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