voice of mind - by ルイランノキ |
「ゆきーの降る朝にぃー、こごーえる寒さの中ぁー…」
カイは両手で刀を構え、へっぴり腰になりながらスーの後を追っていた。
「かのーじょが現れてー、暖めてくれたぁー…」
今、彼はひとりだ。正確にはひとりと一匹だが。
歌を歌いながら気持ちを紛らわしてはみるものの、魔物が現れやしないかとひやひやしている。
「そのー日からー、ぼくはぁー寒さも感じないー…温もりも感じないー…彼女は雪女だったぁー……」
カイはぴたりと立ち止まり、ため息をついた。「スーちん、戻ろうよぉ。どこまで行くのさぁ」
ぴょんぴょんと跳びはねながら道を歩いていたスライムのスーは、振り返り、カイを見上げながら目をパチクリと瞬きをした。それから体からにゅっと手を作り、道の先を指差した。まだ先へ進みたいようだ。
「雪女の歌3回は歌ったよぉ? いっそのこと新曲つくろうかなぁ」
そんな悠長なことを言いながらも風が草木を揺らすたびにカイの心臓は跳びはねて寿命を縮めていた。
──と、そのときだった。
すっかり薄暗くなった森の奥から、獣がグルグルと喉を鳴らす音がした。カイは小さな悲鳴を上げて刀を強く握り直した。
猫が甘えるときに喉を鳴らすような可愛らしい音ではない。なにかを威嚇するような、獲物を見つけて興奮するような唸り声だ。
「スーちん……」
カイは獣の姿が見えない森に視線を向けたまま、スーを呼んだ。
スーはぴょんぴょんと跳びはねながらカイの肩に飛び乗った。
逃げ出そうか考え。今走り出せば、森の奥から獣が飛び出して追い掛けてくるような気がして身動きがとれない。
肩に感じるスーの存在に、少しだけ安堵した。ひとりじゃないというだけで、だいぶ心の持ちようが変わってくる。
「スーちん、俺がんばるよ」
カイの耳元で、スーがパチパチと拍手をする音がした。
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ルイはロッドを振り下ろし、目の前に現れた獣を結界で囲んだ。
狼に似た獣は自分の体の大きさより一回りだけ大きい結界の中で何度も方向転換をしながら暴れている。
「すみません。数分後に解除されますから、我慢してくださいね」
出られないとわかった魔物はしきりに足元を前足で引っ掻いているが、結界は正六面体であるため、掘ることは出来ない。
ルイは魔物に背を向けて歩き出した。
時折足元に目をやった。カイの足跡や、カイが残した印しのようなものがないか調べている。
分かれ道で正しい道さえ選べば抜け出すのは簡単な森ではあるが、カイが間違った道を選んでその罠の中にいる可能性も考え、正しい道だけを捜すわけにはいかなかった。
何度か耳を澄ませてみるが、幸か不幸かカイの叫び声は聞こえてこない。
迷宮の森を抜け出せるさすがのルイも、魔力を持たないカイの居場所を突き止めるのは困難だった。叫び声でも上げてくれればある程度の場所は見当がつくが、叫び声は彼に危険が迫っていることを示すことにもなる。
どうにか彼の居場所を突き止める方法はないだろうかと頭を悩ませながら、ルイは歩みを進めていた。
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シドはランプ草が揺れる傍で腹筋を繰り返していた。よほど退屈なのだろう。ダンベルも取り出されている。
ヴァイスは相変わらず廃墟に寄り掛かり、物静かに遠くを眺めていた。
アールは廃墟内に目を向けた。吟遊詩人は竪琴を胸に抱き、床に腰を下ろしたまま目を閉じている。──座ったまま寝ているのだろうか?
アールは時折森に目を向けながら、退屈さも感じていた。シドに話しかければうざがられるか、お前も筋トレやれと言われかねない。ヴァイスに話しかければ独り言になるだろう。
吟遊詩人が腰を下ろしている付近に置かれた木箱に視線を移した。木の板を並べてつくられた木箱の隙間に挿すように、風車が飾られている。風が入り込んだように思えなかったが、カラカラと回った。
吟遊詩人に視線を戻すと、目が合った。少しどきりとする。──気まずい。
「仲間は無事だ」
と、彼は視線を床に落とし、呟いた。
「わかるんですか?」
「この森で何が死に、何が生き続けているのか、漂う風の流れや竪琴の音色でわかる」
アールは無言で吟遊詩人を眺めていた。
そしてふと、こんなことを口にした。
「ここに誰かいましたか?」
「なに?」
と、彼は振り向く。
「あなた以外の誰か」
吟遊詩人は、何故そんなことを言い出すのだろうかとアールを怪訝に思う。
「──いや」
「そうですか」
おかしいな、と、アールは思った。何となく一瞬、吟遊詩人以外の誰かがいたような空気を感じたのだ。気のせいだろうか。
吟遊詩人は風車に目を向けた。カラカラと微かに回る。
「お腹空いた……」
アールはお腹を摩りながらヴァイスの元に歩み寄った。
ヴァイスは近づいてきたアールを一瞥したが、すぐにその目は森に向けられた。
「ヴァイス、ずっと訊きたいことがあったんだけど……」
「…………」
「今訊くことじゃないかもしれないけど……」
アールは少し、訊こうか思い悩んだ。
沈黙が続き、ヴァイスはアールに目をやった。腹筋を繰り返していたシドも、アールの異変に気づき、胡座をかいて彼女を見遣った。
風が吹き、一つに束ねているアールの髪を揺らした。
「ヴァイス……あのさ」
アールはヴァイスの目を見ずに訊いた。
「なにを食べたらそんなに背、伸びたの?」
「…………」
シドは再び腹筋を再開した。
ヴァイスは暫くアールを上から見つめ、言った。
「……肉だ」
Thank you... |