voice of mind - by ルイランノキ


 相即不離8…『化け物』

 
「ねぇねぇねぇねぇねぇ」
 カイは前を歩くシドを眺めながら言った。
「なんだようるせぇな」
 シドは時折空へ伸びる光に目を向けながら歩みを進めている。
「俺もうシドの後頭部見るの飽きた」
「お前なにも出来ねんだから黙って俺のこと見てりゃいんだよ」
「……そのセリフ女の子に使いたいなぁ。『黙って俺のこと見てりゃいんだよ』アールに言ってみようかなぁ」
「バカ言ってんじゃねぇ」
 と、シドは刀を抜いて振り返った。
「わわっ! なんだよぉ!」
 
シドはカイに向かって走り出すと、擦れ違い様に言った。
 
「俺から目ぇ離すな」
「へ?」
 
カイはシドを目で追うと、シドはカイの背後に迫っていた獣を斬り裂いた。
獣は地面に横たわり、長い舌をダランと垂らしたまま息絶えた。
 
「おぉ! かっくいいシドぉ」
「お前今度逸れたらまじでもうしらねぇからな」
 と、刀を振って鞘に仕舞った。
「うん。俺シドからもう目を離さない。でもひとついいかなぁ」
「あ?」
「さっきから同じとこぐるぐる回ってる気がするんだよね。ぐーるぐーる」
 カイは人差し指を立てて指を回した。
「んなわけねぇだろ。あれはルイの光だ。あれに向かって歩いてんだから迷うわけがねぇ」
「そうかなぁ。とりあえずシドの後頭部は飽きたからお尻を見ることにするよ」
「やめろ気持ちわりぃ」
 
シドはルイのロッドが放つ光を見遣り、再び歩きだした。
カイと合流してからかれこれ1時間は経っている。ルイのロッドが光を放ったのはカイと合流してすぐのことだった。
戦闘を繰り返しながら向かっているにしても、なかなか距離が縮まらないように思う。
 
「シドぉ」
「なんだよ黙って歩け」
 
シドもおかしいことに気づいていた。どこか脇道に入ったほうがいいだろうか。そう思う半面、同じ道をぐるぐる回っているようには思えなかった。どこを見ても同じような木々があるが、1時間も戦闘を繰り返しながら歩いている。勿論、倒した魔物はそのまま放置しているのだが、次々に新たな魔物や獣が現れるばかりで倒した魔物と再び出くわすことはなかったからだ。
 
シドは一度振り返り、カイの後ろを見遣った。遠くで先程自分が倒した獣が横たわっている。
 
「どったのぉ?」
 と、カイが不安げに訊く。
「いや。お前ちょっと俺の後ろにまわって静かにしてろ」
 
そう言ってシドは自分が倒した獣がぎりぎり見えるところまで下がり、刀を抜いて木の陰に身を潜めた。
 
「なになになになに?」
 と、カイはシドの背中にしがみつく。
「少し黙ってろって」
「なんだよ教えてくれよぉ不安になるじゃーん」
「黙れって!」
「黙れって言ったり俺だけを見てろと言ったりわがままなんだからぁ」
「…………」
「…………」
 
シドの無言の苛立ちを感じとったカイは、漸く黙り込んだ。
しかしそこからが長かった。互いに無言のまま1分が過ぎ、5分が過ぎた。
カイにとって意味のわからないこの5分は随分と長く感じた。ゲームでもしていればすぐに過ぎる5分も、シドが何を企んでいるのかわからないまま黙り続ける5分は拷問のように思えてくる。しかもどこからか卵が腐ったような、つんとする臭いが鼻をついた。
 
カイが痺れを切らして叫び出そうとしたその時、刀を握るシドの手に力が入った。
 
「来たぞ……」
「へ?」
 
カイはシドの背中越しに道の先に目を向けた。シドが倒した獣に黒い影が覆いかぶさるのが見えた。
カイは思わず両手で口を塞ぎ、悲鳴を上げそうになるのを堪えた。その黒い影は4メートルほど大きい。静かな森に、むしゃむしゃと獣を喰らう音がする。
 
「シド……あれなに?」
 カイは身を強張らせながら小声で耳打ちをした。
「さあな。俺も初めて見た。とりあえずお前はここにいろ。もう一度言うが──」
「“俺から目を離すな”だろぉ? がんばるよ……」
「おし……」
 
シドは刀を下に構え、足音を立てないようにゆっくりと黒い影に向かって歩き出した。
そしてカイが言っていた通り、自分たちは同じ道をぐるぐる歩いている可能性に行き着いた。倒した魔物と再び出くわさなかった原因は今目の前で起きている。
 
それにしても黒い影はいくら近づいても黒い影のままだった。真っ黒い塊で、手足が見えない。顔も獣に頬張っているからか、見えない。
 
シドはその黒い影の10メートル近くまで近づくと、刀を振り上げて叫んだ。
 
「おらぁーーッ!!」
 
その拍子に黒い影がシドに“顔”を向けた。その姿はあまりにも悍ましく気味が悪かった。シドは一瞬たじろぎ、カイは叫んで逃げ出してしまった。
 
黒い顔の“顔”は、何十体もの人間の顔が重なって出来ていた。黒い塊に見えたのは全て髪の毛だったのだ。
 
「な……なんだよこれ……」
 
どの顔も獣を喰らった血にまみれていた。どの顔も生きている人間には見えない。顔の肉は今にも腐り落ちそうで、眼球が上を向いたまま、言葉にならない呻き声を出していた。
まるで死んだ人間の頭を切り落として山積みにし、一つの生き物として何者かが生命を与えたような化け物だった。
よく見れば髪の毛に隠れて無理矢理取り付けられた何本もの人間の脚が四方八方を向いて生えているではないか。
 

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©Kamikawa
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